『会長はメイド様!』(藤原ヒロ、白泉社、2006年)は少女マンガの世界で「メイド喫茶」を舞台にかつタイトルに含んだ、メイド喫茶ブームを取り込んだ初期作品です。
生徒会長の鮎沢美咲は家計を支えるため、メイド喫茶「メイド・ラテ」でアルバイトをします。美咲はメイド喫茶に関する知識がない一方で、店員として「メイド」を演じることを、同級生に知られたくない秘密と認識していました。女子生徒が少ない高校で、女子を守る生徒会長として強権を振るう美咲は、威厳を失うことを恐れたからです。
強面の「生徒会長」と、かわいらしい「メイド」の2つの立場・役割を巡って物語が進行し、1巻ではこの「秘密」を、生徒会長としての美咲に反発を覚えていた不良3人組に知られ、危機に陥ります。その美咲を助けたのが、女子にモテるけれども謎が多い男子の碓氷拓海でした。
この美咲と碓氷を中心に物語は進みます。作品の舞台となるメイド喫茶では「お帰りなさい、ご主人様」との出迎えやオムライスにケチャップで文字を書くシーンがあります。何よりも、バイト先の町として「秋葉原っぽい風景」(「@ほぉ〜むカフェ」が入っている秋葉原のドン・キホーテがある
ビル)が描かれています(『会長はメイド様!』1巻、p.8)。
メイド目当てに通う常連はオタク的に描かれます。美咲のバイト先の店主もメイド喫茶に思い入れのある女性で、メイドとして自身もサービスをしたり、「妹DAY」「戦隊DAY」などテーマのあるコスプレイベントを催したりというふうに、「メイド喫茶らしい光景」が描かれました。もちろん、文化祭でコスプレ喫茶もしました。
同作品の特徴は「メイド喫茶」を舞台としつつも、少女漫画の系譜を受け継ぎ、「お金持ちに仕える家事使用人」を登場させた点です。お金持ちが通う近隣の雅ヶ丘学園との間にトラブルが生じた際に登場した、同学園の生徒会長・五十嵐は財閥の御曹司で、執事の真木が仕えていました。五十嵐は「執事がいる男子高校生」で、真木は「同級生として仕える執事」というユニークな関係が描かれました。
この執事の真木は「メイド・ラテ」を買収して執事喫茶にする行動を起こします。美咲はそれを防ぐため、真木が主催する「フットマンオーディション」(英国執事の部下で下級使用人のフットマンに由来)に男装して参加しました。
『会長はメイド様!』が刊行された2006年は執事喫茶ブームでした。ブームを牽引した池袋の「執事喫茶Swallowtail」では、執事の下にフットマンを配するなど、屋敷の設定を反映した店員たちが働いていました。「フットマンオーディション」はその影響を受けたと考えられます。
さらに家事使用人設定も盛りこまれています。同級生・碓氷拓海が英国公爵家の血を引く(母親が日本人)ことが判明し、物語の終盤では英国の公爵邸が舞台となるからです。屋敷で働く本職の執事やメイドが作中に登場する点で、『会長はメイド様!』は1970年代の少女漫画の正統な後継者でもありました。
作品の中心は高校生活で、メイド喫茶ではありません。『それでも町は廻っている』とともに、この時期に思い描かれるメイド喫茶イメージを伝える作品でした。奇しくも『それでも町は廻っている』がアニメ化された2010年に、『会長はメイド様!』もアニメ化されました。
完結したあとで、続編も出ています。
Text from 『日本のメイドカルチャー史』