『日本の執事イメージ史 物語の主役になった執事と執事喫茶』(著者による解説)

はじめに


『日本の執事イメージ史 物語の主役になった執事と執事喫茶』(久我真樹、星海社、2018年)は、それまで脇役だった「執事」が、1990年代に低年齢化(青年化・少年化)が進む中で物語のメインキャラクター・主役となり、2000年半ば以降に主人公作品が急増していく「執事ブーム」を解説する新書です。同時期には「執事喫茶」も誕生し、日本独自の「執事イメージ」は急速に拡散していきました。

このページでは、『日本の執事イメージ史 物語の主役になった執事と執事喫茶』の紹介を著者・久我真樹が行います。

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「はじめに」(17ページ分、ブームを俯瞰するグラフ4つあり)が試し読みできます。
星海社新書『日本の執事イメージ史 物語の主役になった執事と執事喫茶』

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このページの見出し

・概要
・『日本の執事イメージ史』「はじめに」全文試し読み(準備中:星海社サイトで公開予定)
・『日本の執事イメージ史』言及作品・参考資料一覧(準備中)
・目次

概要

星海社による紹介

本書は、「日本の創作における執事のイメージ」が、どのように描かれ、どのように広がり、どのように変化していったのかを考察する、初の通史となる一冊です。様々な漫画・小説・アニメなどの作品中で脇役に過ぎなかった執事が、1990年代からは次第にメインキャラクターとなり、2006年の「執事喫茶」の誕生に代表される「執事ブーム」が生まれ、「執事」のイメージ拡大は顕在化していきました。本書では1990年代から2005年までの執事イメージや作品の増加を「執事トレンド」、2006年以降の主役化作品の急増を「執事ブーム」として切り分け、ブームが生じるまでと生じた後の「日本の執事イメージ」を比較します。

執事ブームとメイドブームの類似と相違

本書誕生のきっかけは、『日本のメイドカルチャー史』にあります。日本のメイド作品を調べていると、執事が同僚として出てきており、執事ブームを考察する項目を作りました。英国メイド漫画の金字塔『エマ』でも、メイド喫茶作品となる『会長はメイド様!』でも、枚挙にいとまがないほどに、メイドの登場と重なって、執事も登場していたのです。

とはいえ、「執事ブーム」を一定のボリュームで書くと、「メイドブームの本」としては収まりが悪くなるため、星海社の太田さんと櫻井さんから「新書にしましょう」とご提案をいただき、切り離すことになりました。そこからが大変でした。当初の言及範囲が限定的だったため、その後、半年間を使って資料本・作品を数百冊、雑誌記事も数百記事を取り寄せて読むことになり、ほぼ書き下ろしになりました。

全体としては「日本の執事ブーム」を解説する本となり、「1990年代のメイドブーム」と比較をしながら、どのように執事イメージが変化し、「執事喫茶」が生まれ、世の中へイメージが伝わっていったのかを扱いました。

「日本の執事」であること

元々、私が専門とする英国家事使用人の職業研究でも、メイドと執事は同じ職場にいる(執事がいるかは限定的ですが)ものであり、私も2009年に『英国執事の流儀』という執事専門同人誌を作っていますし、『英国メイドの世界』もそのタイトルに反して?、執事やフットマン、ヴァレット、コーチマン、ガーデナーやゲームキーパーなど屋内・屋外の男性使用人の職業解説も行っており、「執事」という職業自体は私の研究フィールドの範囲内でした。

ところが、「日本の執事ブーム」として見た場合に、最も難しかったのは、日本には「執事」という言葉が先にあることです。「英国執事=butler(家事使用人)」が後付けで「執事」を割り当てられたがために、「執事」と書かれている場合に何を意味するのかは、一対一ではないのです。このため、日本における「家事使用人としての執事描写」は、旧来の意味合いの「執事」を含んで描写されることがありました。

「メイド」の場合、「女中」「女給」など対応する言葉はありますが、そのままの「メイド」という言葉では、メイドブーム以前には普及していません。ここに、大きな差があります。

以下、日本における「執事」の意味です。「家事使用人」の言葉はありません。

– ① 身分ある人の家にあって、庶務を執り行う人。
-② 内豎所ないじゆどころ・進物所しんもつどころなどの庶務職員。
-③ 院司・親王家・摂関家・大臣家などの家司けいしの長。
-④ 鎌倉幕府の職名。
–㋐ 政所まんどころの次官。
–㋑ 問注所の長官。
–㋒ 執権しつけんの別名。
-⑤ 室町幕府の職名。
–㋐ 政所・問注所の長官。
–㋑ 管領かんれい・関東管領の前称。
-⑥ 江戸幕府の若年寄の別名。
-⑦ 寺社で、事務に当たる役。
-⑧ 〔deacon〕 キリスト教会の職務の一。聖公会では司祭、ルター派教会では牧師に次ぐ聖職者の職務。長老派・会衆派教会では信徒の職名。聖礼典の補助、会計管理などを行う。正教会では輔祭ほさいという。 → 助祭
-⑨ 手紙の脇付わきづけの一。貴人への手紙のあて名に添える。
執事 大辞林:第三版より引用

「執事本出版するよ!」という情報に対して、「(足利尊氏の執事の)高師直いるの?」という反応も見ました。さすがにこの領域すべてを扱うのは困難であるため、「家事使用人としての執事」にエリアを限定しています。

ただ、例外として、「身分ある人の家にあって、庶務を執り行う人」に該当する「家令」など、「華族の家を仕切った家職」について言及をしました。これは英国貴族の家にあった職種「house steward」が「家令」と訳されることや、明治以降に西洋化が進んで洋館に住む生活様式を取り入れていった華族家を運営する「家令」のイメージが、「日本の執事イメージ」形成に影響を与えているためです。

「家事使用人としての英国執事的な仕事描写」は、1990年代に少しずつ、日本の創作で見られていったものと、本書では考察しています。そして、最も大きなテーマが、「執事の低年齢化」です。執事が「青年」「少年」となることで、それまで脇役だった執事が主人公になることができました。これもメイドにはないトレンドです。そして2006年の「執事喫茶の誕生」以降、「執事」の言葉には「執事喫茶の店員」の意味も加わりました。そうした現実の動きと創作イメージとが混ざり合う点では、「メイド喫茶」が生まれてメイドのイメージが塗り替えられたことと重なりがあります。

面白いことに、英国でも「執事」の意味が変わりました。絶滅寸前といわれた執事は、執事養成学校の誕生により、ホテルを職場とする「ホテルバトラー」としての機会が大きく広がり、さらにはホテルバトラーよりも長い歴史を持つ「コンシェルジュ」のイメージも吸収していきました。偶然にも執事ブームと重なる時期に、日本でも「コンシェルジュ」の言葉が認知・流通していく「ブーム」が生じていました。

新書という制約もあって書ける範囲は絞られているために、広げられる範囲・深められる範囲は多いと思いますが、まずは「きっかけ」として、この領域へ関心を持つ人や、執事が好きな人がより執事を好きになる一冊となれれば幸いです。

本文から:各章の概要

第一章で、元々の私の専門領域「バトラー」と、それに対応する「明治以降、屋敷で働いた日本の執事」を扱います。

第二章から「執事ブーム」へ至る「執事トレンド」として、「バトラー」が描かれた漫画やアニメと、「日本独自の執事」が登場した広範な作品を扱い、脇役だった執事が低年齢化、主人公化する傾向を描き出します。

第三章では、執事イメージの広がりに大きな役割を果たした最初の執事喫茶「スワロウテイル」の誕生の経緯と報道と、もう一つの執事喫茶「バトラーズカフェ」を扱います。

第四章では、同じ2006年以降の「執事ブーム」を牽引する『メイちゃんの執事』、『黒執事』に代表される執事作品の増加傾向と、2000年代から2010年代作品を中心に、様々な軸の執事作品を解説します。

第五章は『謎解きはディナーのあとで』の大ヒットとミステリ作品・探偵作品で脇役だった執事が、探偵助手・探偵となっていく変化と、児童向け作品の執事にフォーカスします。第二章で語る対象からミステリ作品は除外し、ここで一気に解説します。

第六章は企業のビジネスで活用されるブランドまで進化した「執事」のイメージと、英国で1980年代から登場する「執事養成学校」とホテルの場での広がりやコンシェルジュとの違い、そして「現代の執事」の広がりを考察します。


目次

はじめに 3

私が大好きな「英国執事(butler)」 4
執事イメージが広がる日本 8
「執事作品」の増加トレンド 11
雑誌報道における「執事」 14
本書が対象とする「執事」とその領域 17

目 次 20

Chapter01英国執事と日本の執事 37

︎英国執事の仕事 38

英国執事の資料について 38
執事の責任範囲 39
主人の代理人として屋敷を円滑に運営する仕事 42
もてなす仕事と門番の役割 44
銀器・酒類・灯りの管理 47

英国執事に関連する職種 48

ヴァレット 48
アンダー・バトラー 49
グルームオブザチェインバー 49
フットマン 50
ボーイ 52

英国執事として生きる 52

英国執事になるためのキャリアプラン 52
主人との関係 53
英国執事成立の経緯 59
「執事」を意味する英語 59
英国執事へ至る道筋 60

日本の執事の仕事 62

日本の華族の家を預かった家令 62
華族出身者が語る家政とその規模 66
日本の華族家の「バトラー」考察 68
戦後の「日本の執事」 72
「経営者」に仕える執事 73
宮内庁の「執事」 75
まとめ 77

Chapter02 執事トレンド ブーム前夜の執事の低年齢化と主役化 81

執事ブーム前の「日本の執事イメージ」 82

バトラーとして描かれる海外の執事 83

「世界名作劇場」シリーズの執事たち 84
『アルプスの少女ハイジ』と「セバスチャン」 85
主人公を支えるヒーロー作品の執事 86
名前のない「執事」 88

日本の執事イメージ 89

華族の執事 90
戦後の上流階級の執事 92
執事と「じいや」 94
執事と「お抱え運転手」 96
執事と秘書 98
ゲームの世界で低年齢化する「執事」たち 101
主人公を支える「日本のヒーロー作品」の執事 102
悪役に忠実に仕える執事 104

メインキャラクター化していく執事 107

物語を動かした「影の主人公」執事 107
生涯のパートナーとなった男性従者 109
主人の別側面を照らし出した「若い執事」 110
レギュラーメンバーとなった英国執事 113
「家事使用人」が主役化する『バジル氏の優雅な生活』 113

青年執事・少年執事の台頭と主役化 115

主役化・パートナー化する「青年執事」 115
「銀食器磨き」をする美形の英国執事と少年公爵 117
元メイドの女主人と青年執事が主役の英国が舞台の作品 119
お嬢様と青年執事・少年執事の恋 120
元祖「S系執事」「丁寧な言葉で相手を責める下克上」 122

「戦う執事」への進化 125

護衛から戦う執事へ 125
執事学校出身の謎めいた青年執事 126
魅力的な老執事 127
日本を代表するベストセラーにいた「戦う執事」 128
「戦う執事」主人公の元祖『戦う! セバスチャン』 131
「少年執事」と「お嬢様の執事」の到達点『ハヤテのごとく!』 132

執事作品のトレンドの俯瞰 134

屋敷の文脈の執事と、「女性執事」 136
少女小説の世界にも登場する青年執事 137
雑誌の「執事特集」から見る執事作品 138
BLと執事 140

世界的執事「ジーヴス」の日本上陸 141

辞書に載るほど有名で有能な「万能執事」 141
礼儀に包まれながら行われる主従逆転 142
2005年から日本で広がっていく「万能執事」 145

「経験不足」を補う学校・ライセンス 146

まとめ 148

Chapter03 執事ブーム元年 2006年の執事喫茶誕生 153

執事喫茶誕生への機運 154

「メイド喫茶ブーム」から「執事喫茶」待望論へ 154
『腐女子彼女。』が伝える2005年の執事喫茶イメージ 155

最初の執事喫茶「スワロウテイル」誕生へ 158

始まりはブログ「執事カフェ経営戦略部」 158
参加型「執事喫茶起業」企画と、そのイメージ 160
「ケイ・ブックス」による高いサービス志向の徹底 162
英国執事と屋敷コンセプトのユニークさ 165
青年化する執事と、英国化していく執事イメージ 167
メディアが開業の後押し・メディアとの相性の良さ 169
池袋という地域特性と「メイド喫茶ブーム」の反動 171

外国人執事喫茶BUTLERS CAFE の誕生 173

「プリンセス」を出迎える外国人執事 173
コンセプトは「癒し」 175
テーマパーク的体験型サービスによる差別化 176

雑誌記事報道に見る執事喫茶ブーム 179

「スワロウテイル」中心の報道 179
お嬢様気分を味わえる価値 183
ホストクラブとの比較 183
BL的消費の側面 187
女性向け「イケメンカフェ」の台頭 188
執事喫茶ビジネスの難しさ 190

英国執事化と執事資料刊行史 191

まとめ 195

Chapter04 執事ブーム1 2006年からの執事作品増加とその広がり 197

「執事」が主役の作品の増加 198

『メイちゃんの執事』 199

「お嬢様と青年執事」が主人公の作品 199
お嬢様のために戦う執事 200
ランク制度と執事養成学校の発展 201
宮城氏が語る執事イメージ 203
「イケメンドラマ」と抜群の相性のドラマ化 204
雑誌での『メイちゃんの執事』年別記事数 204

『黒執事』 206

「英国執事」と「戦う執事」の正統後継者 206
主従逆転と主人への毒舌 208
執事作品の系譜としての『黒執事』 209
メディアミックス展開 210
『黒執事』を含む記事を掲載した雑誌とその発行年 211
世界への影響 214

『執事様のお気に入り』 214

上流階級の子息が「執事」修業する時代へ 214
「学園生活と執事修業」の両立 216

お嬢様と「下僕」の恋愛『蝶よ花よ』 216

2006年からの「執事」作品 218

主役化する執事を示す「執事アンソロジー」 218
2007〜2008年の執事作品 219
少女小説・ライトノベルでの執事作品の台頭 220

パートナーとしての執事の確立 222

1.最初から執事がいる境遇の主人公 222
2.突然、執事がいる境遇になる主人公 225
3.伝統的執事 226
4.男性向け作品の執事設定 228
5.主従逆転 230

執事のなり手の多様性 231

1.未経験からの執事の増加 231
2.女性が執事になる構図 232
3.経験者の執事が女装する作品 234

執事作品をリードするBL作品の隆盛 235

2006年刊行の執事アンソロジーとドS執事への道 235
メディアミックスする執事作品 236
『このBLがやばい!』シリーズで俯瞰する執事 237

「執事」の描き方の進化 238

執事不在からメインキャラクター化への変化 239
舞台となる「執事養成学校」 239
戦う執事の発展 241
ファンタジー作品に派生する「戦う執事」 242
アンドロイド・ロボットの執事 244
「執事ブーム」を経たヒーロー作品の執事 245
「執事ブーム」時の特撮作品 247
ゲームの執事 248
女性向け恋愛ゲームの執事 250
変身少女作品と執事 253

執事喫茶作品の誕生 255

「執事喫茶作品」の誕生と「ドラマ」との相性の良さ 255
舞台化とゲーム化のメディアミックス 256
「スワロウテイル」が全面協力したドラマ 259
執事喫茶の漫画・小説作品 259
執事のコスプレ化 261
「執事」のいるホテル 262
「理想の王子」としての役割 263

メイドがいる作品に登場する「執事」 264

メイドがいる作品の途中から、執事が登場 264
「執事」と「執事喫茶」の共存 265
メイドの職場にいる「英国執事」 266
現代に働くメイドと同僚の執事 268
海外での執事情報の増加 269
2010年からの家事使用人資料 271
まとめ 272

Chapter05 執事ブーム2 ミステリと児童作品の執事 275

大ヒット作品『謎解きはディナーのあとで』登場 276

「お嬢様」に仕える「毒舌執事」の確立 276
出版史上に残る大ベストセラーが広げた間口 278
女性から見た「執事の魅力」 282
ドラマ化とメディアミックス 283
『謎解きはディナーのあとで』の余波とトレンドの象徴 285

ミステリにおける執事イメージ 288

英国の古典ミステリ作品と執事の親和性 288
日本の探偵小説と執事 290
1990年代の執事のメインキャラクター化の萌芽 294
1990年代の「新本格」ブーム 295
海外作品の執事と、「探偵と従者」の構図 297
「探偵助手」から「探偵」への道筋 300
英国化の進展 302
英国執事の徹底的再現と、日本の執事の融合 303
テレビドラマで身近な「執事」 306

児童作品と執事 探偵小説から一般作まで 308

探偵小説と執事の相性 308
「子供探偵」と「怪盗」と「執事」 312
児童作品全般での執事の自由化 314
まとめ 316

Chapter06 現代の執事イメージ 319

企業による執事イメージの活用 320

CMでの執事起用 320
執事作品とのコラボ 322
日本を代表する企業による執事サービス 324

「コンシェルジュ」と「ホテルバトラー」 325

ホテルの「外」へ広がる「コンシェルジュ」 326
日本における「コンシェルジュ」の広がり 328
コンシェルジュとホテルバトラーの違い 330

現代の英国執事事情 332

英国王室の「執事」 333
「執事養成学校」の誕生と発展 335
ホテルバトラービジネスの成長 338
世界中での執事需要の増大 342
大使館・大統領の執事 345

執事イメージの活用と広がり 349

執事喫茶スワロウテイルの多面的展開 350
地域経済活性化を掲げる「執事の館」 351
「執事」イメージの商品 353
「執事眼鏡eyemirror」 354
紅茶教室と執事 355
「お嬢様になる」ガイドとしての執事 356
「日本の執事イメージ」を提供するサービス 359
まとめ 360

エピローグ 364

あとがき 377

図版の出典 380

主要参考文献 382


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