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使用人を扱った映画では最高峰の作品で、今ほどメイドが話題になっていなかった2002年、この映画の公開は当時のメイドファンに衝撃を与えました。久我と同時代にメイドへ興味を持っていた人たちにとって、本映画は忘れられない重さを持っているはずです。
映画は1930年代のイギリス貴族の屋敷で生じた殺人事件を物語の中心としていますが、本質は人物描写にあります。アガサ・クリスティー的な本格ミステリではなく、屋敷を舞台にした、主人とその上流階級のゲストたちの世界「階段の上」と、彼らに仕えるメイドや執事の世界「階段の下」を巧みに、かつ「平等」に描いた群像劇です。
普通の映画は華やかでいわくありげな上流階級の人々が主役になりがちですが、この映画は彼らに仕える使用人たちを丁寧に映し、当時の雰囲気を巧みに再現しています。屋敷を訪問したゲストとメイドの視点で物語は展開し、執事からハウスキーパー、コック、それにメイドまでが脇役ではなく、当時の生活を彩る存在として登場します。
当時の裕福な生活を描くということは、そのまま使用人たちを描くことに繋がっていたのでしょう。多くの「階下のルール」は当時目にした自分には新鮮でしたし(たとえばゲストの使用人が食事に同席する場合、主人のランクに応じた席次に就く。また、名前を覚える手間を省くために仕える主人の名前で呼ばれる:後者は資料を見つけた気がしますが、ちょっと思い出せません)
使用人の間に存在した「上級」「下級」の区別や、ハウスキーパーとキッチンの対立など、時にエキセントリック、風刺もされた「主人たち以上に階級に厳しい」、使用人同士の関係が目を引きますし、とにかくメイドたちは生き生きとしています。メイドたちの階級意識や物の見方や、ステレオタイプ的な多くの表現が盛り込まれている「エンターテインメント」として至高の存在です。
ショーファー(屋敷づきの運転手・馬車の時代が終わり、車の時代になってから登場した「新しい使用人」)が運転する車で屋敷に着いた伯爵夫人(マギー・スミス)は玄関から入ります。そしてお供のメイド(ケリー・マクドナルド)は荷物と一緒に、使用人たちの専用となる裏口から屋敷に入ります。ゲストを迎えてせわしない階下の様子だけでも、この映画を見る価値があります。
DVDの特典映像には過去に執事だったArthur Inchやメイドだった人が登場し、監督が彼らの経験をどのように映像にしたかが語られていて、興味深いです。Arthur Inchは「執事は指紋が付いたナイフに息を吹きかけて磨かない」という事実を告げたのに対し、ロバート・アルトマン監督は、「規範や事実をそのまま再現すること」は必ずしも「映像的に面白くならない」として、歴史と芸術の差も、監督の口から語られています。これが映画を資料とする難しさで、必ずしも映画は歴史を再現していません。
いずれにせよ、私が個人的にオススメする執事とメイドを扱った映画の中では、最高レベルの作品ですし、そうした要素を離れても、クリスティー作品や英国ミステリが好きな人にオススメできる作品です。
Arthur Inchはこの作品で縁があったのか、翌年に公開された『マナーハウス』でもアドバイザーの役割を担っていました。彼は執事の給仕方法を紹介した、『Dinner is served』という著作を記しています。AMAZONでは評価が低いですが、資料として興味がある方にはオススメしています。(私的には彼が好きなので★★★です)
また、キャスティングは豪華の一言です。貴族には『ハリー・ポッター』で2代目のダンブルドア校長を演じたマイケル・ガンボン、伯爵夫人にはマギー・スミス、ゲストの男性の中には衝撃的な同性愛を描いた『モーリス』のジェームズ・ウィルビーが出ています。中でも素晴らしいのはヘレン・ミレン演じるハウスキーパーと、1970年代のドラマ『Upstairs Downstairs』を製作したアイリーン・アトキンスのコックの存在です。
さらに、『モーリス』で調べていたら、これも2010年にDVD化されます。過去に見ていたので、そのうち感想書きます。アイヴォリー監督作品が最近目立っていないので、少し感想を強化しましょう。
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この作品の脚本を描いたジュリアン・フェロウズが、後に、世界的な人気作品『ダウントン・アビー』を世に送り出すことになります。