(注:この感想は日本での映画公開が行われた2002年に記したものを再編集しています)
ヴィクトリア時代ながら関連本さえ読んでいなかった『切り裂きジャック』ですが、それを題材にした映画が公開されています。それが『FROM HELL』です。「ジョニー・デップ」主演と言うこともあり、なんらかの参考になるかなと見てきましたので、その感想などを書こうと思うのですが、映画の内容はホラーと言うよりも、「猟奇」でした。
当時の雰囲気を楽しめるシーンは幾つもありましたが、題材が『切り裂きジャック』に、被害者が娼婦、そういう都合で下層にいる娼婦の描写が多いです。丁寧に作り、当時の社会を映した映像を見るだけの奥行きが、その世界にはありました。
以前、『大列車強盗』をスラムの見本のように書きましたが、上には上がいます。夜の描写が多く、不潔さは伝わらなかったのですが、生きている人の温度や価値観など、あれは見事に再現しているのではないでしょうか。
最初の部分でのカメラワークは「ワンフレーム」(そう言うのか知りませんが、カメラの移動を一回だけにしている)泣きます。世界に入りこんで行く錯覚があり、ロンドンのさびれた街角とそこで繰り広げられる人間模様……
今まで様々に参考にした映画は当時の文学を参考にしており、ある程度、綺麗な世界が描かれた作品を元にしています。しかし「切り裂きジャック」は文学ではなく、ひとつの事件、「ノンフィクション」「ドキュメンタリー」です。おどろおどろしい雰囲気を出す為に「夜のロンドン」は非常に恐ろしく、夜を迎える直前の「真っ赤な空」は「こういう描き方もあるのか」と感心しました。
衣装へのこだわりは、パンフレットによれば尋常ではなく、数千のサンプルを作ったそうです。(『マトリックス』の衣装デザイナーでした) 「娼婦はけばけばしい色彩の服」と書かれている資料を幾つも見ましたが、それを視覚化するとああなるのだと、そしてその「胸の開いた」「色彩のきつい」衣装を着て、表に出るとどうなるのか、どう見られるのか、表社会との離れ具合が描写されました。
「メイドさん」(登場したのはやや年配の方です…)や「看護婦」(制服が綺麗でした)など、いろいろな要素もありましたが、「何でこんな映画を作ったのだろう?」と感じてしまいました。それは映画が怖いからではなく、映画が描写する精密な人体への危害が原因です。何も知らない人間が解剖学の教室へ紛れ込んだり、或いは検死をさせられる気分の悪さです。当時の価値観の忠実な再現をしたと思えるために、フィクションが持つオブラートが消え、ざらざらした後味の悪さが残りました。
当時の「暗部」(の一部:上流社会の価値観を含めて)を描いた、意欲作と言えるのでしょう。R指定でもいいのではないかなと。見る人を選ぶと思います。なお、原作はアラン・ムーアのアメコミで、2009年に日本で発売されました。劇場版が衝撃的過ぎたので、私は原作を未読です。