『メイドさんは食べるだけ』

タイトル通り、メイドさんがおいしいものをおいしそうに食べる漫画です。それがいいのです。とてもいいのです。

英国の屋敷でメイドとして働く主人公のメイド「スズメ」が、日本にやってきてアパートに住み、後から日本に来るはずの英国の主人を待つ、という構造をしています。

このため、スズメは日本の文化にそれほど馴染んでおらず、見るもの・食べるものが新鮮に感じられるというもので、日本に住む自分にとっては日常化している、当たり前の風景が、スズメの目を通じてみると、魅力的に映るから不思議なものです。

作品の魅力を端的に言えば、3つあります。

1. 「主人不在のメイド」という魅力

基本的にメイドは家事使用人であり、雇用主に対して家事サービスを提供します(メイド学園ものなどでこれから仕える場合を除いて)。ところが、スズメの主人は英国に残ったままでまだ来日できていないので、先に来てしまったスズメは「主人不在のメイド」として、日々を生きています。

この設定であるがゆえに、「メイド作品」ながらも、「主人に仕える仕事」の描写がありません。スズメは単独の「メイド服を着たメイド」として、主人の来日を待つ心構えをしながらも、日本での日々を暮らしているのです。

これは「メイド」を描く上で、重要な描写の仕方だと思います。

英国メイドの最盛期と言われるヴィクトリア朝の頃も、大きなお屋敷ともなれば主人の顔も知らずに、屋敷の仕事場だけで仕事が完結するメイドもいましたし、「辞めるときに初めて顔を見た」というエピソードもあります。

そこまで隔絶しておらず、主人とは電話で繋がっていますが、この点では「複数の屋敷を持つ主人に仕える、その屋敷の一つで働くメイド(主人は別の屋敷にいる)」と近しいかもしれません。主人に仕える側面が仕事としてあまり描かれない設定であるがゆえに、その分、「個人として生きているメイド」(但し、メイドとしての心はそのままに)が際立っているのです。

2. 日本の日常生活にメイドさんがいること

「メイドが過ごす日常生活」の魅力を最大限にしているのが、作者たる前屋進さんのメイド描写へのこだわりです。メイド服の柔らかさと質感の描写も、個人的には相当好きです。

ふわっとした感じや、畳の上での生活というところまでを含めて美しく、「あぁ、メイドさんがいる暮らし、いいなぁ」と思えるわけです。「日本家屋でも、メイドさんいいよね」と思えるぐらいに。

先ほど「主人に仕える仕事はしていない」と書きましたが、自分の生活のために、しっかりとアパートの中で「家事」はしており、この点ではいわゆる「丁寧な暮らし」のような日常生活も含めて、ツバメの視点で輝くように描かれていることも魅力です。

その鮮やかさは、メイド版『和風総本家』と言えるものです(Netflixに『和風総本家』があるので、好きな方は是非)

また、「畳の上の生活」もあるので、小泉和子氏の「昭和の暮らし」を彷彿とさせるかもしれません。あるいは、スタジオジブリでときに描かれる家事の丁寧さが、メイドさんで描かれるような。

生活描写が丁寧でクラシックな雰囲気な点では、『蜜と煙』が好きな人にも合うと思います。

3. 主人公のスズメが良い。家にいてほしい

グルメ漫画は数多く、『グルメ漫画50年史』という本が刊行されるぐらいの歴史があるものです。

そのグルメ漫画の魅力の一つは、とても美味しそうな食べ物の描写や、美味しさが伝わるリアクションや、知らない知識を得ることなど様々にあります。この点で、主人公たるスズメは本当に良い笑顔をして、日常を楽しんでいます。

純粋なグルメ漫画というよりは、「メイドさんがいる日本の日常生活」というのがより的確でしょうか。自分もご飯を食べて、道を歩いて、同じような日常を過ごしているはずなのですが、スズメの表情を見ていると、在り方を見ていると、自分が見えている世界も楽しく見えてきます。

という大人のような発言はさておき、スズメが良いのです。

街を歩いていて、遭遇してみたいです。

アニメでも、実写でも見たい作品です。

この構造で、英国ヴィクトリア朝版もありでは(真顔)と思いつつも、時代的にあんまり美味しいものの食べ歩きは難しそうですね。現代日本だからこそ、良いのかなとも。

まとめ

以前、会社を辞めるときに、一緒に仕事をした人から言われた言葉を思い出しました。

ライスワークはご飯を食べるため
ライフワークは人生を賭けるに値するもの
ライトワークは、人に光を投げかけるもの

スズメの存在は、この三つを兼ね備えて、人を照らすものなのではないかと思います。

連載はCOMIC DAYSにて。