『日の名残り』はカズオ・イシグロが描いた第二次大戦に前後する時代を生きる、執事スティーブンスの一人称による物語です。私が初めて接した本格的な貴族と執事の物語であり、また同僚としてのハウスキーパーを魅力的に描き、「屋敷を管理する上級使用人」を主軸に据える独自の視点を備えています。
品格ある執事の道を追求し続けてきたスティーブンスは、短い旅に出た。美しい田園風景の道すがら様々な思い出がよぎる。長年仕えたダーリントン卿への敬慕、執事の鑑だった亡父、女中頭への淡い想い、二つの大戦の間に邸内で催された重要な外交会議の数々―過ぎ去りし思い出は、輝きを増して胸のなかで生き続ける。失われつつある伝統的な英国を描いて世界中で大きな感動を呼んだ英国最高の文学賞、ブッカー賞受賞作。
AMAZONの商品の説明:内容(「BOOK」データベースより)引用
執事スティーブンスは物語が始まる「現在」では、アメリカ人のルイス氏に仕えています。元々、スティーブンスは英国貴族ダーリントン卿に仕えていました。しかし、第二次大戦を経て卿が亡くなると屋敷や家財が売りに出され、かつて屋敷を訪問してスティーブンスとも面識のあるルイス氏が買い手となり、新しい主人となりました。
この点で、執事スティーブンスは「第二次大戦前の英国貴族がいた時代」と、「第二次大戦を経て英国貴族が消えていった時代」の双方に立ち会い、イギリスの貴族の栄枯盛衰を間近に見た証人といえるでしょう。
第二次大戦後、正確に言えば第一次大戦後から緩やかに貴族を取り巻く環境が変化していました。相続税の累進課税化と当主の死、土地収益への高額課税、生活物価の上昇、不労所得者への風当たりの強さ。1930年代には、英国ナショナルトラストが「屋敷の保全」に初めて本格的に着手せざるを得ないほどに、領地を手放す貴族が増加し、取り壊される屋敷が立て続けに出ました。
この傾向は戦後も止まりませんでしたが、さらに言えば、屋敷で働くスタッフを見つけることも戦後は難しくなりました。他に給与がいい仕事は多く、英国王室に仕えたErnest Kingでさえも部下を探すのに苦労するほどでした。この衰退していく貴族の屋敷を支えたのは、長く仕えてきた人々や、旧来の住込みではなく通いで来るパートタイムの人々でした。(詳細はエアーズ家の没落(原題:The Little Stranger)も記述)
では、スティーブンスの立場はどうでしょうか? ルイス氏の下で働く彼も優秀なスタッフ不足に悩まされていました。そこに、屋敷の黄金時代を共にした元ハウスキーパーのミス・ケントンからの手紙を受け取ります。結婚引退した彼女の手紙から現在が上手くいかず、過去を懐かしんでいる印象を受け、スティーブンスは屋敷で再び働くことを勧めようと、彼女に会いに行こうとします。
主人のルイス氏の休暇の期間に、主人から車を借りて、英国をひとり旅していく。それがスティーブンスの現在で、ゴールはミス・ケントンに出会うことです。この旅の途上で、彼はミス・ケントンをハウスキーパーとして迎え入れた時期を追憶します。1930年代はドイツとの外交を巡る難問が山積しており、ダーリントン卿はこの問題を解決するために尽力し、その舞台として自らの屋敷を使いました。執事スティーブンスにとって、敬愛する主人を支えることは喜びであり、主人の成功のために全力を尽くしました。
彼が語る過去は「屋敷・主人」という縦軸だけではなく、同僚のミス・ケントンとの様々な感情や信頼のやり取りという横軸によって織りなされています。男性使用人を統括する執事と対等な立場で、女性使用人を統括して屋敷を運営するミス・ケントンは、スティーブンスの優秀なパートナーとして能力を発揮します。彼女が加わることで、「管理職」の視点で屋敷が照らされ、魅力は極限まで引き出されました。
また、語り手のスティーブンス自体が、魅力を持ちました。執事という職業を、主人に仕える使用人としてだけではなく、どのように己の生き方として昇華するのか考え、確固とした流儀で生きようとしたスティーブンスの在り方には美しさを感じます。同時に、職務だけに生きる理想を追い求めながら、職務と関係のない私的な感情(部下となった、敬愛する執事の父の身に起こった出来事や、ミス・ケントンへの想い)と向き合う葛藤は、主人公の人間らしい魅力を伝えてくれます。
『日の名残り』はアンソニー・ホプキンスとエマ・シンプソン主演で映画化しており、その作品は貴族の生活様式や屋敷の美しさ、使用人の仕事を伝える傑作となっています。
なかなかうまく魅力を伝えきれないのですが、『日の名残り』のスティーブンスを軸に、実在の執事たちに求められた能力も踏まえて「優秀な執事とは?」を問う執事論を書きましたので、執事が好きな方は是非ご覧ください。