はじめに~作品紹介
日本のメイド漫画の代名詞ともいえる存在になった作品が、森薫先生の『エマ』です。何よりも、本格的にヴィクトリア朝のメイド像を描き、当時の使用人がいた暮らしや時代の雰囲気を、働く姿を、愛情がこもったまなざしで伝える稀有な作品です。「好きだから、描いた」という言葉が似合います。
『エマ』登場以前、このタイトルを聞けば英国に詳しいほとんどの方は、「ジェーン・オースティン原作の小説『エマ』?」と聞き返したことでしょう。そんな英文学の著名な作品のイメージを上書きするぐらい、『エマ』という作品には力がありましたし、日本のメイドブームにあって多くの女性読者を巻き込んだ作品だと私は思います。また、傑作『シャーリー』についても別途書きます。
『エマ』の物語は、19世紀英国ヴィクトリア朝の末期、元ガヴァネス(女家庭教師)のケリーに仕えるメイドオブオールワーク(ひとりで家事雑用を全部担うメイド)のエマを主役とし、かつてケリーの指導を受けた上流階級の紳士ウィリアムとの階級を超えた恋愛を軸に描いています。お互いに好意を抱きながらも、両者には大きな階級・身分の差があり、当時の社会通念上は結ばれえない関係でした。
『エマ』が非凡だったのは、恋愛関係や上流階級の描写に終始せず、メイドに代表される家事使用人の仕事や彼らの生活を生き生きと描いた点にあります。海外でも、私が知る限り、『エマ』レベルで家事使用人を描き切った作品は少なく、この作品が海外に翻訳されて出版されているのも、頷けるものです。(2010年に英国で放送された『Downton Abbey』が『エマ』実写化レベルのクオリティです)
私自身は日記の方で『エマ』全10巻のうち、いくつかの感想を書いていますので、以下にリンクを張っておき、総論的な話に留めておきますが、ただの紹介文を書いても面白くないので、ここから先に、「私と『エマ』という作品」について書きます。私が『英国メイドの世界』を刊行できたのは、同人活動的な意味と出版的な意味で、『エマ』が存在しなければ不可能だったと思えるからです。
ひとつの完成した姿 『エマ』5巻(2005/03/30)
評価が難しいです 『エマ』6巻感想(2005/08/31)
『エマ』7巻(ネタばれです)(2006/05/25)
『エマ』復活!(短篇集・8巻以降の作品)(2006/08/16)
『エマ』第五話~『月刊コミックビーム』1月号(短篇集・8巻以降の作品の連載中の感想)(2006/12/23)
『エマ』8巻・感想(2007/03/25)
『エマ』8巻・感想(2007/03/25)
完成度が高すぎる『エマ』9巻(2007/09/25)
『エマ』10巻感想~完結ではなく完成(2008/04/25)
森薫先生の本棚(2008/05/04)
『エマ』という作品への思い入れ
私が『エマ』に並々ならぬ思い入れがあるのは、森薫先生がデビューした時期に重なって、英国メイドを研究していたからです。森薫先生が描かれる背景世界やメイドの仕事が、巻を重ねるごとに深みを増していくのを、ただ感嘆の念を以って見つめました。そして、この描写や変化を見られるのは、共に同じ領域を勉強していればこそだとも。
私は、森薫先生からいくつか恩義を受けています。一方的なものですが、以下、この機会に代表的なものを書いておきます。
1.『エマ』によって、この時代・英国メイドを好きな方と多く出会えた
『エマ』の存在は女性を多く、この領域にナビゲートした気がします。私は2002年から同人イベントに参加していますが、私の本を買いに来るのは圧倒的に男性でした。しかし、次第に女性や『エマ』の読者の方が増えていき、今では男女比が半々か、やや女性が多いぐらいになっています。
これは語弊があるかもしれませんが、メイド喫茶や秋葉原で見るメイド服姿の累計よりも、これまで同人イベントで見たメイド姿の方が私は多いと思います。私がメイド喫茶に言っている回数がまだ一桁という少なさと、最近は随分とイベントで見る機会が減ったこともありますが、『エマ』はアニメ化もしており、その影響力で「読者を増やした・可視化した」背景があればこそ、私が出版をできたと思います。編集の方が私の本に興味を持ったのも、『エマ』があればこそでした。
好きな話を一緒にできる、その楽しさをくれました。
2.『エマ』によって同人活動が続く
『エマ』がなければ、私の同人活動は続かなかったかもしれません。これは言い訳ですが、私は英国メイド研究に異常なエネルギーを注ぎ、本の出版を行ったという、「世間的に見て、おかしい」部類に入ると思います。しかし、その私からすると、私以上の情熱を持ち、時間を費やして向かい合って、メイドを描かれていたのが森薫先生でした。『エマ』のあとがきにて森薫先生が語られていた「そこが大事なんです!」「スイッチを入れる」との言葉を見て、「あぁ、上には上がいるなぁ」と、私は自分に限界を設けませんでした。それでも尚、森薫先生のレベルには到達しえないと今でも思っています。
また、モノを作る立場にあって、『エマ』の作品に込められた徹底した丁寧さとこだわりは、感動すら覚えました。作品に接する人を粗末にしていない、作家が心をこめて全身全霊をかけて作り上げていると。その妥協を知らない姿は私にとっては、ロールモデルで、『エマ』に魅力を感じる理由、同人誌にこだわる理由(2005/07/28)との一文を書きました。
そして、2003年に森薫先生の『エマ』と『シャーリー』を題材にした同人イベント『Sweet Maid Garden』の開催です。私はそこにサークル参加し(会場が「奉仕会館」という)、あまりの熱気に当てられましたし、エネルギーをもらいました。思い出の『Sweet Maid Garden』(2007/03/18)と題して振り返っていますが、自分がこれまでに参加した40回ぐらいの同人イベントの中で、ベスト3に入る体験をしています。
3.目標としての『エマ ヴィクトリアンガイド』
次に副読本『エマ ヴィクトリアンガイド』です。この本も2003年末ぐらいに刊行されたもので、同人誌で歴史資料本を作っている立場として、意識せざるを得ないものでした。当時の私は、「同人こそ、メイド資料本・研究の始まり」だと思っていたので、ライバル心を燃やしました。戦って負けるとしても、試合にはなるだろうと思い、当時は『エマ ヴィクトリアンガイド』と戦える同人誌を標榜しました。先方がミルコかヒョードルだとしたら、少なくともノゲイラぐらいにはならなければと。言っている意味がわかりませんね、はい。
そうした個人的な心情とは別に、同書は、ヴィクトリア朝の文化全体に目配りされ、誰もが分かりやすく当時の光景を垣間見られる総合性は類を見ず、「メイドに興味を持った人に、ヴィクトリア朝を」「ヴィクトリア朝を知っていた人に、メイドを」、この双方の架け橋となった一冊といえるのではないかと私は思います。
本の感想は当サイト内エマ ヴィクトリアンガイドに書きました。
4.イギリスを好きになる・英国旅行のきっかけ
最後に、これは作品の話ではないのですが、森薫先生と村上リコさんが2004年に英国へ取材旅行に出かけ、その感想がウェブにアップされました。(森薫先生の日記はすでに消えてしまっていますが、村上リコさんの記録はロンドン取材ミニレポートと題して残っています) 私はイギリスに行ってみたいと思っていたものの、ひとりで行く度胸は無かったのですが、たまたま友人たちがご両名の旅行記を見て、イギリスに行く気になってくれて、同じ年の秋に渡英することができました。
あの時、出かけることができたのでイギリスの空気感や実際の屋敷の雰囲気、ロンドンの街並み、広大な風景などを体感できました。その翌年にはひとり旅も行いましたし、英語をほとんど喋れなかったことが、後の語学の勉強へと繋がりました。こうした点でも、森薫先生、そして村上リコさんは、私にとって機会を広げてくれた恩人です。
終わりに
『エマ』があっての『英国メイドの世界』であることをお伝えしたいと思いましたし、『英国メイドの世界』を読んでから『エマ』を読み直すと、もっと『エマ』の世界を好きになれると思います、という宣伝になってしまいましたが、自分の作った本が、今後の他の誰かにとっての「きっかけ」になれれば、幸いです。
いま、森薫先生は『エマ』を離れ、その次の作品である『乙嫁語り』の作者として世間に知られているかもしれませんが、またどこかでメイド作品を描かれることを期待しています。(時々、『シャーリー』を描かれるように)