[参考資料]牧野義雄画集 霧のロンドン


牧野義雄という画家

以前、村上リコさんのブログで紹介されていた『自転車に乗る漱石―百年前のロンドン』を読んだ時、頻繁に文中に登場した画家がいました。彼の絵は数多く引用され、「当時の日本人がこんな絵を残していたんだ」と興味を持ちました。

ロンドンの風景を描いたのは、実は夏目漱石と同時期にロンドンにいたという、日本人画家・牧野義雄でした。本書は彼の画集です。

当時の風景を知るには写真や絵画などありますし、例えば『百年前のロンドン』、『ヴィクトリア朝万華鏡』、それにドレが描いた『ヴィクトリア朝時代のロンドン』といった資料本がありますが、当時の日本人が描いた絵画がある、そして彼が発行した画集がイギリスで受け入れられたと言う事実に、驚きました。

「ならば、その人の画集を見たい」

残念ながら現時点では英国で発行された画集を見ることは出来ませんが、彼の著作(牧野義雄は文才があり、随筆は今でも海外で出版されています)を翻訳した本が日本でも出ていました。この出版社を調べたところ、実は「自費出版」っぽいところで、編者の恒松郁生氏が個人的に編纂して、出版したものではないかと思われます。


牧野義雄を伝える恒松郁生氏

さらに追いかけると、恒松郁生氏は好きを極めて、倫敦漱石記念館を開館したとのこと。そして今は大学の教授です。この方の著作も手を出してみようと思いますが、まず画家・牧野義雄その人の著作で、『霧のロンドン』(A Japanese Aritist in London)を発見しました。それは、明治生まれの日本人が、「英語」で刊行した書籍の「翻訳」(前述の恒松氏)という、極めて珍しい形の本でした。(画集を除けば、今でも牧野義雄の著作は英書で買えます)

牧野義雄は1869年生まれ、1893年サンフランシスコ、97年パリ、そしてロンドンに渡ります。こういう日本人がいることを知らなかったのですが、日露戦争を控えてイギリスでの造船に力を入れる日本がロンドンに開設していた「日本海軍造船監督事務所」でも、働いていたとのことです。

その彼が、描いたロンドンの風景の一枚『Tea on the Terrace of the House of Commons』(国会議事堂のテラスにてお茶)に、白と黒の見慣れたメイド服が! 多分、これが世界最初に「日本人に描かれたカフェで給仕するメイドさん(ウェイトレスなんですが)」でしょう。(画像は載せません)

そして、もう一枚、『Marylebone Church』(『エマ』の雇い主だったガヴァネス・ケリー在住地域)には、なんと幼い子供を連れて制服姿で歩くメイドさんの姿が!
しかも彼女は白いエプロン姿で歩いております。

久我が過去に描いたコラム「メイドはメイド服で外出したか」に記した内容と矛盾しますが、前に紹介したハナ・カルウィックの記述にも、エプロン姿で出歩いている、それもアーサー(紳士)と一緒に歩いた話も残っています。とはいえ、ハナは目立つそれを嫌がり、アーサー・マンビーはそれによって視線を集めるのを自覚しつつも、止めなかったそうで、コラムの内容そのものは決して間違っていない、とは思うのですが。

いずれにせよ、「日本で最初にメイド喫茶(喫茶の中にいるウェイトレス)」を、そして働く「メイドさんの姿」を描いたのは、この牧野義雄のようです。こういう、広げていく楽しみがあるから、資料収集は止められません……そして家には、絶版本が増えていくのです。


追記


牧野義雄関係では様々な本が出ています。上記が最新版だと思います。他に、たとえば『霧のロンドン~日本人画家渡英記』サイマル出版会:絶版では、牧野義雄本人が英国滞在事情を語る、珍しい書籍です。他にもロンドン案内も含んだ『マイ・フェア・ロンドン』もオススメです。