『メイド諸君!』

メイド喫茶「ミルフィーユ」を舞台に、メイドとして働く女性たちと来訪するオタクの常連客を主軸とした『メイド諸君!』(きづきあきら・サトウナンキ、ワニブックス、2006年)は、今も含めて、最も「メイド喫茶」に踏み込んだ作品のひとつです。

上京した主人公・藤堂千代子は「メイド喫茶の店員」となることで、「私生活での自分」に加えて、「メイドというキャラクターを演じる店員」の立場でも描かれました。

この作品を際立たせるのは、「店員と客との距離感・恋愛関係」を細かく描いたことです。メイド喫茶という「メイドイメージが共有される場」と「そこで演じられるメイド店員」と、「それ以外の場での普段の自分」という立場の揺れ動きを表現した数少ない作品で、それを端的に描いたのが、常連客の鳥取との関係性です。

メイド喫茶に通ううち、メイドとして明るく働く千代子に好意を抱いた鳥取は、ふたりの距離が近づいた時、「メイドではない、素顔で接してくる千代子」に困惑します。メイドとしての彼女しか見ようとしない鳥取と、客とメイドの立場を超えて深まっていく千代子との関係も、物語では進みます。

メイド喫茶は店員目当てで通う要素が強い点もあります。もちろん喫茶業である以上、店舗のサービスがメインで、恋愛は表立って推奨されていません。そもそも一般的な店員業では「店員と客の間の恋愛関係」は強いて言及するものではないにもかかわらず、それが言及される構造がメイド喫茶にはありました。コミュニケーションのやりとりが存在するために、店員と仲良くなりたい常連客の心理や、店員から客として優しく接してもらっているうちに「自分に好意がある」と勘違いする心理がメイド喫茶にはあるからです。

そうした点を踏まえ、物語は一筋縄ではいきません。ふとしたきっかけでメイド喫茶を手伝うことになった千代子は親切心で過剰なサービス・心遣いを見せますが、店を仕切る店員・あるみに𠮟られます。

 たった一日 たまたまいた人間が気まぐれで たまたま自分だけの特別なサービスをしてうまくいった …で? 違うパターンの客が来て応えられなかったら? ウチがただのムラのあるサービスをする雑な店になるんだよ!
(『メイド諸君!』1巻、p.21)

サービスレベルの維持は、多店舗展開するメイド喫茶が「メイド」を標準化していると前章で言及した話に繫がります。プロフェッショナルとしての意識や、店員ごとにムラがないサービスを提供し続けることを大切にする気持ちは、メイド喫茶をビジネスとして捉えた視点で、この漫画に散見するものです。別の場面でも、オーナーの灰音はメイド喫茶固有の観点で、千代子を諭します。

 私達がお客様の趣味そのものになりきる事で お客様が心を開いてくれて 初めてあそこは癒しの場になれるんだ ただの喫茶店とは違う お客様と心が通じ合ってないと難しい「場」を作ってると私は思う
(『メイド諸君!』1巻、p.49)

灰音はメイド喫茶ブームによって生じた「困った客」にも言及します。作中でも、テレビで見たメイド喫茶を「冷やかしに来る」客がメイド店員を冷やかしたり、店に来る客を馬鹿にしたりすることが散見するエピソードを盛り込みました。

新規客が増える反面、客と一緒に作り上げてきた空間が壊され、既存客にとって居心地が悪くなることにも灰音は懸念を示します。そして、そのきっかけを作る「テレビ」の取材を受けるのは止めた方が良いとも述べました。これは、実際のメイド喫茶ブームでも指摘された観点です。

他にも、同作品では店員に付きまとってストーカー化する常連客や、メイドを演じる千代子の元にやってきて困らせる合コンで知り合った男性(リアル知人)など、メイド喫茶を舞台にしなければ成立しない展開が目白押しです。

『メイド諸君!』は、提供するサービスの担い手となるメイド喫茶の在り方について様々な視点を備えた作品として、独特な立ち位置にあります。




Text from 『日本のメイドカルチャー史』