[参考資料]ジョーゼフ・ラウントリーの生涯

19世紀英国ヴィクトリア朝に実業家として成功し、従業員の働きやすさ・福祉を考えて経営を行ったジョーゼフ・ラウントリーの生涯を描いた良作です。

私個人が知っていたのは、家事使用人の雇用の有無を困窮の境目としたシーボーム・ラウントリーでした。彼は19世紀末にヨークで貧困調査を行い、発展する大英帝国の多くが貧困状態にあったことを数字で明確にしたひとりです。(同時代人のチャールズ・ブースはロンドンでの貧困調査)

ジョーゼフはシーボームの父親で、英国では父の偉大さが広く語り継がれているとのことです。クエーカー教徒の生まれである彼は食料雑貨商の父親の下で働き、当時の商店の徒弟制度や家庭生活を本書では垣間見ることが出来ます。また、中流階級である食料雑貨商が紅茶やお茶を扱う難しさ(輸入した茶の品質のばらつき・ブレンド)や、事業をココアやチョコレート製造へ広げていく中で、工場経営者へと変化していく様子が、詳細に描かれています。

特に面白いのが、この時代の商店経営や工場経営が生き生きと伝わってくる点です。19世紀のイギリスの工場の多くは大規模ではなく、家庭の延長のような徒弟制度に支えられたものでした。それが19世紀末から20世紀にかけて、段々と規模が大きくなり、ラウントリーの工場でも数百名の従業員を抱えるようになりました。

ラウントリーは当時の経営者と異なり、従業員を道具ではなく、人格を持った存在として扱う理想的な経営者としての側面を備えました。労働環境や、組織の仕組みだけではなく、住宅環境の整備や学校教育や医師の職場への駐在(医療の支援)、年金制度など、現代企業が備えている多くの要素を20世紀初頭には実現しようとしていました。

彼の理念には貧困との戦いがあり、単なる「スープ給食」(食べ物を与える)だけの表面的な慈善から、構造的に貧困を解消するには何が出来るかを考え、貧困家庭の多くが世帯収入を貧困の惨めさから逃れるために酒に逃避している実情を突き止めた数字資料を公開しました。息子の貧困調査も、父の理念を反映したものでしょう。

継続してこそ価値がある、彼はそのためのお金を軽視せず、しっかりと稼ぎ、自らの出来ることを増やし、環境の変化を促していきました。遺言で作られた3つのトラスト/信託基金・機構は現在も存続しており、そのいずれもがラウントリーの名を冠することで、現代にあっても彼の名と理念が知られるとのことです。

また、ラウントリーは貴族院の廃止にも熱心で、同時代の貴族像や貴族を取り巻く政治環境の変遷(特に1909年のロイド・ジョージによる貴族への劇的な攻撃「人民予算」)を、思いもよらず学ぶことが出来ました。

当時の経営者がどんな視点で労働者を見ていたのか、中流階級の家庭はどのように裕福になるのか、働き方はどうなっていたのか。労働者階級が置かれていた境遇はどんなものか。時代を超えた普遍性を持つラウントリーの在り方は、様々に参考になります。