[漫画]黒博物館スプリンガルド

(注:この感想は2007/09/30の日記から再編集しています)


藤田和日郎先生の作品は、『うしおととら』の連載開始から読んでいました。週刊少年サンデーで『からくりサーカス』が終わった後、スピリッツで短期連載をされていましたが(梟の話)、その次回作がモーニングでの、この『スプリンガルド』だったかと思います。

ネット上で「ヴィクトリア朝を舞台にした、殺人事件」という連載前の情報を見ていたので、「ゴシックやホラーが強い傾向なのかなぁ」とあんまり注意してチェックしておりませんでした。

昨日、書店でふと見かけましたが、表紙も帯も確かに印象どおりです。

19世紀・ヴィクトリア朝初期のロンドンで、女性ばかりを狙った連続殺人事件が発生。現場では、高笑いしながら跳び去る怪人の姿が目撃されていた。3年前、夜道で女性たちを驚かせたと言う「バネ足ジャック」が殺人鬼となって帰ってきたのか? 事件を追うロンドン警視庁の警部は、意を決してある「貴族」の館へ馬車を飛ばす……熱き活劇の名手が奏でる怪奇と冒険と浪漫の協奏曲!

講談社『黒博物館スプリンガルド』裏表紙・あらすじより引用

読み始めてみると、どこからどう見ても藤田先生の作品ですが、その背景世界・舞台が、本格的にきちんと調べた「ヴィクトリア朝」的な雰囲気なのです。

しっかりしたヴィクトリア朝~貴族、使用人~

たとえば、事件の容疑者である裕福な侯爵ウォルターが「アイルランド、スコットランド」に広大な領地を有する、という描写があります。

「貴族がロンドンの屋敷(タウンハウス)と、領地の屋敷(カントリーハウス)」を持っていることはそれほど一般的ではないですが、さらに「複数のカントリーハウスを持っている」ことは、そこそこ調べないとわからないことです。

また、屋敷を描いたときに、しっかりとした知識をうかがわせる「使用人たち」も登場させています。わざわざ「客間(パーラー)メイド」「家令(ハウス・スチュワード)」「家政婦(ハウスキーパー)」「雑役メイド(メイド・オブ・オール・ワーク)」など、これも「メイド」「執事」の一言で片付けてしまう一般的なレベルにはありません。

「階下」という言葉さえ、出てきました。

「階下」とは、「down stairs」「below stairs」、直訳すると「階段の下」を意味する言葉です。反対の言葉は「階上」「upstairs」です。

屋敷の中で使用人たちは、屋敷の地下のエリアで仕事をしました。そこにはキッチンや使用人たちが食事をするホール、執事の部屋などがありました。屋敷の「階段から上」は主人たちが暮らし、こうした過ごす世界の相違を表現する言葉です。

これは、ヴィクトリア朝を専門にする森薫先生ならば自然に描ける描写ですが、それまでこの方面での発表をされていない漫画家には無理な表現です。そのあたり、藤田先生が勉強されたこともあると思いますが、支える方がいました。

それが、作家・翻訳家の仁賀克雄氏です。ヴィクトリア朝の「切り裂きジャック」の研究を中心に資料本屋作品を発表されている方が協力しているだけあって、豊富な知識・研究成果を感じさせる描写が、コミックスのコマの中に随所で出てきているのです。

各連載の間にも、氏による当時の解説が掲載されており、物語の重厚さを増すのに一役買っています。その点では、今までの藤田作品とはほんの少し、表現の仕方が違っていますし、面白いところになっているかと。

ちなみに、「バネ足ジャック」は「Jumping Jack」。『THE ROLLING STONES』の曲に「Jumping Jack Flash」(王様版では「跳んでるジャックの稲妻」)ってありますね……

メイドのマーガレット、キュレーターのお姉さん、『黒博物館スプリンガルド異聞』のヒロインと、よき「藤田ヒロイン」が多いですね。屋敷とメイドと貴族、そして藤田先生的カッコよさがあったので、大満足です。

外伝的な短編の活劇も、ボーイミーツガールでオススメです。

仁賀克雄氏の著作

藤田先生が参考にされた書籍

それ以外

関連しそうなリンク

連載マンガの部屋:藤田和日郎先生のコメント/週刊モーニング
『黒博物館スプリンガルド』とメイドの手記