『女中イメージの家庭文化史』は現時点の近代日本から現代にかけての女中(メイド・女性家事使用人)事情を知る上で、最高の資料です。日本の女中を巡る論文は多いものの、経済史や女性史、家庭史と広範に分散しており、日本で「女中だけを研究した単著」は、この一冊だけだと認識しています。(2012/03/26追記:同書に比肩し、補完しあう『女中がいた昭和』が刊行されております)
内容は相当、素晴らしい資料となっており、「女中」というものが日本の近代化の過程でどのように生まれ、明治時代から大正時代、そして昭和の戦後までどう見られ、どのような社会環境に置かれたのかを、分かりやすく解説しています。
この本は日本の「女中」研究論文や一次資料(戦前や戦後の行政による女中事情の聞き取り・数的調査)もほとんど参照しているので、まずこの本を買い、それでも満足できなければ、同書を軸に文献を広げていくのが望ましいと思います。
私は主に英国のメイドや執事や屋敷を研究する立場なので、あまり日本のことを調べてきませんでした。イギリスのメイドについてもまだまだ知りたいことが多く、『英国メイドの世界』を書いた後も、ずっと調査中と言える状況だからです。また、日本の場合は他に研究者も多いだろうと、自分が扱う領域として積極的に向き合いませんでした。
とはいえ、英国におけるメイド雇用の歴史的経緯をかなり深めたときに、どうしても読みたい本がありました。しかし、AMAZONなどでは取り寄せできず、Google Booksにもありませんでした。向こうに行かなければならないのかと思った時、ふと、この本が日本の図書館に収蔵されているのを知りました。それも、1926年で、英国で刊行された1925年からわずか1年後のことでした。
ここから、「日本でも1926年に、この問題に関心を持つ人がいるのか?」と思いました。また、私はここ数年「世界のメイド事情」にも視点を広げており、そこから、「メイドの雇用は近代化・産業化・都市化の必然ではないか?」との想いを強めています。それが同人誌として作った英国メイドにまつわる7つの話と展望に書いたことであり、他の国でのメイドの環境を相対化して把握したいと思い、日本の事情を知りたい、と思った時に、この本に出会いました。
結論から言えば、英国と日本のメイドが置かれた社会環境には類似が見られました。大きな差異もありましたが、少なくとも、近代化の過程で中間層が増えることで雇用主が増大する一方、農業主体で産業に乏しく労働力が余剰となる地方からは女性が「メイド」として都市部や産業発展する地域へと移動します。
しかし、国全体が豊かになる中でメイド以外の職種も増加していき、やがては労働環境の相対的悪化(住込みの仕事は自分の時間が持てないので不人気、労働時間も長い、仕事の成果だけではなく振る舞いも要求される)により、なり手が減少する構造を持ちます。また、近代化が進むと地方の産業構造も変化し、供給能力が弱まりもします。
英国と日本ではこの点が類似しており、どちらの国でも「使用人問題」として、取り組みが行われました。日本の女中の呼称が「下婢」「下女」、そして「女中」、戦後は「お手伝いさん」へと変化したのも、この職種が封建的な要素を備えており、イメージを改善する意味で時代ごとに変化しましたが、英国でも似た状況があり、第二次世界大戦後、「家事使用人」(doestic servant)は「家事労働者」(domestic worker)へと名称を変えました。
いずれの国でも次第に住込みが減少し、通いの仕事が増えていくわけですが、家電の社会インフラの整備でメイドは消える、というのが大筋での流れです。ところが、英国では今、「家事労働者」の雇用がヴィクトリア以上の規模になっている状況にあり、英国と日本との違いを、今後の同人活動で明確にしたいと思っています。
話が長くなりましたが、一つ視点ができると相対化して深堀り出来るので、メイドに興味がある方にはオススメする一冊です。私の感覚として、日本人が「英国のメイドに抱くイメージ(実像ではないです)」が、「日本の女中イメージ」の影響を受けているのも感じられるのではないかと。
イギリスと違って石炭を使わないので掃除は比較的楽なのでないかと勝手に思っていましたが、質的に違えども大変さは同じで、その辺りの事情はNHK朝の連続ドラマ『おひさま』と昭和の家事(2011/04/07)に記しました。また、NHK朝の連続ドラマ『おひさま』と女学生と女中奉公についてでは、日本的な女中事情の特徴を書きましたので、あわせてご覧下さい。
最後に、著者の方が述べられているように、軸としては「主婦」や「社会」の枠組みが多く、女中個人の生涯としてどうだったかというところはこれから研究していく、とのことでした。また、私が思うところでは家族や富裕層の屋敷に勤めた使用人の日常生活が明確に見えるわけではないので、こちらは個人的に調べているところです。
その辺りの資料としては近代日本の上流階級―華族のエスノグラフィーがオススメですし、あくまでも著者の方が「今回の本では扱っていない」だけであって、「そこに連なる情報は織り込まれている」ので、とても貴重で役立つ本だと感じていますし、一人の読者として感謝しております。
このレベルのフランス、ドイツ、アメリカの本が読んでみたいです。