[小説]ラークライズ

※このテキストはフローラ・トンプソンの自伝的小説『ラークライズ』の感想(2008/09/19)から再構成しています。


『ラークライズ』は19世紀イギリスののどかな田園風景が好きな方に、絶対に読んでいただきたい一冊です。興味のあるところを拾い読みするだけでも、英国の風景が広がることでしょう。登場する人物たちも愛すべき人たちばかりです。

そんな名著です。

翻訳者の方のあとがきによると、英国では「高校生必読」の古典文学だそうで、日本で邦訳が出るのは今回が最初とのことです。そうであればこそ、BBCで『Lark Rise to Cancleford』として第4シリーズまで続くドラマとなったのでしょう。日本ではLaLaTVが放送していました。

『Lark Rise to Candleford』(2008/02/02の日記でドラマを紹介)

何よりも田園の生活風景、田舎で過ごす人たちの生活(価値観、教育、道徳観、貨幣価値、食事、衣服、職業、家での暮らし)が本当にこと細かく描写されていて、読むだけで19世紀イギリスにタイムトラベルした感覚になれます。

このような地方の村から巣立っていく娘たちがメイドになることもあり、しっかりと章が割かれています。その描写の「精度」に関しては、英国で最も有名なメイド資料本の一冊、『ヴィクトリアン・サーヴァント』で幾つかのエピソードが紹介されるほどです。

私が『ラークライズ』に興味を持ったのは、『ヴィクトリアン・サーヴァント』(英書の頃)経由で、すぐに英書を購入したのを覚えています。家族と別れてメイドとして勤めに出ていく様子や、働いて稼いで買った晴れ着を妹に渡して帰っていく健気なメイドなど、いろいろなエピソードが盛り込まれています。次のエピソードも、分かりやすく当時の事情を描いています。

『十二、三歳になった少女たちはもう家にいなかった。十一歳で働きに出る者さえいた。そんな年齢で家を出なければならないのは、傍から見ればひどいことに思えるかもしれない。学校の卒業が近づいてくると母親は、娘本人にははっきりと「卒業したら自分の分は自分で働いておくれ」と言うし、隣近所には「早く娘もよそで食べてくれるようになって欲しいものだわ。今週だって、食パンを五枚も食べたんだから」と言ったりもする。そういう言葉をいつも聞かされていれば、娘たちは当然のように家を出て働くつもりになっていくだろう』
『ラーク・ライズ』P.242~243より引用

この本は残念なことに、「図解」資料がありません。DVDを見るのもいいですし、絵画とテキストでじっくり英国の田園生活にのめりこみたい方には、次の2冊の本をオススメします。

図説 ヴィクトリア時代 イギリスの田園生活誌
図説 イギリス手づくりの生活誌

翻訳者の石川英子さんのブログも是非、ご覧下さい。作者であるフローラが育った場所の写真も載っていました。

ペンギン版では1冊に3作が収蔵してありますが、本作は第一部『ラークライズ』のみとなっています。あとがきによると、第二部・第三部の翻訳は終わっており、出版待ちとのことです。事情はわかりませんが、第一部の売れ行き次第なのかもしれませんので、続きが読みたい方は是非にも。

ドラマでは多少複数の人物をひとりにまとめるなど、脚色・編集が行われています。今回の『ラークライズ』以降、村を出て郵便局で働き始めた頃を題材としているので、内容は違っています。元々が主人公である筆者の一人称で、淡々と村の暮らしを綴っていくので、ドラマ化は難しいはずでしたし、絵として美しくても「物語」と言う構図としては平坦に思えましたが、家族や村人の魅力あふれる人物造形や、階級の違い、村と町の意識の違いなど、この時代のファン向けに作られています。

参考までに、本『ラークライズ』の目次です。目次の第10章に該当するところが「メイド」を扱っています。

『ラークライズ』目次
第1章 貧しい人々の家
第2章 子供時代
第3章 農作業
第4章 パブ
第5章 年寄りたち
第6章 女たち
第7章 外からの訪問者
第8章 木箱
第9章 田舎の遊び
第10章 村の娘たち
第11章 学校
第12章 試験
第13章 メーデー
第14章 教会
第15章 村の祭日

個人的には、「これほど、リアル『ハウス世界名作劇場』に近づいた書籍は無い」と思っています(アリソン・アトリー『農場にくらして』を除く)。農村の描写が克明で、地に足がついていて、自分がこの時代の農村に入り込み、彼女の体を通じてその世界を眺めているような気持ちになれます。