[小説/コミックス]エアーズ家の没落(原題:The Little Stranger)

エアーズ家の没落上 (創元推理文庫)

著者/訳者:サラ・ウォーターズ

出版社:東京創元社( 2010-09-18 )

文庫 ( 336 ページ )



エアーズ家の没落下 (創元推理文庫)

著者/訳者:サラ・ウォーターズ

出版社:東京創元社( 2010-09-18 )

文庫 ( 400 ページ )





『エアーズ家の没落』は非常に引き込まれる作品で、先が知りたくなって一気に読みました。その筋(ミステリ・ヴィクトリア朝・百合)では有名すぎる英国作家サラ・ウォーターズの最新刊『The Little Strager』(2009年)の翻訳版『エアーズ家の没落』が先月に発売され、先週末にようやく入手して読み終わりました。

英国の屋敷とミステリの系譜……ではないのかどうなのか?

かつて隆盛を極めながらも、第二次世界大戦終了後まもない今日では、広壮なハンドレッズ領主館に閉じこもって暮らすエアーズ家の人々。かねてから彼らと屋敷に憧憬を抱いていたファラデー医師は、往診をきっかけに知遇を得、次第に親交を深めていく。その一方、続発する小さな“異変”が、館を不穏な空気で満たしていき……。たくらみに満ちた、ウォーターズ文学最新の傑作登場。

『エアーズ家の没落』上巻・あらすじより引用

あらすじを読んで、そして「サラ・ウォーターズ」というブランドを知っている読者である私にとって、「館とミステリ」は最高の好物ですが、想定と違った作品に遭遇したというのが第一印象です。読む人によって作品の「立ち位置」が変わり、サラ・ウォーターズとしての新境地(『夜愁』も新境地だったと思いますが)ではないでしょうか。

ミステリなのか、ホラーなのか、サスペンスなのかは読者によって変わるという点での評価以上に、私が最大級に感嘆したのは、屋敷の物語、それも第二次大戦後の貴族の衰退(追憶)を描く作品として、イブリン・ウォーの『Brideshead Revisited』、カズオ・イシグロ『日の名残り』と同じ系譜に属す点です。その意味で、この作品は「ミステリか、ホラーか、サスペンスか」という作家として力量を問われる要素とは別に、一部の英国人にとってはノスタルジーを伴い、過去を懐かしむ作品としても消費されるのではないかと感じました。

「命をすり減らす場所」としての屋敷

しかし、『Brideshead Revisited』と『日の名残り』とは、屋敷の扱い方が違います。

屋敷を舞台にした「古きよき時代」的な雰囲気を持ちつつ、屋敷が備える「負の魅力」を極限まで引き出しています。屋敷は、照らし方によっては非常に恐ろしい場所です。屋敷を相続した(それも経済的苦境期に、屋敷を維持しなければならない)人の精神的負荷は、想像しがたいものです。サラ・ウォーターズが描き出す屋敷は、生き物のように、そこに住まう人々の命を、人生をすり減らす存在として登場します。

「衰退する貴族(厳密に言えば地主階級)」という現象と、経済的基盤を失って崩壊する「館」を巡る話として、この作品は強い説得力に支えられた描写をしています。私が観測する狭い範囲とはいえ、ここまで克明に戦後の英国屋敷の時代の終わりを描いた作品を、私は知りません。

確かに、冒頭は最高の「屋敷モノ」でした。第二次大戦後の崩れ行く屋敷ハッドレッズ領主館に住むエアーズ家を、中年医師ファラデーが訪問します。ファラデーの母はかつてこの屋敷で働いていたメイドで、少年時代にファラデーは屋敷で開催された宴に参加し、母のコネで屋敷の中に入り込みました。領地に住む元メイドは結婚引退した後も、屋敷が忙しい時期には手伝いとして流し場や洗濯に呼ばれることがありました。

少年ファラデーは屋敷のパーラーメイドに案内されて(パーラーメイドがいる20世紀前半の「屋敷」は経済的に最高峰ではないことを示していますが)、屋敷の中を探訪しますが、この時の描写が異常なぐらいに精緻です。黄金時代の館の「幻影」に招かれるがごとく、この物語の「語り手」であるファラデーによって、読者は屋敷を堪能します。しかし、その一方で、彼はこの館の現在、非常に痛み、傷つき、沈んだ雰囲気にあふれた描写をも行います。

ダメージを受けた屋敷

なぜ屋敷が傷ついたかといえば、第二次世界大戦の影響です。第一に屋敷はメンテナンスを常にしなければなりません。しかし戦時中、そして戦後はその人材確保が非常に困難でした。これは「不摂生」というレベルでの傷み方ですが、「傷害」というレベルでの傷は、「軍による接収」で生じました。イギリスの屋敷は第二次大戦中、病院や学校、司令部、軍隊の駐屯地として活用され、大きなダメージを受けました。戦後の補償もしっかりしたものではなく、修復不可能なレベルに追い込まれた屋敷は少なくありません。

こうした屋敷の生活を維持した財源は、主に周辺の領地でした。しかし、第一次世界大戦後、地価と穀物価格の下落、そして土地収益を得る人々への重税、さらには超高額・累進の相続税とが重なり、貴族を代表とする地主階級は財政基盤を揺るがされました。屋敷での暮らしは周辺領地があって、その農場や小作料の収益で支えられており、急場をしのぐために土地を切り売りする羽目に陥っています。これは自殺行為で、この決断を強いられる当主ロデリック・エアーズのストレスは、相当なものです。

メイドのいない屋敷

もうひとり、屋敷の犠牲者が当主の姉キャロライン・エアーズです。彼女はいわば「令嬢」という立場でありながら、戦後の人材難と経済困窮に直面し、十分な数のスタッフを雇い入れられず、自ら家事を担う立場に追いやられています。生活空間としての屋敷は非常に広く、大勢のスタッフで維持されるのを前提に設計されており、それが少人数になると生活の前提が崩れます。

19世紀末以降、英国では「使用人問題」が大きく取り上げられるようになりました。メイドの労働環境は非常に悪く、他の職業のように労働時間の規制や法的保護を受けられなかったためです。特に産業構造の変化(主要供給源の農村人口の減少)によって、それまでメイドになっていた人々が他の職業を選ぶようになったことで労働人口の担い手が減少し、第一次大戦以降は賃金上昇・生活費の上昇で、雇用主の側も住み込みでメイドを雇うのが困難になって行きました。

第一次世界大戦後は経済不況・恐慌によって失業者が生じたことでメイドのなり手は極端に減少せず、むしろ最盛期に近い水準へと回復して行きましたが、第二次世界大戦中は女性が戦争協力に徴発され、また戦後は職業の増加(私の直感ではこれに加えて、配給制で生活水準が上昇し、働きに出なくてもいい環境の子が増えた? 今後調べます)によって一気に衰退しました。

まして、屋敷は辺境です。簡単に通える距離にありません。このような状況でエアーズ家は十分な数のメイドを確保できず、たった一人の未熟なメイド・ベティと、通いのハウスキーパー・ベイズリー夫人がいるだけです。使用人は家族と一緒に過ごすべきではないとの古風な価値観も残る屋敷の中、幼いべディが心に受ける心理的なダメージは計り知れません。(ロデリックとキャロラインの母・エアーズ夫人が話し相手になっていたようですが)

この辺りでもう、私にはお腹が一杯ですが、以降はネタバレを含んだ物語の解釈を書きますので、読みたくない方はこの先を読まないようにお願いいたします。誰かと話をしたくなるような作品であることは間違いありません。元気があれば下記論考を裏付ける描写を引用して行きたいところですが、現在は感想のみにとどめます。


以下、ネタバレ回避のため、改行を入れてスペースを空けています。ネタバレを含むため、読みたくない方はこの先を読まないようにお願いいたします。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

屋敷への偏執的な心

以前、私のブログに「エアーズ家の没落 真相」という検索ワードで流入がありました。読み終わる前には「買う前に知りたいのかな?」と思ったものですが、この物語はいわゆる「犯人」が最後まで明かされません。屋敷内で「怪奇現象が生じ」(少なくともその目撃者の主観で観測される)、様々な事件が起こり、現象に遭遇した人々が弱っていき追い詰められて死んでいくことが、没落へと繋がっていきます。

さて、本筋として私は、この物語、事件を引き起こしたのは怪奇現象ではなく、2人の人間による結果的な殺人事件ではないかと思います。第一の犯人は、怪奇現象の観測者として「不快な事件はすべて彼女の傍らで起きている」とあとがきで示唆されているメイドのベティです。彼女こそが、原題の『The Little Stranger』ではないかと。

彼女がすべての怪奇現象をどのように行ったかの論証は今回の記述では行えませんが、事件を引き起こしたのが彼女だとした場合、私は第二の犯人として「語り手の医師ファラデー」を取り上げます。私が思うに、彼の屋敷の描写と人物の描写はあまりにも詳細で偏執的です。そして多くの彼の行動は「屋敷へ近づき、入り込もうとする」行動に見えます。彼は『The Little Stranger』として幼い日は屋敷に入り込み、中年になってからは「出身階級が低い生まれから、上流階級の中に入り込もうとしている」、上流階級から見たら取るに足らない『The Little Stranger』ではないか、と思うのです。

ファラデーは医師として誠実だったかもしれませんが、「単なるメイドが起こしたいたずら」の存在を信じず、それを目撃者・被害者の観測によって生じた「妄想」として事件化し、診断し、排除していく物語に見えました。とにかく、「精神を病んでいる」と切り分けていく医師の姿は、非常にヴィクトリア朝的だと私には思えました。探偵が観測することで事件が生じ、犯人が生まれるように、医師が診断することで病気が生まれ、患者が生まれるように。

これまで述べてきたように、エアーズ家の人々が置かれている境遇は非常に絶望的です。未来はありません。彼らには守るべき伝統としての「屋敷」が巨大にのしかかってきています。ぼろぼろになった建物で暮らす、それだけで己の無力を味わうでしょうし、心も傷つくでしょう。かつて華やかな時代があればこそ、メイドたちがいた時代があればこそ。

多くの地主が決断したように、彼らは館を売り払うべきでした。沈みゆく船に乗っているのに、なぜ未来を夢見れるのか。この物語の根底にある屋敷という存在の巨大さがあればこそ、ロデリックもキャロラインもふたりの母も精神的に追い詰められていて、その環境を揺さぶったのがメイドによる事件(メイドでないかもしれません)で、致命傷に仕立て上げたのが医師ファラデーだと、私は思います。

しかし、館を売る選択肢を持った当主ロデリックは精神病院へ追いやられました。そしてキャロラインとの破局に至る会話(下巻P.309-314)によって、ファラデーによる偏執的な屋敷への想いが透けて見えたように思います。客観的に見て彼の収入では屋敷は維持できません。屋敷を維持する領地もありません。しかし、彼は恋人が屋敷の売却をしようとすることを望まなかった。とても強い意志で否定した。所有権を持つ弟にその判断ができるはずが無いと。彼がその環境に追い込んでおきながら。キャロラインの最後の言葉、「あなた」は、事件当夜の描写が曖昧な彼による殺人(直接的か間接的かは別として)ではなかったのか。

屋敷を描き出す彼の描写は、他の物語には見られないほど詳細です。私は結論を知らない段階でこの本を読んだとき、次のような感想を書きました。

それはそうと、サラ・ウォーターズの”エアーズ家の没落”、1章読み終わった。相当レベルが高い「英国屋敷」小説。戦前戦後の屋敷の事情の変化と、戦後のメイドを雇えない環境、メイドとして勤めに出る14歳の少女の孤独など、歴史的に非常に面白い設定。英国屋敷、使用人スキーにオススメできる。

今年、映画、小説と、かなり当たり年かもしれない。なんか異常に屋敷と人物描写が多い感じがするけど、その分、後で落差が来るのかな? 非常に映像的な感じで、ドラマ化したら泣くレベル。

ファラデー医師が語り手であることは重要と考えます。ところどころに往時を懐かしむ美意識や、華やかだった時代の屋敷の風景を好む描写も見られており、ファラデー医師による「屋敷が売られることへの恐怖」が、館の持ち主たるエアーズ家を精神的に追い詰め、この事件を引き起こしたのではないか、というのは私の推論です。

あちこちで穴があるとは思いますが、そもそも私はこの「怪奇現象」が実在しないという立場で見てきました。とはいえ、物語で観測者が描写したいくつかは、明らかに人為の範囲を超えているようにも思えます。怪奇現象の原因は物語中では明かされませんし、あとがきではヒントらしきものもありますが、それが絶対確実かは分かりません。

「『半身』で怪奇現象を描いたサラ・ウォーターズが作家として、作品中の現象を怪奇現象とするか、人為のトリックとするか」との想像を読者は行うことになり、私は彼女のこれまでの読者であるがゆえに、彼女は人間による犯罪を選ぶと思っていますが、彼女は読者がこうしたことを考えることを想定した「隙間」を作った物語構成にしているようにも思えます。

怖い物語であるし、座り心地が悪い物語でもあり、心に残る作品です。