[参考資料]『立憲君主制の現在―日本人は「象徴天皇」を維持できるか―』

英国王室の専門書が多い君塚直隆氏の著作で、日本の天皇制度を考える上で、世界中の国々でどのような君主制度があり、またその歴史や役割、そして現在について比較する一冊となっています。

日本の「象徴天皇制」をはじめ世界43ヵ国で採用されている君主制。もはや「時代遅れ」とみなされたこともあった「非合理な制度」が、今なぜ見直されているのか? 各国の立憲君主制の歴史から、君主制が民主主義の欠点を補完するメカニズムを解き明かし、日本の天皇制が「国民統合の象徴」であり続けるための条件を問う。

あらすじから引用

前半は主に英国での立憲君主制の話で、中盤からはヨーロッパ各国での近代化と第一次世界大戦、第二次世界大戦を経て変化する君主制のあり方が丁寧に解説されており、国ごとの特色や国の元首または象徴として受け入れられる存在となっている君主たちの姿が、とても面白かったです。

国王や君主の視点から見た近代・現代、というのでしょうか。その視点はアジアやアラブの君主のあり方との比較・現代政治への影響力にも及び、最後に天皇陛下の生前退位や公務の負担、英国での公務分散の方法論、情報発信や国民の規範としての姿などにも言及されています。

英国王室の置かれた環境

前半の英国王室の歴史では、私が家事使用人の研究で興味を持つ近代から現代が連続的に描かれてわかりやすく、この時代の王室が置かれた立場を理解するのに良い副読本になると思います。

ドラマ化も多いヴィクトリア女王や、母ヴィクトリア女王の在位が長かったために高齢で即位したエドワード七世、その孫として第一次世界大戦を体験したジョージ五世、「王冠をかける恋」で退位したエドワード八世、そしてその弟で『英国王のスピーチ』で注目を浴びたジョージ六世が置かれていた環境、さらにその娘エリザベス女王まで網羅しているからです。

また、個人的に面白いと思うのは現代英国王室の在り方です。たとえば、Twitterアカウントでは王族別にアカウントを持ち、王族としての行動を逐一報告し、写真やメッセージを定期的に発信しています。英国王室サイトではECも行なっており、王室のグッズや公開している宮殿やコレクションのガイドブック、入場チケットの販売まで幅広く行なって収益化を行なっています。

こうした英国王室の情報公開の取り組みについて、同書では1997年のダイアナ妃の死亡事故とそれに伴う英国王室への強い批判から国民からの支持が下がっており、そこから情報公開に積極的なった背景が解説されています。王室にまつわる費用についても透明化が行われたり、ウィンザー城が火事になった際には再建費用を得るためにバッキンガム宮殿を公開・入場費用を得る動きなどもあるなど、王室の行動の背景が整理されています。

英国王室の努力と思えるものでは、2012年のロンドンオリンッピックの開会式で女王陛下とジェームズ・ボンドが共演したことの柔軟さに驚きました。2016年にバッキンガム宮殿を訪問した際には女王が公の場で着た歴代の衣装が展示されており、衣装の色彩やデザインが訪問国やゲストの国へ敬意を示すものであったり、オリンピックで使われた衣装も一緒に展示されていたりと、これまでの活動の幅広さを伝えるものとして、一貫していたことを思い出しました。

世界中の国々の王室・君主の置かれた環境

本書が特徴的な点は、英国王室に限らず、様々な国の立憲君主制度を比較する点にあります。たとえば北欧やオランダ、ベルギー、ルクセンブルク、そして

共通するのが、「国王や君主は、どのような権限を有するか」の整理です。たとえば、英国女王については、次のようにあげています。

 1.議会の閉会
2.首相の任命
3.議会制定法の裁可
4.官職者の任命の裁可
5.枢密院令の裁可
6.国家元首としての代表的な役割(国賓の接遇・外国への国賓としての公式訪問)
7.各国外交官の接受
8.首相との定期的な会見
の八つがあげられている。これ以外にも、
9.栄典・爵位の授与(栄誉の源泉)
10.国軍の最高司令官
11.司法権の首長(女王の名において裁判が行われる)
12.すべての文官(官僚)の首長
13.イングランド国教会の最高首長
という、国制に特に明記されていない五つの役割もさらに加わる。

『立憲君主制の現在―日本人は「象徴天皇」を維持できるか―』p.116から引用

この権限については、それぞれの国でどのように違いがあるのかをわかりやすく挙げています。
アジアについてもネパール、タイ、ブルネイ、サウジアラビアなどの諸制度と歴史的経緯を挙げており、現代社会で国王・君主がどのような状態にあるのかがイメージできます。

日本の皇室についての考察が最後にあります。この中で興味深い指摘が、臣籍降下による女性皇族の減少により、皇族の絶対数が減り、それぞれの負担が大きくなることへの指摘です。

天皇陛下は、「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば(平成28年8月8日)」で、「既に80を越え,幸いに健康であるとは申せ,次第に進む身体の衰えを考慮する時,これまでのように,全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが,難しくなるのではないかと案じています。」と述べられています。

天皇陛下が担われる役割を皇族で分担していく取り組みも行われる中で、本書では英国王室で結婚後も王族として公務を続けられるアン王女について取り上げます。また、本書では女帝の考察や、天皇陛下が皇太子時代にジョージ五世の自伝を読んでいたこととそのレポートも取り上げていることも興味深いものでした。

現在の制度の理解と、様々な国ではどのような歴史的経緯があり、どのような制度になっているのかを俯瞰できる良書だと思います。

君塚氏はエリザベス女王から遡れる英国王室についての著作も多いので、この後、一連の本についても言及したいと思います。