[映画/ドラマ/映像]アーネスト式プロポーズ(『真面目が肝要』)

「ヴィクトリア朝の映画を始めてみたい」方にオススメできる、オスカー・ワイルドの喜劇です。邦題がわかりにくいですが、原題は『THE IMPORTANCE OF BEING ERNEST』、日本では『真面目が肝要』と翻訳されているタイトルです。邦題に原題を選ばなかったのは、日本においてオスカー・ワイルドがマイナーだからでしょうか? 非常にストイックで美しい『幸福の王子』や、退廃的な雰囲気であふれた『ドリアン・グレイの肖像』で知られていますオスカー・ワイルドですが、この『真面目が肝要』はコメディです。

この作品の魅力は何よりも舞台背景、衣装、登場人物が「贅沢」なことです。ヴィクトリア朝の退廃的雰囲気とは程遠く、明るく華やかでユーモアのある世界観は、これまでのヴィクトリア朝映画を見慣れている人には、眩しすぎるかもしれません。コリン・ファースとルパート・エヴェレットに、さらにはジュディ・デンチまで登場します。

DVDの感想は以下。ストーリーの根幹に関わるネタバレはありません。

最初は小説から

ずっと昔、『名探偵ポワロ』のドラマの中で出てきたオスカー・ワイルドの『真面目が肝要』。そこで原作に興味を持ち、1~2年前に小説を読んだところ、電車の中にもかかわらず、ユーモアに思わず笑ってしまうほど面白い本でした。テレビの中のお笑いとか、今風のコメディと違い、何段階にもひねられていて、笑わそうとしないのに笑ってしまう、虚が実に、実が虚に置き換わっていく構成が見事な作品なのです。

が、ドラマがあるとはずっと知りませんでした。

2006年当時『スパイダーマン2』を見て、ヒロインのDJが舞台で演じた劇が、この『THE IMPORTANCE OF BEING ERNEST』でした。そこで、「こんな有名な映画の中に出るぐらいの劇なんだから、ヨーロッパだとメジャーなのかな?」「だったら、これって映像化しているのかなぁ」と探したところ、あっさり英語版DVDを見つけました。

世界が狭いなぁと思ったのは、『高慢と偏見』のコリン・ファース、そして『クィーン・ヴィクトリア』で女王役を演じているJudi Denchが出演していたことです。という長い前置きから始まりましたが、話のネタはさておき、ロケ地とカントリーハウス、それに主人と使用人とが絶妙です。

これだけでもう胸がいっぱいです。メインキャストは4人。上流階級のジャック(コリン・ファース)はカントリーハウスに住んでいるものの、地方での暮らしが退屈で、架空の弟Ernestを名目にしてロンドンに出かけていきます。被後見人のセシリーや使用人たちの前では眼鏡をかけ、謹厳実直な態度の彼も、ロンドンに出て行くと態度は一変、Ernestとして振る舞い、羽を伸ばします。

もうひとりの主人公はアルジー。享楽的な暮らしをする彼は借金ばかり。ジャックとは親友で遊び仲間、というのでしょうかね。ロンドンに来るジャックは名前をErnestと偽りつつ、アルジーの従妹グェンドリンと相思相愛になりますが、結婚の話になると、彼女の母ブラックネル卿夫人が立ちはだかるのです。

アルジーはアルジーでセシリーに興味を抱き、ジャックのカントリーハウスを探り出すと、セシリーに会うため、出かけていきます。そこで彼は、Ernestを名乗るのです。夢見がちな乙女であるセシリーは、いつもジャックから聞いていた「Ernest」に出会い、恋に落ちるのです。

あとはもう、小説なり映画で確かめてください。真面目に馬鹿馬鹿しく、上質の笑いが約束されています。

最も美しい屋敷の階段~Stafford House(Lancaster House)

『THE IMPORTANCE OF BEING ERNEST』(Cheeky’s Garden★英国党宣言)の解説には、この映画に出た舞台の建物名が詳細に出ています。物語の舞台はロンドンでは「アルジーのタウンハウス」「Savoyホテル」ですが、その中に最高の階段を持つ屋敷、Stafford Houseがブラックネル卿夫人のロンドンハウス(タウンハウス)として登場します。

コリン・ファース演じるジャックがこの屋敷を訪問する風景、使用人がドアを開け、天井が高い階段ホール、両翼に広がる階段、その美しさは想像を絶します。幾重もの扉をフットマンたちが開けて、ブラックネル卿夫人のいる応接間へと彼を通すシーンは最高です。(久我の同人誌7巻『忠実な使用人』表紙はこのシーン、空間をイメージして描いていただきました)

このロンドンの屋敷はスタッフォード・ハウス(ランカスター・ハウス)と呼ばれています。サザーランド公爵家がかつて所有した屋敷で、その豪奢さは際立っていました。あの壮麗極めるバッキンガム宮殿に住む当時のヴィクトリア女王をして、「私の家(バッキンガム宮殿)から、あなたの宮殿(スタッフォード・ハウス)に訪問するわ」と言わしめたほどです。

そのジャックはロンドンに邸宅を構えています。久我がこの前の旅行で歩いたBelgrave Squareだそうですが、娘の結婚相手を審問するブラックネル卿夫人のお気には召さなかったようです。


ベルグレイブ・スクエアの風景です。今は大使館が多いです。

美しいのはロンドンの屋敷だけではありません。ジャックが所有するカントリーハウスは現代人が好きそうな絵に描いたような美しい屋敷West Wycombe Park(National Trust)です。パラディアン様式なので、久我的には好みな時代です。West Wycombe Parkは、2008年にBBCで大人気だったドラマ『Cranford』において、領主夫人が住む屋敷の外観として使われました。

また、夢見がちで白馬の王子様の登場を信じるセシリーの空想に使われた当時の絵画には、何度か書いていたジョン・エヴァレット・ミレイの『遍歴の騎士』が含まれていました。この絵画は確か、日本で開催された『ヴィクトリアン・ヌード展』で展示されていたものです。そういう繋がりも面白かったです。

使用人の登場頻度は高い

使用人の描写も非常に多く、執事やハウスキーパー、ガヴァネス、フットマン、そしてメイドと、オールスターで登場します。屋敷が美しければこそ、屋敷であればこそ、数多くの使用人が登場できるのです。小説版ではまったく気づかないと言うか、背景なので描かれる必要がなかったと思いますが、映画で彼らはシーンの中に溶け込んでいて、存在感を発揮しています。ある意味、これも「使用人が非常に目立つ」映画と言えるかもしれません。

アルジーの執事は味があって、給金を貰えている様子が無いにもかかわらず、きちんと仕事をしていて、その辺りの苦情も上品に伝える雰囲気が良いです。ジャックのカントリーハウスにはセシリーのガヴァネスでミス・プリズム(ドイツ語を教えている)や、執事やメイドがいっぱいいました。

執事とミス・プリズム以外はさして目立ちませんが、主人たちの会話というのか、ちょっと困ったような会話の時に、居合わせたメイドたちが顔を背けるようにして動かなかったのは、映画上の演出か、当時のコードでしょうか?

気軽に華麗なヴィクトリア朝を楽しめる喜劇

ヴィクトリア朝という時代に連想される退廃的で偽善的であるというマイナスイメージ、その中で退廃的イメージを担わされるオスカー・ワイルドですが、彼の描いたこの劇は、非常に明るいです。ゴシックや重々しいまでに装飾過多、そして『シャーロック・ホームズの冒険』やサラ・ウォーターズのヴィクトリア朝の雰囲気を一切感じさせず、現代劇としても通じるほどに、そのユーモアも会話も素敵な作品です。

退廃的な作品『ドリアン・グレイの肖像』も最近イギリスで映像化されました。映像DVDの感想は『Dorian Gray(『ドリアン・グレイの肖像』)』に掲載しています。同じコリン・ファースが出演していますが、世界観と雰囲気が好対照な作品です。