『それでも町は廻っている』


『それでも町は廻っている』(石黒正数、少年画報社、2006年)は、『ヤングキングアワーズ』2005年5月号より連載を開始した作品です。

表紙をメイド服の少女(主人公の高校生・嵐山歩鳥)が飾るだけあって、メイド喫茶が作品の舞台のひとつとなっています。

歩鳥が勤めるメイド喫茶は、地元商店街の喫茶店「シーサイド」が「メイド喫茶ってのが儲かるらしいんだわ」(『それでも町は廻っている』1巻、p.135)とメイド喫茶の流行を取り入れてメイド喫茶になったもので、いわば「喫茶店がメイド喫茶のコスプレをしている」設定です。

メイド喫茶となって制服を変えても、メニューは喫茶店時代となんら変わることなく、訪れる客も商店街の様々な店の店主たちのままです。利用スタイルも喫茶店そのもので、「メイドが目当て
で通う客がいるメイド喫茶」と大きく異なっているのです。

そうした「地元の喫茶店にメイド服を着た店員がいる」だけのお店に、歩鳥の同級生でメイド喫茶に思い入れがある辰野トシ子が訪れ、「従順に仕えるふりをしながら男を惑わせ利益を得る それがメイド術!」(同p.26)など、彼女の思い描くメイドイメージを伝えていきますが、この作品において「メイド喫茶」は地元商店街に溶け込んだ日常生活の一部なのです。

同作品には、メイドの可能性を広げている点もあります。3巻で描かれた高校での文化祭では、文化祭の定番テーマ「喫茶店」と「メイド喫茶」を組み合わせるかと思いきや、「メイド服を着たバンド演奏」を描いたからです。歩鳥の先輩・紺双葉が中心となり、歩鳥、辰野、そして同級生の針原春江の4名で、『メイズ』というバンドを組んだのです。

2010年に『それ町』がアニメ化した際は、『メイズ』が、エンディング曲『メイズ参上!』を歌いました。文化祭のバンドでコスプレしながら演奏する描写は、後述する『涼宮ハルヒの憂鬱』のアニメ(2006年)が有名ですが、2016年時点では現実に「BAND-MAID」という女性5人組の、メイド服を着て世界で活躍するロックバンドも登場しており、この作品のメイド描写は時代に先駆けていたのかもしれません。

アニメはオープニングもエンディングも良いので是非。

これらを考えると、いかに日常の中にメイド喫茶やメイドコスプレを溶け込ませるか、違和感を感じさせないかを描いており、「メイド喫茶を描く作品」から一歩進んで「メイド喫茶の日常化」を進めた代表作品と言えるものでしょう。

Text from 『日本のメイドカルチャー史』