上野の国立西洋美術館で開催されている『ラファエロ展』を見に行った折、その混雑に圧倒された私の目に、ふと『夏目漱石の美術世界』というポスターが目に入りました。ポスターに使われていた絵画には、好きな画家であるウォーターハウスの作品が!
夏目漱石は英国に留学しており、ちょうど自分の興味領域(英国と夏目漱石)が重なったこともあって、足を運びました。会場となる東京芸術大学は、今から十年前に『ヴィクトリアン・ヌード 19世紀英国のモラルと芸術』以来の訪問でした。
展示内容は、「漱石の作品に登場した、あるいは日記などで言及した絵画」や、『吾輩は猫である』や『こころ』などの漱石の刊行物の刊行当時の本や装丁画、そして漱石の描いた絵や彼と縁があった人々の作品で構成されています。
ヴィクトリア朝や英国絵画に関心を深めてから漱石作品との繋がりには、あらためて驚かされます。夏目漱石の作品を読んでいたのが大学生の頃で、英国絵画に興味を持ったのはその後だったので、展示物と漱石のテキストを並べた形で見せられると、漱石の小説から見える景色がかなり違って見えますし、この当時の読者がどれだけ漱石の描こうとした絵画が伝わる世界を思い描けたかも、興味があります。
たとえば、『三四郎』ではウォーターハウスの『マーメイド』、『草枕』ではミレイの『オフィーリア』への言及があります。そのほか『坊ちゃん』でターナー、ほかにもミレイ、ロセッティ、さらにはホガースにまで言及していたのは驚きでした。こうした作品での言及に限らず、漱石がロンドン滞在中に巡った美術館で手にした簡素なカタログも展示されていて、その当時の美術鑑賞に存在した光景を伝えてくれます。
そして最も心を動かされたのは、漱石自身の原稿の展示と、自身の本の装丁と挿画へのこだわりです。購入した図録によると、『まさに近代洋式製本の粋といえる漱石の本の装丁は三期に分けられる。小説デビュー作『吾輩ハ猫デアル』から『門』までを手がけた橋口五葉の時期、漱石自ら装丁に手を染めた『こゝろ』『硝子戸の中』の著者自装期、そして『道草』『明暗』(歿後出版)など晩年の著作を枯れた味わいに装った津田青楓の時期である』(『夏目漱石の美術世界』図録P.203より引用)とあるように、当時の刊行物はとても美しい一つの作品でした。
私は文庫本でしか接したことがありませんでしたので、『吾輩は猫である』の表紙絵がエジプトを想起させる猫頭人身のイラストで、またアールヌーヴォーの影響を受けたものであったと知りませんでした。さらに漱石自身がデザインして本を刊行したことなどを通じて、絵画・美術に対する漱石の細やかな感覚は、今回の展示を通じて強く感じさせられました。
図録(2300円)は、今後、漱石作品を読む上での視点を広げてくれます。
留学時代の漱石を知る本としては、[参考資料]自転車に乗る漱石―百年前のロンドンがオススメです。