THE 1900 HOUSE
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ヴィクトリア朝・エドワード朝・ジョージ朝/摂政朝(海外)

『THE 1900 HOUSE』

制作&放送:Channel4
放送:NHK教育『家族で体験 1900年の生活』:2000年

メイドさんと向き合う

現代に生きる女性・母ジョイス。彼女は現実でも、そしてこのドキュメンタリーの中でも、家事を中心となってこなしてきました。しかし、19世紀の家事は大変すぎて、とてもひとりではこなせなくなります。そして彼女は、当時の人々が行ったように、ひとりのメイドを雇います。

当初は単純に家事を引き継ぐという気持ちだけで済みましたが、次第にジョイスは複雑な心境に駆られていきます。ジョイスが料理や家事から解放され、家族と楽しく過ごす同じ時間を、メイドのエリザベスは厳しく辛い仕事をこなしている、その状況に、耐えられなくなっていくのです。

勤勉なメイド

エリザベスはメイドの仕事を大変だと思いながらも、子供たちと遊んだり、当時のレシピである、「乾かした紅茶を絨毯に巻き、掃く」→「絨毯の色が甦る」ということや、ジョイスの指示に従い、「ベッドのフレームにオイルを塗り、虫を寄せ付けない」ようにするなどを試みています。(オイルを塗る点については、『ヴィクトリア朝の暮らし』3巻で言及)

現代であれば何かしら便利な家電や道具や薬を買うだけで済むことが、当時は人力で丁寧になされなければなりませんでした。そして、彼女の存在によって、初めて家が綺麗になります。勤勉な彼女は非常に優秀なメイドだったようです。

エリザベスが床を這い回らないで済むように、ジョイスはカーペットを掃除する当時のアメリカ式の器具を買い与えるなど、気を遣いました。

家事は大変

ジョイスは客人としてヴィクトリア朝研究家のDaru氏を迎えたとき、家事について否定的な見解を示します。その繰り返す単純作業を、「退屈」と呟いていた彼女は、Daru氏に「時間の無駄」「才能の浪費」「他にもっと有効な使い方がある」と評しました。

そして、「忙しくいろいろと動き回っている」「エリザベスを手助けできるけれど……できない」というように、自分自身が活発に動きながら、重労働をメイドに押し付けることに、気持ちの整理がついていません。

男性の視点

父ポールは仕事の都合で、家を離れなければならなくなりました。元々家事から縁遠かった彼は、ますます19世紀の暮らしから解放されました。

また、彼とジョイスとでは、メイドに対する視点が違いました。客人を迎えた食事のときに、ジョイスはメイドのエリザベスを助けようと、席を立とうとしますが、ポールはそれに反対します。

そこで、ふたりの視点の相違が出てきます。ジョイスは「エリザベスは奴隷じゃない」と言い、ポールは妻がそう思っていることに驚き、「彼女はメイドオブオールワーク」、扱いについても「そういうロールプレイじゃないか」と、反論します。

エリザベスは「使用人」ではなく、「Skivvy」(俗語・蔑称で、より下の扱い)としてポールに接せられて、ポールはメイドが存在しないように振る舞い、ジョイスはメイドに気を遣い、席を立って声をかけに行きます。

家族は食後に笑いながら楽しみ、それを聞きながらエリザベスは後片付けをして、火傷をしたひび割れた手で、ひとり孤独に作業します。

ジョイスの戸惑いは様々にありますが、突然、「部下を持った」という心境も、彼女に負担だったかもしれません。

当時の女性を学ぶ/女権論者

ここで面白いのが、家事を巡って悩める女性二人が、それぞれに当時の歴史を学ぶ点です。ジョイスは自転車でロンドンの歴史博物館に赴き、当時の女性の参政権が無かったことや、その権利を求めて活動した事実を学びます。

写真を見たり、当局に拘束された歴史、実際に使われた器具などが登場し、当時の女性たちが置かれていた社会的な位置が、生活の向こうに見えてきます。そしてこれが、今まで日本で、ヴィクトリア朝の歴史が「女性史」で語られる由縁でもあります。

そうした本や知識は既に大量に出ており、久我が語る性質のものでもないので、この辺りにとどめて起きます。

とはいえ、女性の社会進出を唱えた人々、つまりそうした政治活動を行える人々が中流階級以上の、社会的余裕のある人たちであり、その彼女たちが使用人を雇い、時間を作っていたという矛盾も、ジョイスには、響きました。

しかし、使用人ドラマ『Upstairs Downstairs』で描かれていましたが、生活に追われる使用人にとって、政治運動は興味の薄いものだったかもしれません。彼らにとっては、まず生活に必要なお金が必要なのです。

ドラマの中の女主人エリザベスは自由運動の影響を受け、メイドのローズを「友人」として扱おうとしますが、ローズは「私は使用人」と言い張ります。

理想を唱える仲間たちがエリザベスの家に訪問したときも、人と人が平等であると唱えるはずの彼らが、使用人に対して最も残酷だった(仕事の手間を増やしたり、食い散らかしたり、粗雑に振舞ったり)のは、ドラマ的なアイロニーですが、温度差を伝えるエピソードかもしれません。

当時の女性を学ぶ/メイド

ジョイスが女性の社会的な地位を学ぶ一方、エリザベスは近所の図書館で当時のメイドについて学びます。そこで登場するのが、この世界では最も有名なメイド、中流階級だった主人と結婚した、ハナ・カルウィックです。

彼女は詩人であり、公務員?だったアーサー・マンビーと結婚します。この結婚は極秘にされ、アーサーの死後に、その残した日記によって発覚したというのです。

(尚、同人誌の中でご紹介しましたが、この日記は、マイクロフィルム・70万円という値段で、日本の丸善が輸入しています。その広告・PDFファイルがネットで見れますので、興味のある方はどうぞ。久我は興味があったので、『Working Women in Victorian Britain, 1850-1910』を購入しましたが、この本は駄目でした。マイクロフィルムの副読本で、本に含まれるのは見出し情報だけです。絶対に買ってはいけない資料のひとつです……)

さて、エリザベスは当時のメイドがどれほど大変な仕事をしていたのか、初めて知ります。ただ、どちらかというと現在の大変な状況に対するネガティブな気持ちからではなく、単純に、祖母や母がどんな仕事をしていたのか、知りたかったようではあります。

そしてメイドさんは解雇される

ジョイスは、決断を下します。エリザベスを解雇するという決断です。それはそのまま、自分自身を疲弊させた大変な家事に従事する、ということを意味しますが、ジョイスはそれを甘受します。

退屈な仕事、それによって生じる精神的肉体的な徒労を考慮しても、彼女はメイドを雇い入れていることが「不幸」に思えて仕方がありませんでした。女性史を学んだことが彼女に最終的な決断を促し、エリザベスは解雇されます。

直接、面と向かって自身の気持ちを伝えられず、ジョイスはエリザベスに手紙を書きます。しかし、手紙を受け取ったエリザベスには、当惑というか、迷惑というのか、ジョイスの手紙に感銘を受けた様子がありません。

エリザベスの方はそれほど、自身の立場を気にしていませんでした。彼女にとって、多少の辛さはあったものの、メイドは「仕事」であり、給与を貰えるという、意味がありましたから。

「最後まで働きたかった」と、そうすればきちんと給与やチップがもらえたと、彼女は淡々と話しています。

ロールプレイ/役を演じ、役に飲まれる

そもそも、このドキュメンタリーは現代人が当時の価値観に基づいて、生活を過ごすものでした。その中で家事の大変さに直面したジョイスは、最も苦労した人物です。

そして彼女はメイドを雇い、その苦境から解放されました。しかし、彼女はメイドを解雇しました。それは、役割を演じるあまりに、彼女のいる場所が現実か虚構か、わからなくなったからかもしれません。

父ポールにとって、あくまでも「19世紀を体験する」「ロールプレイ」に過ぎませんでしたが、ジョイスは役割、つまり当時の女性を学ぶにつれて、使用人という職業に同情し、自分自身の心理に耐えられなくなりました。

ただ役を演じるのではなく、血の通った人間として、今生きている自分自身がその立場に身を置き、価値判断をする。その役柄に没頭していくジョイスは無意識かもしれませんが、高度なロールプレイ、現代人のまま「19世紀にタイムスリップ」していたのでしょう。

その点で、このドキュメンタリーは大成功を収めたのではないでしょうか?

立場の相違、価値観の相違。女主人と、メイドの立場の葛藤。それが図らずも、百年後に再現されたのは非常に興味深いことです。


1話目『出演する家族を募集』
1話目『家族が実際に暮らす家を再現する』
2話目『生活が始まる/レンジと衛生』
2話目『食べ物/買い物と食事』
2話目『洗い物は大変/衣装と洗濯』
3話目『掃除も大変/ホコリでいっぱい』
3話目『メイドさんを雇う』(2005/02/28)
3話目『肌で感じる1900年(上)/髪を洗う』(2005/03/04)
3話目『肌で感じる1900年(下)/衣食住』(2005/03/04)
4話目『メイドさんと向き合う』(2005/03/13)
4話目『End Of An Era』(2005/03/17)

旅行記:2005年秋・『THE 1900 HOUSE』の街へ行ってみた

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