[映画/ドラマ/映像]THE 1900 HOUSE(03:家族が実際に暮らす家を再現する:1話目)

※こちらは『THE 1900 HOUSE』の資料本です。


1話目『出演する家族を募集』感想の続きです。

現代の家を過去の家に作り変える

1話目の後半は「如何にして1900年、ヴィクトリア朝の中流階級の家庭を再現するか」に費やされます。番組の作りが非常に面白く、まず、当時の社会調査を実施したチャールズ・ブースが描いたとされる「経済状況で色分けされたロンドンの地図」を広げ、候補地を絞ります。

大英図書館でも、この地図は公開されています。
Charles Booth’s ‘Descriptive Map of London Poverty’

その上で、番組スタッフは候補となる「売り家」を見つけ出します。選ばれた家は外見こそ古いままですが、人が最近まで住んでいたので、内部は現代的に改装されています。つまり、番組スタッフは自分たちの手で、1900年の中流階級の住まいをすべて再現しなければならないのです。

準備は「内装を完全に作り変えること」から始まります。家の絨毯をはがすと、そこには古ぼけた19世紀のタイルが顔を出します。取り壊した壁の向こうから、暖炉が出てきます。押入れになっているところも古い壁紙があり、19世紀の名残りがあるのです。

使えるものは残し、使えないものは壊す。

この方針の下、据えられていた現代的なキッチンや風呂、電気などの設備はすべて取り外され、建て増ししていた外の小屋も取り壊し、本格的な作り変えをします。長年使っていなかった暖炉も掃除し、石炭を使えるようにするのです。この面白さは、『ダッシュ村』などに通じているかもしれません。

明るいガス灯

興味深いのはガスです。1900年当時はガスがある程度、普及していました。この元々の家にも、過去に使っていたガス管の使用を試みます。但し、現代的な使用方法(セントラルヒーティングや給湯、ガスレンジ)には使用せず、ガス灯として用いるだけ、という制約がついています。(ガス灯については『図説ヴィクトリア朝百科事典』をご参照下さい)

ガスを燃やすというと、理科の実験で使ったガスバーナーを思い出します。事実、単純にガスを放出し、火をつけるだけの状態では炎は青く、明るくありません。そこにホロというのか、白い不燃布を掛けると、あっというまに眩しい光になります。多分、キャンプでガス灯を使っている方には馴染みのものでしょう。

なぜオイルランプではなく、ガスの使用を許したのか。それはランプを掃除する・メンテナンスする大変さを軽減するためだと思われます。ランプは毎日調整し、油を継ぎ足し、ホロやガラスから煤を除かなければなりません。手が油まみれになることを防ぐ意味で、ガスを使ったと思われます。大きなお屋敷には油を使うので、他の品物に影響を与えないように、ランプを管理するだけの部屋があったり、メンテナンス専門の使用人(見習いの少年・ランプボーイ)がいたりました。

家の中に据え付ける道具や家具は?

家という器を作りつつ、暮らしに必要な道具の収集です。登場するのはCM制作などをしているアートディレクター。撮影や何かで元々こうした小道具を手配する仕事をしているようですが、何しろ暮らしに必要なものすべてというのですから、仕事の煩雑さは普通ではありません。

ディレクターは鍋やボウル、皿、石鹸、衣装・エプロン、ランプと言った道具や壁紙を手配しますが、最も大変だったのはキッチンで使用するレンジでした。それを2ヶ月近く捜して、ようやく念願のレンジを手にします。しかしこのようやく見つけたレンジが十分な性能を発揮できず、家族に災厄をもたらします。藁にもすがる思いの果てに、まさしく掴まされたのでしょう。

研修で洗濯をさせられたと言うことで、当然、洗濯は家で行います。ランドリーは本格的なものではなく、大きな釜がひとつあるだけでしたが、その釜を据えつける方法がわからず、当時の書物を紐解いた建設業者の方は偉いです。また、建物の煙突に構造的な欠陥があり、煙が漏出する事件が生じ、一度壁紙を貼った壁を壊し、レンガを組み直す工事が生じるなど、細かな事件が出るなど、作業は簡単には進みません。

暖炉と煙突の話は『暖房の文化史』に詳しいですが、煙を外に出しつつ暖まった空気は部屋を満たさなければならないなど、暖炉の設計は意外と難しいです。さらに石炭は暖炉や周囲を汚すので、絶え間ない掃除を必要としました。なお、番組内では煙が出る石炭の利用は行政に許可されず、現代の煙が出ない石炭の利用となりました。これが昔の石炭を使っていたら、もっと生活は大変になったでしょう。

暖炉はやがて開放式の暖炉は暖房効率が高い密閉式のストーブやセントラルヒーティングへと代替して行きますが、これは暖炉よりも手入れが簡単で人手が少なくて済む点でも効果がありました。1910年代以降、深刻な使用人のなり手不足に直面した英国では「使用人がいなくて済む暮らし」と題して、家事を効率化し、手間をかけずに済む生活様式を提案する書籍が刊行されました。

一番楽しんだのはヴィクトリア朝研究者

今回の番組のアドバイザー、推進者はヴィクトリア朝研究家のDaru Rooke氏(屋敷ShugboroughのMuseumのキュレーターとのこと)。古風なモミアゲ髭の30代~40代の男性です。ところがこの人、話が異常に長く、あまり人の話も聞かず、古書を頼りに忠実に再現することに腐心して、周囲の人に迷惑を掛けている印象です。

挙句、ようやく見つかったレンジに「小さい(tiny)」と文句を言います。壁紙を張り替える仕事で来た人に対しても、今の壁紙の下から出てきた模様を絶賛し?、貼り替えの邪魔をします。業者さんは一言も話をする余裕がありません。まさに、人の話を聞かない典型的なタイプです。

さらに、Bowler家に家を引き継ぐ前日、家の具合を試そうと、レンジで料理を作ったり、風呂の準備をしたり、楽しそうにしているのですが、入浴しようとしたときに暖かい湯が出ません。ここで時間的な制約もあってか、彼はさっさと見切りをつけて寝てしまいますが、小さなレンジは十分な熱い湯を供給できない欠陥がありました。

もしも暮らしを再現する研究者のDaru氏がもう少し早く泊まるなり、しっかりテストするなり配慮をしていれば、Bowler家のその後の不幸は減ったでしょう。自分がBowler家の一員で、番組参加の後に、この映像を見ていたら、間違いなくこのDaru氏に憤りを覚えます。「なぜ、不完全な状態で引き渡したのか」「なぜこんな気づくような不具合を見つけられなかったのか」と。

一応、家を家族に引き継ぐとき、「レンジは小さすぎる」「あまりレンジに期待しないで欲しい」と伝えていますが、同一趣旨の『MANOR HOUSE』で彼が姿を見せなかったのは、当然かもしれません。一番おいしいところを楽しんでいるのは彼に見えましたので……また、家の復元・修復作業があまりにも大変だった反省からか、『MANOR HOUSE』は、現在もホテルとして稼動しているカントリーハウスを舞台にしたと思われます。


1話目『出演する家族を募集』
1話目『家族が実際に暮らす家を再現する』
2話目『生活が始まる/レンジと衛生』
2話目『食べ物/買い物と食事』(2005/02/25)
2話目『洗い物は大変/衣装と洗濯』(2005/02/26)
3話目『掃除も大変/ホコリでいっぱい』(2005/02/27)
3話目『メイドさんを雇う』(2005/02/28)
3話目『肌で感じる1900年(上)/髪を洗う』(2005/03/04)
3話目『肌で感じる1900年(下)/衣食住』(2005/03/04)
最終話『メイドさんと向き合う』(2005/03/13)
最終話『End Of An Era』(2005/03/17)

旅行記:2005年秋・『THE 1900 HOUSE』の街へ行ってみた

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関連番組

『MANOR HOUSE(マナーハウス) 英國発 貴族とメイドの90日』
『Treats From The Edwardian Country House』