原題『FORGETTEN HOUSEHOLD CRAFTS』を直訳すると、『忘れられた家庭の工芸品たち』。古きよき時代を偲ぶノスタルジックな雰囲気が底流に流れています。それを反映するかのように全体の色合いも渋く、セピアな色彩で飾られています。
舞台となっているのは20世紀初頭から第二次大戦前ぐらいのイギリスだと思います。このぐらいの時期はヴィクトリア朝と重なる所が多いので、それほど大きな差異は感じません。本当に日常生活を中心にしているので、この時代を生きた人間の見たもの、手に触れたものが、豊富な事例とエピソードで伝わってきます。
著者は自給自足の生活の第一人者、ということで、いわゆる現代的な消費文明とは異なり、生活そのものが身近な範囲で完結する時代を愛しており、その理想として、過去のイギリスの生活を取り上げています。
学者ではなく、参考文献や文学に根ざした引用はほとんどありません。この方が過ごした暮らし、実際の体験などから、道具類のひとつひとつのエピソードを書いていく手法は、時に筆者の方の個性(現代文明への嫌悪感)が目立ってしまいますが、わかりやすく、微笑ましいです。
煙突掃除の方法で、誰がショットガンを使うことを想像するでしょう? バターやチーズの作り方、当時の農村の暮らしで必要だった豚の飼い方、家の構成、台所にある調理器具……すべて、生活のにおいがします。
道具のイラストや生活に関する描写、写真がとても多いので、そのひとつひとつが当時の生活をイメージする手助けをしてくれます。『図説ヴィクトリア朝百科事典』が「後の時代から俯瞰して見た、カタログ的な世界」ならば、こちらは「当時の家の中に入り込んで、個人から見た生活」で徹底している、といえます。どちらも合わせて読むと、当時どんな暮らしをしていたのか、その輪郭が強く浮き上がってくるでしょう。
値段が『図説ヴィクトリア朝百科事典』の倍しますので、購入に悩むと思いますが、当時の人々、そして家に勤めたメイドたちが「どんな道具を使って仕事をしたのか」が明確になる、オススメの一冊です。