「本」だけでは伝えにくい、ウェブでの文脈・地形効果

概要

『英国メイドの世界』はウェブと書店では異なる売れ行きを示しています。著者の目で見た、「なぜ、この本がウェブではある程度まで売れたのか」についての振り返りと共有です。


はじめに

『英国メイドの世界』はウェブと書店で、だいぶ異なる売れ行きをしています。少なくとも、『英国メイドの世界』という本と帯だけでは、この本が持つ文脈(コンテクスト)は伝えきれていません。たとえばbk1というネット書店では、世の中に流通するすべての本に勝って、3日連続で1位を獲得した事実は、売れ方の大きな違いの例証になるでしょう。

そもそも、この本が「この手の本にしては売れている」背景は、私の同人活動を軸としていることが要因として大きいと考えられます。ゼロからデビューする作家と異なり、私は同人活動やネットでのテキストを通じて、多少なりとも読者となりえる方との接点を持ちえました。


同人活動を通じた認知

1トン刷った同人誌

2008年に同人誌として刊行し、それがアキバBlog様によって広まり、さらには本自体が「コミケカタログより分厚い」と話題を生み、同人誌即売会コミティアのカタログで紹介されるなど、話題を呼んだことが挙げられます。

1冊1kgあったことからも話題性を生み、3か月で1000冊が完売し、増刷を400部行い、個人レベルでは1400冊を頒布しています。この時点で欲しい方が全員購入できたわけではなく、また同人誌という流通の制約もあったことで買えない方もいらっしゃいましたが、私個人の努力の限界として、増刷は一度としました。

 

同人誌のノウハウ・体験談の共有

2009年には「1トン刷った」同人誌製作の背景事情を書いた一連のテキストが、そこそこ大きく取り上げられました。私が公開した目的は、自分の体験談から同人活動を続けやすくなる人が増えればいいなというものと、「どうしても刷りたい本」が出来てしまった時に失敗のリスクを抑える考え方を提示したい、というものがありました。

私は100万円以上を同人誌の印刷に使う決断をしなければならず、「これは趣味なのか?」と自問自答しました。それでも刷ろうとしたのは、原稿が出来てしまったからですし、自分で許容できるリスクに落とし込めたからです。

同人誌を1トン刷る~印刷所を活用した同人活動(2009/03/12)
同人誌1トンを刷った経緯と部数決定のプロセス(2009/08/29)
同人誌1トンの印刷コストと向き合うリスクマネジメント(2009/09/06)
同人活動の継続性を高める手段としての「利益」(2009/09/11)

こうしたノウハウの公開は意外と興味を持ってもらえたようで、ここでも「1冊1kgある同人誌」「1トン刷った同人誌」というインパクトが残ることになりました。出版までの間に、同人誌『英国メイドの世界』を知る人はゼロではありませんでした。

 

同人活動での出会い~延べ5000人以上・頒布累計1万部以上

私は同人イベントに8年間で40回以上参加し、延べで5000人以上にはお会いしていると思います。実際に買われる・買われないは別としても、サークルとして参加していると本を読んでいただく機会にも恵まれます。

17冊作った同人誌の累計頒布部数は1万部を超えています。その意味で、『英国メイドの世界』の存在だけではなく、これまでの同人活動を通じて、幅広く興味を持ってもらいやすい立ち位置にいたと思います。

さらに、出版決定を公開してからの1年間は、結果として同人イベントの場で出版の活動を報告しました。結果としてなのは、本来は1年早く出る予定だったのが、品質向上と作業のふくらみのために伸びに伸び、同人イベントの場で常に説明をする羽目になったからでした。相当精神的負担ではありましたが、読者の方たちとコミュニケーションをとれたのは、貴重な体験でした。


本一冊ではウェブで得られた地形効果が弱まる

このように、私は基本的に同人をベースと活動し、同人誌の中では極めて珍しい道筋で出版化をした経緯を持つことや、ウェブで同人ノウハウを公開したこともあり、ウェブでは一定の地形効果を得られました。また過去にアキバBlog様で取り上げられたこともあり、前回2008年の記事を知っている方にとって、今回の出版は「点から線」になったことで、記憶を思い出した要因もあるかと思いますし、同人誌として頒布もしていたので、既にお持ちの方による事前の評判情報も出ていました。

これらは、結果論ですが、本書が幸先よくスタートを切れた要因だと思います。ところが、書店ではこうした文脈が一切、殺ぎ落とされます。ウェブで関心を持って書店に足を運ぶ方はさておき、ただ何も知らずにこの本だけを見た場合、今回の本・帯で伝えうる要素は限定的です。

それでも、少なからずインパクトはあると思っていましたが、「メイドの文字=興味がない=終了」となる可能性は想定以上に強すぎたのではないか、というのを「メイド」を巡る難しさ、世の中に伝わる「メイド・イメージ」というテキストに記しました。これが、大きな誤算でした。

POPのネタを競い合う風土の秋葉原や同人ショップ、一部書店でPOPをつけて文脈を足す・補っていただけたことがどれだけ大きいかを知ればこそ、私は書店の方々に感謝しています。そして、たとえばbk1で「3日連続、本全体で1位」を記録しながらも、リアル書店では話題になっていないように思えることも、分かるような気がします。何よりも文脈以前に、書店で伝えるべき適切なポジションを、私の本は得られていません。

以下、自分で見た範囲・知人に聞いた範囲での書店での『英国メイドの世界』の配置です。

  • サブカルチャー
  • 歴史/イギリス史
  • 歴史/文化史
  • 英国ミステリ棚(ホームズの近く)
  • コミックス(『エマ』などの「メイド」の近く)
  • 資料系(TRPG)
  • 資料系(漫画制作)
  • 新刊棚(各コーナー、またはサブカルチャー。一店舗のみ文芸新刊の並びに)
  • 書籍フェア(啓文堂書店三鷹店様のみ)
  • 上記パターンの複数組み合わせ

本を書店で初めて売る体験から気づいたことより引用

どの場所で一番売れたかは書店の客層にも大きく左右されますが、配置場所の曖昧さは不一致にも繋がりますし、仮に売れたとしても配本数が少ないことで品切れにもなりやすく、読者との出会いにくさはウェブ以上かもしれません。

ウェブあった文脈からの断絶による興味の持たれにくさ(興味を持たれたとしても、メイドイメージの強さが想定外だった)と、どこに置かれるかの分かりにくい、この2つが相まって、書店とウェブで乖離が出ているのではないかと推測しています。

迷ったらイギリスの棚に置くのが安全だと思いますし(類書はそこにあります)、サブカルチャーっぽく見えますが、個人的には5年以上は耐久性を持ち、一過性の流行に左右されるものではないので、安心して補充して欲しいと思います。