[参考資料]ヴィクトリア朝万華鏡

同時代のフランスの画家に比べると、イギリスの画家は日本では有名ではありませんが、評価の話はさておき、ヴィクトリア朝を知る手掛かりとして、絵画は有益です。絵画は、同時代を映す鏡です。その時代に画家の目に映った世界だけではなく、その作家が世界を見る価値観までも、伝えてくれます。(「価値観の歪み」的な話は、『倒錯の偶像』にて言及しました)

そもそもカラーの映像・写真がない時代ですから、絵画はその点でもメディア性を帯びます。本書はそのイギリスの画家の作品を集めた貴重な資料です。本書は「美術書」として位置づけられるようなもので、上質な紙を使い、カラーページを多用しています。こうした本としての完成度とは別に、絵画を集めた切り口も秀逸です。

絵画が描く世界に絡めて、その背景世界であるヴィクトリア時代を解説するのです。絵の色彩と表情が非常に豊かで、絵の描かれた背景社会を語る手法は、素晴らしく鮮明な印象を残します。それまではあまり絵から当時の社会背景を想像するといった思考プロセスは使っていなかったのですが、これ以降、服装や人々の表情、絵のシチュエーションなど、絵画に関心を抱くようになりました。

また、絵を描く人々はヴィクトリア朝期の文化を担い、主要な役割を果たしたと確認できました。そうした社会的な影響力についても、絵が人を動かす「メディアだった」という時代なども、丁寧に解説されています。私たちは「見ている絵画は時代を超えた」ことを想像しつつ、この同じ絵画を、ヴィクトリア朝の人々が同じように見ていたことを忘れがちです。

私自身はこの本に影響を受け、2003/07には東京藝術大学の美術館に、特別展を開いている『ヴィクトリアン・ヌード』という、当時のヌードを題材にした絵画を見に行きました。本に登場していた絵画が数点あり、そのキャンバスの大きさには圧倒されます。その後、イギリスを旅行した折、この本で好きになった画家ミレイの絵画をテート・ブリテンで見ましたし、あちこちでミレイに関わる「遺産」に出会いました。ジョン・エヴァレット・ミレイとの出会いはリンク先に記しましたが、とにかく「イギリス人から愛された画家なんだ」と感じました。(日本では『オフィーリア』が有名ですね)

「歴史の勉強はどうも苦手」「ヴィクトリア朝、興味はあるけど……」という方にも、まず絵と、そこから語られる背景世界の解説を読めば、すんなりとヴィクトリア朝に入れると思いますので、オススメします。上流階級から労働者階級まで、網羅しています。(絶版なので、図書館利用になるかと思います)

第一章 ヴィクトリア朝――もしくはアルバート朝――の英国
ジョージ・ギルバート・スコットほか≪アルバート公記念碑≫

第二章 プラットフォームの人生模様
ウィリアム・パウエル・フリス≪駅≫

第三章 働かざる者 食うべからず
フォード・マドックス・ブラウン≪労働≫

第四章 自立させられた女たち
リチャード・レッドグレイヴ≪かわいそうな先生≫

第五章 屋根裏の殉教者たち
ヘンリー・ウォリス<チャタートン≫  リチャード・レッドグレイヴ≪お針子>

第六章 永すぎた春
アーサー・ヒューズ≪長い婚約≫
リチャード・レッドグレイヴ≪お針子>

第七章 上流家庭に吹くすきま風
ウィリアム・クウィラー・オーチャードストン≪功利的結婚≫

第八章 女が道を踏みはずした時
ウィリアム・ホールマン・ハント≪良心の目覚め≫

第九章 幸は田舎家にあり
トマス・ウェブスター≪おやすみなさい≫

第十章 ロンドンの底辺探訪
ルーク・ファイルズ≪救貧院臨時宿泊所の入所希望者たち≫

第十一章 ロンドンの”魚河岸”と”やっちゃ場”
ジョージ・エルガー・ヒックス≪ビリングズゲイト市場≫

第十二章 旅役者の娘から劇壇の女王へ
ジョン・シンガー・サージェント≪マクベス夫人に扮したエレン・テリー≫

第十三章 競馬場の人間博覧会
ウィリアム・パウエル・フリス≪ダービー開催日≫

第十四章 新天地への脱出
フォード・マドックス・ブラウン≪英国の見納め≫

第十五章 切手と手紙をめぐるドラマ
フレデリック・ジョージ・スティーブンス≪母と子≫
ジェイムズ・ティソ≪手紙≫

第十六章 交通革命 もっと速く、もっと遠くへ
エイブラハム・ソロモン≪一等車≫

第十七章 犯罪報道花盛り
フランク・ホル≪ニューゲイト監獄――未決囚たち≫

第十八章 展覧会は大盛況
ウィリアム・パウエル・フリス≪ロイヤル・アカデミー展の招待日、一八八一年≫

第十九章 女王陛下の動物画家
エドウィン・ランシア≪上流生活≫≪下流生活≫

第二十章 子供の情景 光と影
ジョン・エヴァレット・ミレイ≪シャボン玉≫

第二十一章 草葉の陰で
アーサー・ヒューズ≪海からの帰郷≫

第二十二章 ヴィクトリア朝の”前衛画家”
J・A・M・ホイッスラー≪黒と金色のノクターン――落下する花火≫

第二十三章 「泣かせる歴史画」の主役たち
ウィリアム・フレデリック・イームズ≪ところで君がお父さんに最後に会ったのはいつだね≫

第二十四章 絵画から映画へ
エドワード・ポインター≪エジプトのイスラエル人≫