『日本のメイドカルチャー史』から「はじめに」全文

『日本のメイドカルチャー史』(久我真樹、星海社)の内容を説明するため、冒頭の「はじめに」の全文を掲載します。


 本書はメイド研究者の私が「日本のメイド」を理解し、記録し、伝えるために書き上げた本です。元々、私の専門領域は英国に実在したメイドや執事など家事使用人の歴史研究です。ヴィクトリア朝(1837―1901年)から20世紀半ばに衰退していく時期までを対象に、貴族の屋敷や中流階級の家庭で働いた家事使用人の仕事の内容、労働環境、キャリア形成と転職事情などを網羅的に調べ、同人誌を発表の場として、2000年から活動していました。

 集大成として『英国メイドの世界』(講談社、2010年)を刊行した後、知人縁者に「メイドの研究本を出版した」と告げると、反応は様々でした。「メイド」という言葉から屋敷を舞台とした映画を挙げる人もいれば、海外駐在時に雇う「家事労働者」に結びつける人もいました。50名ぐらいと話した中で最も多い反応は「メイド喫茶」でした。

 そもそも、日本社会で「メイド服を着た家事使用人としてのメイド」が日本社会で幅広く雇用されたことは歴史上、ありません。明治大正から近代日本で雇用されたのは「女中」や「お手伝いさん」、「家政婦」などです。

 にもかかわらず、日本で「メイド」という存在はいつのまにか、様々な領域に溶け込みました。漫画やライトノベルのキャラクターから、秋葉原を中心としたメイド喫茶、そしてコスプレ衣装まで、「メイド」からイメージされる領域は広がっています。

 当時、世界各国のメイドの歴史研究も始めていた私は、日本独自のメイドイメージの形成に興味を持ち、調べようと考えました。

 もうひとつのきっかけは、「メイド喫茶と縁があった」ことです。出版した英国メイド本が「メイド喫茶の店長・店員」や「メイド喫茶の常連」の方達に届いているのを知りました。縁があって秋葉原のメイド図書館「シャッツキステ」で出版記念イベントを行って読者の方たちにお会いした時、質問で多かったのは『実在(英国)のメイド好きとして、日本のメイドをどう思いますか?』でした。

 ただ、それに答えるだけの情報を当時の私は持っていませんでした。

 主にこのふたつの出来事を経て、私は考えました。私がメイドの研究本を出版する機会を得たのは、日本でメイドへの関心が高まり、読者がいることが見込まれたからでしょう。ブームを引き起こした「メイド喫茶」を中心に「日本のメイド」全体を知ることは原点回帰に思えました。そしてそれは、「日本のメイドをどう思いますか?」との問いかけに答えることにも繫がると思いました。

 こうして、「英国メイド研究者」から「メイド研究者」へと一歩を踏み出しました。

 本書を読まれる方たちは、「メイド」と聞いて「どのメイド」を連想するでしょうか? どのようなイメージをされるにせよ、頭に思い浮かぶイメージの共通項は、「メイド服」を着ていることでしょう。

 そんな「メイド」という言葉で連想される姿を、本書では「メイドイメージ」と定義します。その「メイドイメージ」が、日本で急激に拡散する「メイドブーム」が発生しました。それは1990年代から2010年代まで、5期に渡って観測されました。

 第1期は1990年代に、成人向けPCゲームを中心としたメイドブームです。脇役だったメイドが主役となる動きと、「屋敷」で働く使用人の立場を離れて「誰もがメイドになれるコスプレ化」の結果、「一般家庭」への進出を果たして「日本のメイドさん」というキャラクター像の起点となりました。

 第2期は、同じ1990年代に生じた、「アンナミラーズ」を中心とした「制服ブーム」と、当時のコスプレブームとが重なり合った中で見出された「メイド服を着た女性店員」と「メイド服を着たコスプレイヤー」です。後の「メイド喫茶」へ通じる道筋です。

 第3期は1990年代から2000年代前半にかけて、「アニメ・ラノベ・漫画」を中心に「家事をするメイドさん」を主役にする作品が急増するブームがです。非エロ化したことでメイド作品のアニメ化や、作品内でのメイドの出現頻度が高まりました。

 第4期は2005年から2007年をピークとするメイド喫茶ブームです。2000年代前期から「秋葉原」と「萌え」がブームとなる中でコスプレ喫茶が誕生し、メイド服を着た店員がいるメイド喫茶が独立しました。「萌え」をサービスの中心としたイメージも加わり、マスメディアを大きく賑わせました。

 そしてすべてのメイドブームが融合した第5期ではメイド喫茶も創作に取り込まれ、漫画・小説・雑誌・新聞・テレビなどでメイドイメージを拡散し続けました。

 実在した家事労働者としてのメイドとは異なる立ち位置を確保しました。かわいらしさの表現や、萌えの対象となり、今では漫画や小説などで描かれても気づかれないほど「透明」な存在として、普及しています。「カワイイ」文脈を持つことで海外進出も加速し、メイド喫茶はアメリカ、ベトナム、香港、台湾などにも出店しました。

 日本に実在しなかった「メイド」のイメージが拡散し、多様化し、海外に広がっていく状況は20年前からすれば不思議なことで、私にはとても貴重に思えるのです。その不思議な光景へと至る20年以上の時間を、これから一緒に旅しましょう。

 メイドはどこから生まれ、どこへ行き、どこへたどり着いたのでしょうか?

 本書では5つの時期のメイドブームの解説をします。その前段階として第1章では1970年代の作品に見られた「脇役だったメイド」を扱い、その後、順番に1990年代からの第1から第5期までのメイドブームを論考し、ブーム後に日本で「日常化」していったが「メイドイメージ」をお伝えします。


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