元メイドのウィニフレッド・グレースへのインタビューをまとめた本です。日本語に翻訳された英国メイドの回想はほとんどなく、同書は極めてユニークな一冊です。私が研究を始めた2000年当時にあって、必読の一冊とされていました。すぐに出会えたわけではなく、確かこの本を買ったのは東急文化会館の三省堂書店だったような。
農場で働く父を持つウィニフレッドは若いうちから、農場主の家にメイドとして勤めに出されました。断れば父の立場が危うくなりました。時に理不尽と思える階級による差別を主人から受けたり、辛い肉体労働を強いられながらも、彼女は希望を持って転職をしたり、恋をしたり、成長しながら自分の人生を生きました。
当時のメイドの目で見た第一次世界大戦、上流階級の生活と距離感、メイドの価値観や親との関係、そして同僚とのやりとりなどは深い印象を残します。彼女のように勤めに出るメイドは決して珍しいものではありませんでした。
印象的なのは、彼女の次の言葉です。
『女中奉公をして出世しようと思えば、道はただひとつ、注意深く辛抱強く勤めて、いい紹介状を貰うことです。キッチン付きの女中ですら、努力すれば道は開けます。最初はコックの下で野菜の掃除、皿洗い、キッチン周りの掃除などをしていても、そのうち同じキッチン付きの女中でもずっと条件のいい職があるかもしれない。もしコックが病気になり、そして一人前に料理のできることがわかれば、代役だってあり得る。コックが辞めれば、そのまま昇進です。コック兼ハウスキーパーと言う道だってありえます。とにかく一歩一歩注意し、他人を押しのけず、ちゃんと目を開いていれば、チャンスはやってくるものなのです』
『イギリスのある女中の生涯』P154~155より引用
「メイドに出る立場」として彼女は極めて「普通」でしたが、職場経験が意外と少なく、よく読むと転職は1度しか経験していません。また、勤め先も同僚がいるやや上の中流階級の家庭で、仕事や人間関係が大変であっても、ひとりしかおらずに最も境遇が辛い「メイドオブオールワーク」とは異なっています。
結婚して彼女はメイドを辞めましたが、引退後も家計を支えるために家事労働者として働きに出るなど、苦労は続きました。成功して自伝を出す使用人は少数で、多くのメイドは彼女のように、誰かに聞かれない限りはその生涯を語りませんでした。