[小説]リヴァトン館

貴族の屋敷リヴァトン館で起こった悲劇を、少女時代に屋敷へ勤めたメイドが回想する物語構成で、英国貴族・カントリーハウス・使用人といった舞台設定が好きな方にはたまらないお膳立てが整っています。森薫先生は「宝箱のよう」と推薦されていたことで、最初に目に入った小説です。

筆者の方はあとがきで『ゴスフォード・パーク』や『日の名残り』、『マナーハウス』、そして『Upstairs Downstairs』を紹介していましたので、この辺の作品が好きな方にはオススメできます。

舞台は第一次世界大戦前から始まり、ドラマ版『名探偵ポワロ』が活躍した時代設定となる1920年代へと推移していきます。屋敷マニアとしては十分に楽しむに足る設定をしていたので、期待しながら読み進めました。

物語の語り手グレイスはリヴァトン館に勤めたメイドで、現在は老人ホームに入っています。彼女が勤めた時期に屋敷では悲劇が起こりました。その悲劇を映画化しようと、映画監督が唯一、今も生き残っているグレイスの元を訪れて、物語が始まります。グレイスの追憶と、現代の双方がリンクしながら、物語は紡がれます。

ネタばれに繋がることは避けますが、正直なところ、当初は雰囲気小説・屋敷モノといった印象でした。物語の出だしが緩やかで、展開は地味です。屋敷や使用人の雰囲気、それに道具類や描写の濃密さは素晴らしくて世界に浸れましたが、「それしかない」ように感じられました。特に執事とコックや登場する使用人が意図的か、「どこかで見たことがある」描写(特に執事は『Upstairs Downstairs』のMr Hudsonに代表される「英国執事のイメージ」と重なりすぎる印象)でした。

ところが、「雰囲気」はこの本の本質ではありません。中盤からだいぶ様子が変わってきて、なぜこの舞台設定にしたのか、この舞台設定でしか表現できない方向へと進んでいきます。段々と先を知りたくなり、どのような帰結を迎えるのか(帰結自体は見えているので、そこへのプロセス)、知りたくなります。

現代のパートそれ自体も魅せる話になっていて、この筆者の本質はストリーテリングにあるように思えましたし、物語が大好きなのだと思いました。作中、様々なオマージュがこめられていて、特にクリスティへの愛を感じました。そして、使用人の描写は「読者が見たい世界を描く」サービス精神によるものなのだろうと考えられるほどに物語構成がしっかりしています。

題材もほぼ20世紀前半の第一次大戦に前後した貴族の盛衰や使用人の事情を扱いつつ、社交界を描き出しており、あの時代の特筆すべき要素を取り扱っています。同時代を舞台とするエンタテインメントとして細部まで配慮された作品で、現在と過去のイギリスの屋敷を知っている方には満ち足りた作品です。

ただ、ゴシック小説やサスペンスかといわれれば違うような気がします。去年ぐらいから検索していて気づいたことですが、英国や海外では家族史が流行しているようです。自分の家族のルーツを調べる手段(国勢調査から先祖を検索するサイト)や、成果をウェブに上げているサイトが多く存在し、本書はこの「個人をたどる歴史」「個人が見た歴史」と同じ雰囲気を感じました。作中でもこの「家族史」の話は出てきました。

個人的には設定に期待しすぎたものの、思いのほか、ストーリーが同時代の雰囲気に満ちていて満足でした。この時代の雰囲気・描写を想起できるかは読者に依存しすぎるので(マイナーな時代で、同時代を扱った他の映像:たとえば『名探偵ポワロ』や『Brideshead Revisited』『Upstairs Downstairs』、『ダロウェイ夫人』を見ている方がイメージが湧く)、映像化されたらまた違った評価がなされると思います。