※上記は映像番組を書籍化したものです。
はじめに
『Victorian Farm』はヴィクトリア朝の技術・生活レベルで農場経営を行い、農家での暮らしも体験するドキュメンタリーです。専門性を備えた3人組が主役となり、体験と解説をしながら、日々を過ごします。家事の歴史の専門家Ruth Goodmanは家政やデイリー、そして家禽の育成を担当します。考古学者のAlex Langlandsは穀物の栽培と家畜の育成に責任を持ち、同じく考古学者のPeter Ginnは蒸気機関や農耕機械や当時の技術を扱います。
舞台はActon Scott Estate、Shropshireにあります。同地では当時の農場や建物、道具を保全しており、その場を借りて番組が行われます。15エーカーの土地を借りて、いわば、新しく引っ越してきたヴィクトリア朝の農場経営者になる、という設定になりますね。
イギリスでは最盛期のヴィクトリア朝への関心が極めて高く、衣装劇やドキュメンタリーが数多く作られています。中でも、私の印象では2000年代からは「過去の暮らしを体験するドキュメンタリー」がひとつのジャンルを形成しています。方向は2つあり、1つは「視聴者参加型」でリアルな人間関係を持ち込むショー的な要素を持つもの(『THE 1900 HOUSE』『MANOR HOUSE』『COAL HOUSE』)、もうひとつはその時代を学ぶ専門性の高い人々が体験する「専門家による紹介型」というのでしょうか。この後者が、『Victorian Farm』であり、『Edwardian Farm』です。
元々、BBCが1980年代には『The Victorian Kitchen Garden』『The Victorian Kitchen』(英国ヴィクトリア朝のキッチン』)『The Victorian Flower Garden』など、ヴィクトリア朝の技術を持つガーデナーやコックといった人々に集まってもらい、技術と成果を披露しつつ歴史を振り返る番組がありましたが、「その当時の暮らしそのものを再現する」ところまで進んでいるのが現状だと思います。
拠点となる「家」を蘇らせる
50年ぐらいは使っていなかったコテージが拠点となりますが、まったくメンテナンスされていなかったので室内はボロボロで、そこで掃除をしたり、生活環境を整えるところからドキュメンタリーが始まります。特に鉄製のレンジは崩壊しており、ここでもヴィクトリア朝建築の専門家を呼び寄せ、レンジの交換を始めます。驚きなのは、このような建築物に「容赦なく、手を入れる」点です。レンジ用の煙突を利用可能にするために壁を壊し、積りに積もった汚れを取り除きます。さらにレンジの専門家が現れ、当時のモデルを据え付けていきます。
『THE 1900 HOUSE』では当時の「アンティーク」的なレンジを探し求めて苦労したので、今回は「ヴィクトリア朝モデル」ということで、現物ではないと思います。黒光りするレンジ、確かにいいですし、火が入る瞬間は感動します。石炭の登場は、料理の調理方法も変えました。
そしてレンジで燃やす石炭を確保するのですが、これも当時の小型船(flyboat)が当時の運河を通って運んできます。しかも、この船の動力は、運河のすぐ横の道を歩く馬なのです。運んできた石炭を荷馬車に乗せるのも人力で、大変そうです。しかし石炭の塊、でかいです。
農場・農作業の準備
面白いのが、BOOK OF THE FARMという初版・1844年の農家向けマニュアルを用いることです。Google Booksにあるのがさすがです。そして19世紀の農耕器具を農耕馬で引いて土を掘り起こしていきます。この器具が通ると草で覆われた地面が掘り起こされていくのは壮観です。とても便利です。1日1エーカー、夜明けから日没まで11マイル耕すとのこと。
「栽培に失敗したら、家族ともども救貧院行き」という言葉も出てきて、ヴィクトリア朝の現実を物語りますし、トマス・ハーディー『テス』で馬の死が一家の没落に繋がるのも、労働力としての馬の偉大さを感じ入る次第です。
この馬に代わってきて、大きな労働力となっていくのが蒸気機関です。蒸気機関は農業にも取り入れられ、脱穀機に使われました。大勢の人数を必要としないこの器具は、『テス』にも出てきたでしょうか。番組では石炭・蒸気機関で動く脱穀機を使い、さらには石炭の投入口にシャベルを突っ込み、卵とベーコンを焼く離れ業も。
そして、脱穀した麦を今度は畑に撒いていきます。これも「seed drill」という種植え用の器具を使い、同じ高さに植えるのです。手で巻くと、高さにムラが出ると。馬で引けるので、これも便利です。
住まいの整備と食の準備
コテージに視点が移ると壁に漆喰を塗って生活環境を整えたり、ベッドを持ち込んで虫よけのテレピン油を塗ったり。そしてRuthが料理(調味料・チャツネや、ピクルスといった保存食品の作成:ハウスキーパーの仕事ですね)をしていきます。家の中に保存食品を詰めた瓶が並んでいくのは壮観です。また、羊の足の肉の塊を切り分けて、ディナーを作り上げていきます。
羊繋がりで今度は羊飼いが連れてきた羊を牧場に離すのですが、ここでも40年の経験を持つ羊飼いが登場します。放し飼いする牧草地の話も出てきますが、知識が無ければ適切な育成は行えません。
並行して男性陣は農場主のActon氏の所有する森に出かけてリンゴを調達し、その後、馬の力を借りて動かす臼でリンゴをすり潰し、それをプレス機で絞り出してリンゴジュースを作り、数か月保管することでシードル(リンゴ酒)を作るわけです。
最後に、男性陣が家具をいくつか持ち込み、Ruthの作ったディナーを味わい、Ruthが寝室で眠るというところで1話目が完了です。
終わりに
このドキュメンタリーは一定の流れがありつつ、場面転換が多くなっています。全体的に見ると話が繋がっていて、順番に作業をしていますが、書き出すと散漫になってしまいました。2回目以降には洗濯や乳製品作りや、羊の出産、村人との交流など、これでもかというぐらいに農家生活の苦労と楽しみとを味わっていきます。
19世紀の「農場での穀物栽培や牧畜」だけではなく、「農場での家事仕事」や、そこで使われた道具を今も作る・使える職人たちも登場してくるので、総合的にヴィクトリア朝の生活に興味を持つ方や、田園での生活、そしてこの当時の技術・雰囲気を知りたい方も楽しめる映像作品です。