最高の資料本の原点となった「ドキュメンタリー番組」
私が英国ヴィクトリア朝のメイドに興味を持ったきっかけの一冊が、『英国ヴィクトリア朝のキッチン』です。この本は単なるレシピ集ではなく、実際にあの時代のキッチンで「働いたメイドの仕事内容・立場(メイド本だと思えるほどに充実)」「当時のキッチンの設備・道具」「食材・野菜」「食事の習慣」、そして「レシピ」を掲載しています。
英国BBCが制作した番組『The Victorian Kitchen』が本になり、それが日本で翻訳された背景があるのですが、その元々の映像番組、これがずっと前から「VHS」で出ていました。しかし、さすがにイギリスの規格に合うビデオデッキを買う気になれず、「いつかDVD化しないかなぁ」と数年前に切望していました。
VHSの存在を知ってから3年ぐらい定期的にAMAZONをチェックしてDVD化を待ち望んでいましたが、その願いが叶いました。なんとなく予感があってチェックしたら、2006/09/04に、イギリスで発売されると情報を知りました。
姉妹作の『The Victorian Kitchen Garden』と『The Victorian Flower Garden』とのセットが『The Victorian Garden Series』としてBOXで出ています。興味のある方は、このページの最下部にリンクを置いたので、そちらでどうぞ。セットで揃えるならば、ちょっと安いです。なぜか『The Victorian Kitchen』だけDVD化されてなかったんですよねぇ……
ドキュメンタリーの内容紹介
まず英語字幕つきなので、ヒアリングが苦手な久我でも意味はわかります。それほど複雑な説明をしていませんし、作業がメインなので、英語が苦手でも十分に楽しめます。DVDは2枚組で、1枚目の内容は4部に分かれています。
Introduction
Breakfast
Luncheon
Afternoon Tea
2枚目はディナーまでの時間を扱っています。内容はそれぞれの時間帯の料理を追いかける形で、ところどころに書籍のように、当時の料理のエピソードを入れ込んでいきますが、説明がメインの書籍に対して、こちらはあくまでも「料理を再現するプロセス」を重視しています。材料の下ごしらえから始まり、加工し、石炭レンジで火をかけて、出来上がったものを盛り付けるところまで丁寧にやっています。
最初に見たIntroductionは、前作の『The Victorian Kitchen Garden』の続きでした。前作の菜園で育てた野菜を、ヘッド・ガーデナーのハリー・ドドソン氏が収穫し、キッチンに届けるところからです。しかし、キッチンも無い、コックもメイドもいない、と言うところから本番組が始まります。和書の中では冒頭でちょっとしか扱いがありませんでしたが、番組プロデューサーが、元コック/ハウスキーパーのルースを伴い、見つけ出した邸宅のキッチンを尋ねます。
ルースは1920年ぐらい、14歳からメイドとして働き始めます。両親が働いていた領地の屋敷に勤め、そこからFrilsham Houseで3年、Lavington House(Sussex)、Elveden Hall、そして戦後はBasildon Parkで働き、この番組の出来る(1986年?)3年前まで、コック/ハウスキーパーとして働いていました。
ルースは過去の経験を元に、初めて訪問するキッチンの中にある様々なものを言い当てます。
『EAGLEのレンジ』
『苺の形のアイスクリーム型』(Bomb)
『ここはLarder』(肉類を保管する場所)
荒廃したキッチンには改修が入り、レンジもぴかぴかに磨き上げられ、ヴィクトリア朝のキッチンが再現される次第です。ちょっと面白かったのは、「オーブンの下の方の空間に足を入れる」シーンです。火傷しないようにですが、なんでも、冷えた爪先を暖めるためだとか……
傍らには、メイド役のアリソンがいます。
ぴかぴかに磨かれた銅の調理器具を使い、肉のスープ(ストック)を作ったり、コンソメスープを作ったり、タミーで漉したりと、ベテランと初心者はまずまずの呼吸で、止まっていたキッチンの時間を動かしていきます。
「数時間かけた料理は、数分で消費される」との言葉を残して、番組は次回へ。
和書『英国ヴィクトリア朝のキッチン』との内容の相違
和書は書籍の特性を活用し、メイドの話や野菜、衛生観念など、適切にカテゴライズされています。映像では時間軸を優先し、様々なテーマが並行して動いていますので、情報は整理されていません。書籍は番組をそのまま書籍化したわけではなく、相当情報を足しています。資料的な価値で言えば、参考資料による補足が非常に多い書籍が上回っています。
しかし、番組が書籍以下、という話にはなりません。何よりも「キッチンを動き、当時のコックとキッチンメイドの間であったであろう会話をしながら、動いている」人たちが料理している光景を見られるのです。はっきりいいます。朝の暗い時間に、アリスンがろうそく片手にキッチンに降りてきて、レンジを磨き、石炭をくべて火を入れるだけのシーン、その為に買う価値があります。感涙ものです。
映画ではほとんど表に登場しないキッチン。観光で訪れる屋敷もレンジの火は消えて、往時の光景を想起するのはなかなかに大変です。『MANOR HOUSE(マナーハウス) 英國発 貴族とメイドの90日』では本物の屋敷で、料理するメイドが出ていましたし、主役は本物のフランス料理のシェフで、料理の際のダイナミズムと技量と洗練され具合では、圧倒的に上です。
しかし、『THE VICTORIAN KITCHEN』はホテルのような料理ではなく、より日常に沿った方向で、当時多かったコック(シェフではない)経験者のルースを軸に、彼女が体験してきた昔話を相方のアリソンに語っていく、それも仕事をしながら、と言う展開をしています。これが非常にわかりやすく、面白いです。ただ、彼女たちは現代の服装をしています。メイド服ではないです。
唯一残念なのは、本当に「作るだけ」で、「食べる」シーンが一切ありません。作られた料理がどうなっているのか、どこで食べられているのか、そちらを知りたい人には消化不良になるかもしれませんが、百聞は一見に如かず。言葉が分からなくても、映像だけで十分に見る価値があるので、この道に興味を覚えた方には是非。