世の中に伝わる「メイド・イメージ」の強さと、執事軸の伝え方

概要

『英国メイドの世界』を販売する中で気づいた、世の中の「メイド・イメージの強さ」による「伝わりにくさ」の振り返りと、執事軸でのアプローチの検討などの共有です。


本文

日本では「メイド」という言葉の意味が、受け取る側によって大きく異なります。私は「イギリスに実在したメイド」や、「家事使用人として働くメイド」を軸に物事を見ていますが、特にメイドに関心がない人にとって、メイドは「メディアが報じる、秋葉原を中心としたメイド喫茶のメイド(コスプレをした店員)」を意味します。

出版の報告を兼ねて知人40人ぐらいに会いましたが、執事が主役の名作『日の名残り』や英国で放映される衣装劇・ドラマ、そしてメイドを描いた『エマ』を知っている人は全体の10%ぐらいで、多くの人はメイド喫茶のイメージを強く持っていました。それほどメイドに関心がない人は、関心がないゆえに、メディアによるイメージで判断していると感じました。(さらに少数は海外で今も実在する家事労働者としてのメイドを連想されました)

私は同人時代からのタイトル『英国メイドの世界』にこだわって出版をしましたが、この本が「メイド」の文字を持つことで、「メイド喫茶的イメージを持つ本」と判断される可能性を持つことが、予想外でした。興味を持って「家事をするメイド」と「メイド喫茶」の違いが分かる方はさておき、一般的には「萌え~」なものとして伝わっている、というのは次の一文に集約されています。

メイド……個人的には、よくわからない、というか、あんまり興味ない世界だから内容を云々はできないんだけど、店頭で配布されているフェアの選書リスト(上の写真)、ご覧いただければわかるように、別に萌え~な世界の本だけをあげてあるわけではなく、まじめな本、かたい本もちゃんとおさえてあります。っていうか、この本自体、「メイド」ということばから受ける萌えな感じの内容ではなくて、ハウスメイドから、カズオ・イシグロ的執事まで、男女を問わない英国家事使用人の歴史や実態をまとめた専門書的な趣の本のようです(「鶴田謙二氏、推薦図書」がいい感じ;笑)。こういうフェアが、駅前の中規模書店で展開されてるってのがおもしろいよね。

書原、啓文堂書店、平安堂……続・書店のいろいろ(2011/01/15:空犬通信)様からの引用

もうひとつ、予想外なことがありました。

私はメイド喫茶ブームで「メイドに興味を持つ人が大勢いる」と私は思いましたし、事実その通りでしたが、「メイド喫茶のメイド」と「家事をするメイド」は大きく切り離された消費のされ方をしています。メイド喫茶に通う方や、メイド喫茶を知っている方は、必ずしも「メイド創作」や「歴史のメイド」に興味を持っているわけではないのです。以下、自分のブログで書いたテキストです。

このようにメイドブームを整理していて、「メイドが好き」といっても「和菓子が好き」なのと「洋菓子が好き」なぐらいに内部ではカテゴライズの違いがあって、ただ「メイド服」という存在が強すぎてその違いがなかなか自分には見えなかった、というのを自覚しました。

私は「メイド喫茶に行く人はメイドの創作表現が好きな人」だ思いつつ、同時に「メイドの創作表現が好きな人はメイド喫茶に行くとは限らない」ことも知っていました。しかし「メイド喫茶に行く人が、メイドの創作表現が好きとは限らない」ことに、それほど気づいていませんでした。

メイドブームを整理していて気付いたこと(2011/02/05)より引用

もちろん、メイドに関心を持つ方は一定数いますし、店員の「メイド」として働く方々を含めて私の本を手にしていただいている状況は知っています。それでも、接点があるようでいて「重なりは薄い」ということを、最近になってようやく理解しました。以前から同人イベントで「コスプレの参考にする」「メイド喫茶で働いている」という方々にはお会いしてきましたが、私と出会う時点で、少数派だったのだと。

とはいえ、元々、本書の想定読者として「メイドに積極的な関心がある方々(これまでに出会っている皆様)」だけではなく、「メイドに積極的関心がない方々・初めて興味を持つ方々」だと分かった上で組み立てているので、認識の食い違いは大きな問題になりませんでしたが、アプローチしていく「積極的関心がない人」が抱く「メイド・イメージ」が、メディアによる報道であまりに強すぎるのが想定外だった、というところが現状です。

しかし、打ち手がないわけではありません。この本を読むことで、これまでに接した様々な作品をもう一度楽しめる可能性があり、たとえば『エマ』の読者の方が『英国メイドの世界』を読んでから『エマ』を読むと、もっと作品を感じられると思います。

最近では、英国メイドの世界 ブクログでの感想を読みました。『日の名残り』の愛読者の方にとって、「ノーマーク」だった本書と偶然出会い、気に入っていただけたようです。「本の情報を楽しむ」だけではなく、「本から得られた情報で、新しい世界を見る目を得る」ことが、私の本の提供する価値です。

根強い「イメージ」を、どのように変えてアプローチをするのかが今後の課題であり、著者として楽しむ領域になります。地形効果を得られる書店でのフェアは私にとっては非常に強力な味方ですし、ウェブで多様性を伝えることが(実は接点があると)、読者と出会っていく道筋となります。

もしかすると、「執事」を軸にして打ち出す伝え方に切り替えてもいいのかと思いもしています。現状のメイド喫茶主体のブームと異なり、私が把握する執事ブームは、「従者として主人に仕える執事」を軸にしている点で、興味の持たれ方と『英国メイドの世界』に登場する実在の執事(そして、傍に仕えるヴァレット)との親和性が極めて高いからです。

タイトルと内容が一致しないとはよく言われていますが、実在する執事のエピソードから「執事の解説」は作り上げていますので、英国の屋敷に勤める執事(そしてフットマン)については現時点で日本一の情報量だと思います。そのあたりを伝えられる方法は、考え中です。