[映画/ドラマ/映像]Tipping the Velvet

『半身』や『荊の城』で有名なサラ・ウォーターズの処女作である『Tipping the Velvet』のBBCドラマ版DVDです。小説版は日本では出ていません。この小説は原作者が「読みたかったので書いた」と、DVDのインタビューで言っていた通り、かなり濃厚なストーリー展開です。

以下、ネタばれありです。

ドラマ版のあらすじを簡単に言うと、漁港にある「牡蠣をメインに扱う食堂」の娘Nancyが主人公です。彼女は姉Aliceの恋人に招かれ、彼が働く劇場に行きます。その舞台で見た男装の麗人Kittyに魅せられ、知らずのうちに恋をします。

劇場に通いつめるうちにKittyの目に留まり、彼女の手助けをするまでになります。Kittyの才能は高く評価され、彼女はロンドンに出て行きます。 Nancyもそれについていき、舞台はロンドンに移ります。

ロンドンでもKittyは高い評価を受け、次第にNancyは疎外感を覚えます。Kittyへの思慕が募り、Kittyのように男装をして彼女の真似をしたり……その姿をKittyに見つけられ、ふたりは一緒に舞台に立つことになります。Nancyも光の当たる、「人生の表舞台」に出るようになるのです。

この後、ふたりは結ばれるものの、様々な展開があり、NancyはKittyと劇を捨て、社会の底辺と上層を垣間見る生活を始めます。金に困って娼婦「まがい」のことをしたり、貴族の愛人になる(半ば強引にさせられる)など、ヴィクトリア朝社会の暗部が、同性愛を交え、『わが秘密の生涯』的側面で描かれていきます。そうした浮き沈みを経験しながら、Nancyは自分自身の幸せを探し、見つけ出していくという流れです。

倒錯で言えば『ヴィドック』もかなりのものでしたが、「果たしてBBCで放送できるの?」と原作者も監督もいぶかしんでいた、貴族の愛人になったところで出る描写さえ、再現されています。NHKや日本の放送局では、絶対に放送できないでしょう。

Nancyの飢餓感覚、関わる人すべてに手を伸ばしていく、愛されたい気持ちの強さが「またか、お前は」という感じで、すさまじいです。多分、『半身』の主人公に似ているんでしょうね。きっと小説版を読めば、彼女に感情移入して、その感情を肌で感じられるのだと思います。そういう描写が得意な人なので……

メイドは何人か出てきて、そのうちの一人はNancyの恋人?にもなります。Nancyと強い絆を得る直前のシーンは、いろいろな意味でなんとも言えません。華麗な衣装や倒錯した世界、現実に起こりえたリアル『わが秘密の生涯』の一描写、下層階級の生活など、ヴィクトリア朝の生活感覚が好きな人ならば、楽しめる作品です。

それに、Nancy、メイドにもなります。

『半身』といい、『荊の城』といい、生活そのものに繋がるメイドは物語の主要な要素であり、ほんのわずかでも描かなければ「当時の暮らし」の描写が出来ないですし、それこそ「家具のように」自然な存在だったのでしょう。

あくまでも少女の成長物語、恋愛物語で、ミステリ的な要素はありません。『半身』や『荊の城』とは異なる作品で、出版社が処女作にもかかわらず、いまだ発行していないのも頷けます。「ヴィクトリア朝+レズビアン」がメインで、一般の人を引き込める「ミステリ」の要素は、ドラマを見る限り、ありません。なので、「日本では爆発的には売れない」、もしくは「他の作品で売れて、『原作者の名前買い』をしてくれるレベルになったら」、という判断があったと思います。

「満足度」
ストーリー:★★★
背景・衣装:★★★★★
キャスト :★★★★
費用対効果:★★★★

ところどころにある、映画『エマ』(グゥイネス・パルトロー主演)にあったような画面切り替えの演出や、あまりセンスがよくない効果音(BBC的)、そして作者がよく怒らなかったと思える驚愕(茫然自失)のエンディングの画面編集さえなければ、より望ましい映像作品になったでしょう。ラストシーンで苦笑させないで下さい。

この勢いで、映像化しにくい『半身』ではなく(小説でしか出来ない面白い表現・仕掛けが多いので、映像である意味はあまり無いですし)、『荊の城』を映像化してくれたら、いいですね。

尚、イギリスのRegion2のDVDはPAL形式で、PS2などテレビに接続する機器では見られず、PC付属のDVDで見ることになります。

サラ・ウォーターズへのインタビュー記事[YOHAN BOOKNET]
BBCのドラマサイト