メイドの資料本が少なかった時代、バイブルとしての価値を持ったのは『路地裏の大英帝国』と、本書『英国ヴィクトリア朝のキッチン』です。間違い無く、資料本の頂点にあげます。ヴィクトリア朝当時の料理を現代で再現する英国BBCのテレビ番組『THE VICTORIAN KITCHEN』を書籍化したものです。
この番組が素晴らしい点は、「料理を作る環境」までを含めたことです。今は放棄された屋敷のキッチンを見つけ、工事し、使えるようにするだけではなく、かつてコックとして屋敷で腕をふるった女性ルースを見つけ、彼女と助手アリスンの2名で、ヴィクトリア朝のキッチンで、ヴィクトリア朝の料理を作るプロセスは、マニア心をくすぐります。
材料の調達も、ふるっています。実は、この番組以前に、『THE VICTORIAN KITCHEN GARDEN』という番組が存在し、そこでは当時の技術を用いた野菜や果物の栽培を、ヘッド・ガーデナーのハリーの協力で行いました。『英国ヴィクトリア朝のキッチン』は、ハリーが育てた野菜や果物を使う、いわば続編なのです。また、かつて作られていた棒砂糖の調達を巡る話も時代を感じさせる、興味深いものです。
内容はとても広いです。当時の屋敷・キッチンと言った環境、そこで働く使用人の詳細、鍋や皿と言った道具、手入れの様子、そして食材を提供する商店、食材の時代による変化、貴族の生活の中での食事様式を巧みに説明し、また実話(実在のコックで番組に協力するルース)や番組が集めたエピソードを織り込み、分かりやすい文章になっています。(マニュアルとして『THE DUTIES OF SERVANTS』からの引用・参考にしている個所も多数)
ヴィクトリア朝に深く関心を抱くに至った契機の本で、私の人生を変えた一冊です。私は元々、貴族と屋敷の生活を知りたいと思っていました。調べていく中で、貴族が食べた料理の参考になるかと思って手にしたのが本書でしたが、読んでみて、メイドを含めた使用人の仕事に驚愕しました。
特にキッチンに関わるメイドについての解説は群を抜いています。キッチンスタッフの下級である「スカラリーメイド」(流し場で洗い物・皮を剥ぐなど大変な仕事)、「キッチンメイド」(料理に携われる)、「コック」の三職種の仕事内容や年収、それにメイドたちがどのような暮らしをしていたのか、見事に描かれています。
私が接してきたヴィクトリア朝当時を扱った本が圧倒的に社会問題や貧困、工業化などをテーマにしているか料理だけに寄っているのに対して、あくまでも生活者の視点で、食べ物を切り口にしている独自性もあり、読んでいて気持ちが良い本です。
情報の整理のされ方が巧く、目次を見るだけで、わくわくしてきます。
01:キッチンの見取り図
02:女主人
03:使用人
04:キッチン用品
05:ヴィクトリア朝の価値観
06:キッチンと菜園
07:保存食品作り
08:買い物
09:朝食
10:昼食
11:アフタヌーンティー
12:ディナー
13:夕食
14:飲み物
15:施し物
16:アレクシス・ソアイエ
巻末:ヴィクトリア朝のレシピ
なお、この書籍の元になったテレビ番組は、『THE VICTORIAN KITCHEN』という名前で、英国でDVDで発売されています。(Region2は日本と同じですが、英国版PAL形式なのでパソコンのDVDでないと視聴できません)
残念ながら現在は絶版してプレミア価格がついていますが、どうしても欲しければ英語版をオススメします。以下のリンクでは高い価格で出ていますが、出品者を選べば安く買えます。一応、復刊ドットコムで本書の復刊希望を受け付けているので、リクエストされるのもよいかと思います。