小林さんちのメイドラゴン

世界を滅ぼすほど強力な力を持つドラゴンのトールは戦いで傷つき、逃げてきた先が現代日本でした。そこで死にかけていたところをシステムエンジニアの小林さんが酔った勢いのまま助け、かつ生き場所を失ったトールに「うちくる?」と誘います。小林さんに恩義を感じ、居場所も与えられ、人のメイドの姿をした「メイドラゴン」(竜の角や尻尾は残っている)が始まるのです。

物語の筋としては、人間社会の常識がないトールと、会社勤めで社会常識を備えつつもメイドスキーである小林さんの日常が中心となり、そこにトールのドラゴン仲間たちが加わったり、小林さん同様にドラゴンと同居する人たちも加わったりと、日々が過ぎていく形となります。また、トールとの絆が深まる中で、トールの過去が明かされていったり、トールを取り巻く出来事に、小林さんも巻き込まれていくことになります。

この作品に私が感じる特徴を挙げるならば、「メイドスキーがいる世界」であることです。

「なぜ、ドラゴンがメイドで恩返し」なのか?

それは、小林さんの趣味でした。ガチの「メイドスキー」小林さんはメイドにこだわりを持つマニアであり、必然的にトールは小林さんの願いを叶えるためにメイド姿をしており、また同居の際にもメイドとして家事をこなしています。

この世界には、小林さんのメイドスキー仲間もいます。小林さんの会社の同僚・滝谷も生粋のメイドスキーで、作中、ふたりが居酒屋で酔っ払ってメイド談義をして、盛り上がります。かつ歴史的メイドが大好きな小林さんはからするとトールのメイド姿にいちゃもんをつけます。

「メイドがそんな口調を使うなァ…!」
「だいたいトールのそのメイド服は何?
メイドなめてるの?
髪は結ってキャップに入れてくれよ
フレンチはもうおなかいっぱいだよ
それはもうコスプレ」
(『小林さんちのメイドラゴン』pp.53-54)

出来上がった小林さんに、滝谷も豹変して追随します。

「小林殿!! 確かに
トールたんの
メイドレベルは
コスプレ…ッ!!
外人がニンジャや
サムラーイしてる
ものでヤンス!!」
(『小林さんちのメイドラゴン』p.54)

マニアックな談義にトールは巻き込まれつつ、他の場所でも小林さんと滝谷はメイドや執事へのこだわりを見せる上に、3巻では小林さんの同志ともいえるメイドマニアも登場します。「メイドスキー」という存在が作中にいる「日本のメイド作品」らしさが込められています。

極め付けが、2017年に京都アニメーションがアニメ化した際には、アニメ版オリジナルのメイドマニアの描写がありました。第3話で登場した小林さんの本棚には、『英国メイドの世界と日常』という本がありました。これは、私・久我真樹の著書『英国メイドの世界』と、『エマ』で時代考証をする村上リコ氏の『英国メイドの日常』(河出書房新社、2012年)をもじったものです。世界の狭さを感じ入る次第ですし、京アニのメイドへのこだわりを垣間見る思いです。

「人外メイド」というのも構造的に面白いもので、より力ある存在(この作品では世界を滅ぼせるドラゴン)が、あえて自分よりも弱い存在(普通の人間である小林さん)に「メイド」として仕え、自ら好んで奉仕するところが魅力ともなります。もちろん、物語はそうした範囲にとどまらず、仕えるうちに、仕えられるうちに関係性はより変化していくところも、この作品の面白いところです。

参考までに、こうした「人外メイド」の系譜については、コラム『小林さんちのメイドラゴン』アニメ化記念 擬人化・人外のメイド作品考察を書きました。

また、そのアニメ化をした京都アニメーション自体がメイド描写に強いこだわりを持っているとして、進化する京アニのメイド表現  『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』のメイドイメージを書いていますので、こちらもご参考まで。