[参考資料]図説 英国貴族の城館

英国貴族に興味を持ち、彼らがどんな屋敷に住んでいるのかを、誰もが分かりやすく示したのは、間違いなく本書の著者である田中亮三先生です。英国貴族の屋敷研究では日本の第一人者で、本書以外にも『英国貴族の邸宅』『英国貴族の暮らし』を刊行されています。(他に絶版の『英国貴族の館』と、18~20世紀に英国の産業から作られた鉄橋や発電所といった建物を扱った『近代文化遺産』)

特筆すべきは分かりやすさです。個人的な見解として、専門家の方が作る書籍はどうしても詳しい人へ向けて書かれる側面や、自分の得意な領域(文学者は文学、歴史家は歴史)に寄ってしまうことがありますが、田中先生は「建築に興味があり、趣味で英国の屋敷を訪問し、数多くを見てきた」ことで、読者に近しい視点です。

カントリーハウス成立の歴史や、美しい庭園がどのような経緯で生まれていったのか、貴族の生活の拠点となっていた「住まい以上の存在」である屋敷と、そこを拠点に貴族がどう生きたかを照らす構成をしています。

イギリスのカントリーハウスは、単なる建物だけではありません。建物と周辺の庭園、そして屋敷を取り巻く領地を含めて、貴族の生活圏となりました。周囲を壁で囲まれている屋敷に住んでいるわけではなく、仮に壁があるとすれば、数キロ先になるぐらいに広いのです。この距離感を教えてくれたのが、

また、随所随所に参考となりそうな小説や映像作品を織り込みながら、この本で初めて触れる知識が多いのも特徴です。私はこの本の冒頭に取り上げられた『Brideshead Revisited』のドラマを取り寄せましたし、小説も読みました。屋敷へ通じる道の長さと、その道から屋敷が見えるようになるシーンの描写は、屋敷マニアには応えられませんし、ドラマの撮影場所となったCastle Hawardの壮麗さは白眉です。(失くしてしまいましたが、文中で出ていたBBCドキュメンタリー『Arstocracy』のVHSも買いました)

言葉で表現しがたいほど美しく豪奢な屋敷の「表舞台」だけではなく、本書は家事使用人たちが働いた階下の写真と解説が入っています。日本で匹敵するレベルの本がなく、「観光」ではなく、「貴族が暮らした屋敷」を感じさせてくれます。また、田中先生自身が屋敷へ興味を持つことで多くの方に出会い、通常は入れないような屋敷や場所に訪問し、そこで語られる多くのエピソードは、他の本では味わえません。

なにはともあれ、まず美しい写真をご覧ください。撮影は洋館撮影に秀でた増田彰久さんで、田中先生のお話では「撮影の時は自然光しか使わない」とのことでした。つまり、撮影されている風景は私たちが現地でみるのと同じもので、また、そこに住んでいた貴族が見たのと同じ色彩で、映されています。

巻末の案内は、これらの「美しい屋敷の多くが、観光地として公開されていて訪問できる」ことを教えてくれます。イギリスへ行きたくなる、実際に見たくなる本です。また、それほど調べていませんが、マンガやゲームといった「屋敷を舞台にした作品」に、多大な影響を与えているはずです。