メイド作品の可能性が広がる中、「メイド」との組み合わせに「棋士」が加わりました。メイド服を着た将棋指しが表紙を飾る『ハチワンダイバー』(柴田ヨクサル、集英社、2006年)です。1巻表紙はメイド服を着た、メインキャラクターの中静そよが、畳に正座しています。
同作品は将棋漫画(ハチワンは81、将棋の9×9の81マスを意味する)で、メイド喫茶を舞台としていません。
主人公の菅田健太郎はプロ棋士になれず、流れるままに賭け将棋をする中で、「アキバの受け師」という真剣師(賭け棋師)と戦い、惨敗します。将棋への情熱を取り戻した菅田は気持ちを立て直すために部屋を整理しようと、「秋葉原メイド掃除クラブ」に電話をします。派遣されてきたメイド服の女性「みるく」は、誰あろう、彼を翻弄した「アキバの受け師」こと中静そよ、その人でした。
そよは父と兄を殺した真剣師集団「鬼将会」の行方を追い、菅田の才能を真剣師との戦いを通じて伸ばすことで、将棋の才能を見逃すことがない「鬼将会」をおびき出そうとします。
序盤では、そよがメイド服を着る理由は「家事サービスの派遣メイドとしての役割」に集約されます。しかし、そよの「メイド設定」は時として、かつてのメイドが従属を強いられたように、将棋勝負で賭けの対象になりました。秋葉原のメイドによる将棋大会でそよに挑んだ『鬼将会』氷村(メイドが好き)は、彼が勝った時の条件に「『鬼将会』専属のメイドになる」ことをそよに求めました。
「鬼将会」の拠点に乗り込んでから、そよの服装はメイド服で固定します。そんなそよがメイド服を好きな理由は、物語の中盤・16巻160話「鬼と小鬼」で明らかにされます。将棋道場の娘に生まれたそよは、幼い頃から将棋を指すことを強いられ、苦しみました。見かねた母が気分転換に、そよにメイド服を着せて「今度うちで雇ったメイドさんよ」と役割を与えたところ、お茶を出すメイドの役割がそよの精神的バランスを取るようになったのです。
異常に将棋が強く、負けを知らず、親の仇を討つことに邁進するそよは、驚異的な勝負強さを備えつつも、メイドとして「ご主人様に奉仕する」二面性を持ちました。
そんなキャラクターのギャップを生む設定としてメイドが選ばれたことは、メイドの可能性を広げるものであり、さらに言えば秋葉原を軸に形作られたメイドイメージや、「メイド服コスプレ」の概念が存在しなければ生まれ得ない表現でした。『ハチワンダイバー』も、2008年にテレビドラマ化されました。
Text from 『日本のメイドカルチャー史』