[特集]第2期メイドブーム~制服ブームから派生したメイド服リアル化・「コスプレ」喫茶成立まで(1990年代)

はじめに

本テキストは[特集]仮説『日本のメイドブームの可視化(第1~5期)』を補足するもので、「メイド服」を軸とした、第2期メイドブームを扱います。第1期を前提に話を進めているので、未読の方は先に上記リンク先をお読みください。

ここでは第1期と同時期、あるいはそれ以前から制服としてのメイド服を好む人たちがいたことの可視化を試みます。第2期は「制服ブーム」(職業服:ファミレスやカフェ)の文脈が非常に強く、「メイドブーム」というより、「制服ブーム内のメイドジャンル」として語る方が正確かもしれない点を、始めに書き添えておきます。

※注:下記テキストは今後、事実確認や実証によって内容が変更される可能性があります。

私がこれまで参照してきたメイド喫茶の歴史を扱うテキストの多くは、1998年以前の出来事を詳細に記していません。転機となるのは1998年です。人気ゲーム『Piaキャロットへようこそ!!2』で登場したファミレスを模した、「(ゲームの制服で)コスプレした店員がもてなすカフェ」サービスがイベント内で行われました。

このイベントで登場した模擬店舗が、実際に秋葉原で恒常的にサービスを行うようになったのが「コスプレ喫茶」の原点であり、その延長線上にメイド喫茶があるので、1998年が起点とされています。

仮に文中で1998年以前の時代に触れていたとしても、基本的に第1期メイドブームで扱ったコンテンツ軸でのメイドの話に限定されています。私が確認した範囲で『Piaキャロットヘようこそ!!2』以前に存在した、メイド喫茶以前の「制服ブーム(女子高生)」や「大正時代の女給」などに言及しているのは『メイド喫茶で会いましょう』(アールズ出版・2008年)ぐらいで、上記イベント以前の時代は何があったのか、見えにくい状況です。

『Piaキャロットへようこそ!!2』がゲーム内ファミレスの制服に「メイド(デザイン)服」を採用したことが「メイドブーム」を示す事件として「メイドブーム考察の文脈」で扱われますが、このゲーム自体が「制服趣味」(ファミレス・アンナミラーズの系譜)の系譜として登場しており、厳密な意味での「メイド」ではありません。

メイド服を着た家事労働者としてのメイドという歴史的職業は、少なくとも1990年代・日本社会にあっては創作上の存在でした。しかし、その頃には既に「メイド服に似たデザインの制服」を採用するカフェやレストランが実在し、そこで制服を着て働く女性を「意識して見る」まなざしも成立していました。

『Piaキャロットへようこそ!!2』が登場するよりも前に、日本ではカフェやレストランの制服を好むトレンドは生じていましたが、1990年代後半に「メイドに萌えるブーム」(第1期)と、「メイド服デザインの制服(あるいは制服を着た女性に萌える)ブーム」(第2期)が融合していったのではないかと、私は考えます。

1980年代以降の日本では「制服」へのまなざしが醸成され、顕在化しました。本考察では「服飾としてのメイド服の魅力」と「制服に身を包む女性の魅力」という基盤があってこそ、メイドブームが分かりやすい形で広い階層に届き、現在の展開に至ったとの結論に至ったプロセスを述べます。

創作に起因するメイドへのまなざし(第1期:脳内)が「主に成人向けゲーム」「限られたエリア」で生じたのに対し、実在する制服を見るまなざし(第2期:視覚)は、初めから現実にありました。それがサブカルチャーに反映された点では、第1期メードブームよりも伝播力が強く、接点も多く、広い層へ届きやすい環境のように見えます。

何よりも、制服軸のメイドブームは「コスプレをする女性」と、「制服を愛好する層」という2つの軸が存在しています。私がメディアによるメイドブーム報道や、ネットでの言及で少ないと思うのは、特に「女性のメイドファン」への言及です。コスプレが可能であり、また制服としての「かわいらしさ」が存在すればこそ、この領域で女性ファンが少なからずいることを説明したいと思います。

第1期と第2期、どちらが先に生じたトレンドかはさておき、本テキストは第1期と異なり、手探りで進めます。語り手の私自体が「創作された概念上のメイド軸」で長く物を見ており、情報が非常に不足しています。私がこれまで摂取した情報・誰が詳しいか、というところでは、この領域で包括的に歴史的経緯を考察した語り手をそれほど知りません。

気づいたことを書いておかないと、「存在しない」ことにもなりかねませんので、私が気づきえる範囲での情報を残します。より深化した考察や、より詳細な研究は他の方にお任せしたいと思います。

■2017年10月追記

本考察を発展させた論考として『日本のメイドカルチャー史』を、2017年に星海社から刊行しました。本テキストがベースとなっていますが、大幅な改訂・増補を行っているので、最新の情報は同書にてご確認ください。

以下のテキストは残しておきますが、詳細は日本のメイドカルチャー史(著者による紹介)をご確認ください。

更新履歴

2011/04/08公開


■目次

■0.メイドブームを語る前に
 0-1.制服(カフェ・ファミレス)ブームとメイドブームの違い
 0-2.今回のテキストで語れない範囲

■1.メイドブーム以前の制服ブーム
 1-1.1980年代から:広義の制服ブーム(女子高生)
 1-2.1990年代前半から:制服ブーム(アンナミラーズ・ファミレス)
 1-3.広く顕在化していく制服ブーム

■2.オタク系コンテンツでのコスチューム描写の整理
 2-1.制服ブーム(学生服)
 2-2.制服ブーム(看護婦)
 2-3.制服ブーム(バニーガール)

■3.1990年代からの制服(カフェ・レストラン)ブーム
 3-1.1993年:火付け役のひとつ『V.G. ヴァリアブルジオ』
 3-2.『Piaキャロットへようこそ!!2』とメイド服
 3-3.『Piaキャロットへようこそ!!2』が広げたメイド服イメージ服

■4.『Piaキャロットへようこそ!!2』による転換期
 4-1.ウェイトレスゲームの増大
 4-2.コスプレ喫茶の誕生とメイド喫茶への展開
 4-3.秋葉原という土地柄とコスプレの道は1995年に?

■5.メイド服の自立・コスプレ化のまなざし
 5-1.でじこ(デ・ジ・キャラット)
 5-2.『鋼鉄天使くるみ』とアニメ化
 5-3.同人誌即売会による「文脈の断絶と融合」
 5-4.無視しえない同人イベントのメイドコスプレ in 『帝國メイド倶楽部参』

■6.かわいい「制服」を見るまなざしの醸成
 6-0.メイド服を見るまなざしについて
 6-1.[仮説1]ファミレス・エプロン派
 6-2.[仮説2]フレンチメイド・セックスアピール派
 6-3.[仮説3]クラシカル派(アニメ・漫画・ドラマ)
 6-4.[仮説4]アリス派
 6-5.[仮説5]フリル・アイドル・他ファッションとの親和性
 6-6.[仮説6]色彩

■7.第1期と融合する第2期メイドブームのピーク
 7-1.1990年代に醸成された「制服・コスチュームブーム」
 7-2.2000年代初期に「制服ブーム」がピークへ
 7-3.社会環境の影響とメイドブームへの転換

■8.まとめ
■9.終わりに
 9-1.あとがき
 9-2.参考資料

■10.余談
 10-1.酒井順子さんと森伸之さんの奇跡のコラボ
 10-2.「英国メイド」とメイド喫茶


■0.メイドブームを語る前に

基本的には第1期メイドブームで記したことと同じです。

0-1.制服(カフェ・ファミレス)ブームとメイドブームの違い

冒頭で述べたように、メイド喫茶を扱う様々な書籍では、1990年代に存在した「制服(カフェ・ファミレス)」ブームを切り離しています。私は「メイド服に近いデザイン」をこの制服ブームに見出すことで「連続性」があると考えていますが、本来は接合しえないものかもしれません。

メイド服以外にも多様なかわいらしいデザインの制服が存在し、カチューシャ、エプロン、パフ・スリーブ、フリルやレースといった要素が好まれました。少なくとも、カフェ・ファミレス主体の制服ブームはそこにメイド(家事労働者・家政婦)が主役となって主体的に消費されたものではないからです。

あくまでも、メイドは制服ジャンルのひとつに過ぎず、制服ブームに「メイドデザイン服」が反映されたり、メイド服に似たデザインが存在したり、というレベルのもので、これが「メイドブーム」かと問われれば、疑問が残るのです。

私が参照した本で、「メイド」を主軸としない「カフェ・ファミレス」にそれほど言及していないのは、この辺りの事情もあるのではないでしょうか。また、第1期メイドブーム考察で参照した『メガストア』の特集記事も1回目がメイド、2回目がウェイトレスと、両者を切り離して考察を行っています。

現在はメイドというと秋葉原のメイド喫茶が連想されますし、秋葉原のメイドを「本物のメイドではない」との意見も見られますが、初めからそれは日本のメイドが「家事使用人という職業」から切り離されて、「メイド服」が主体で消費されていたことへの理解が不可欠となります。

本来的に別々だった両者が、「メイド服」を軸にどのように融合して展開していったかを明確にすることが、本考察の目的となります。

大正時代で言えば、「女中」(家事使用人)と「女給」(ウェイトレス)の違いですが、「メイド服」がこの2つの違いを包み隠して独り歩きするだけの魅力を備えていたことが、この分かりにくさに繋がっていると思います。しかし、この事態を「分かりにくさ」と実感しているのは、私のように「家事使用人としてのメイド」を好む方だけなのではないかと思っています(この辺の話は、メイドブームを整理していて気付いたことにて記述)。

0-2.今回のテキストで語れない範囲

第1期メイドブーム同様、「どういうイメージが形成されたか」を扱うものの、「どういう人が、なぜそれを受け入れたか」は、専門ではないので詳しく言及していません。仮に言及していても、「こう思う」レベルです。

今回主題とする「制服が好き」といっても多様な「好き」が存在します。今回に限ってはヒアリングしたことも踏まえて仮説レベルでの考察を行いますが、すべての事例であてはまるわけではありません。好きになる理由は個人によって違うとしか言えないからですし、本人の自覚と実際の理由とが乖離することはよくあります。

今回のテキストでも、自分の語りえる範囲を限定しました。私が認識していて語れない範囲を明確にします。範囲が広すぎ、専門領域をまたがることもあり、個人ではできないからです。

・日本人の制服趣味概論(着用者と鑑賞者)
・明治~大正時代の女学生ブーム(元祖・制服ブーム)
・大正時代の職業婦人ブーム(元祖・女性の職業服ブーム)
・女性の社会進出と制服ブームの相関(1985年は男女雇用機会均等法
・1980~90年代のコスプレ趣味
・1980~90年代の看護婦やバニー、ミニスカポリスといった「制服趣味」
・「なぜ制服を好きか」という明確な回答
・エプロンに表象される要素の深い考察
・キャップや髪型による規制の表現、という要素
・ロリータファッションとの関連
・規律と制服
・ゴシックロリータとの関連(ゴシックロリータ[ゴスロリ]@Wiki
・アイドル衣装とメイド服の要素の重なり(フリル・レースの親和性)

今回のテキストは「研究ノート」の要素を持ちます。10年後、あるいは50年後までメイド表現が続くか定かではないものの、少なくとも今、メイドを巡る言説はメディアで語られ、ネットにも残っています。しかし、そこで語られる内容で大多数が網羅されているようには、私には思えません。

そうではない視点のひとつをこれから語りますが、すべてを語るのは不可能ですから、「違う」「この視点が欠けている」と思われましたら、どうか、言葉にして残してください。見えている星だけで作られる星座はきっと、いびつですから。

当時、多数派だった方々に、このテキストをきっかけのひとつとして、自分が見ていた世界や魅力を語っていただければ幸いです。

以下、本文を始めます。


■1.メイドブーム以前の制服ブーム

「メイド」は現代日本では極めて曖昧な存在です。見る人によって、その意味付けが異なるからです。歴史的な家事使用人としてのメイド、現代にもいる家政婦を言い換えてメイドと呼ぶ場合もあれば、メイド喫茶の店員、喫茶に限らずメイド服を着たコスプレをメイドとする言い方も通用するでしょう。さらに、第1期で言及したようにSMの文脈でもメイドは成立しえるものです。

「メイド」を巡る言葉の混乱は、日本のオタク文化考察を行った次のテキストでも見ることができます。

(3)近年、アニメやゲーム作品に登場する美少女のタイプも多様化し、ファンの嗜好の類型ごとに分かれる傾向が顕著になってきた。「メイド」もこうした類型のひとつである。主要な作品としては、ゲーム『殻の中の小鳥』『Piaキャロットへようこそ』などに登場するキャラクターが代表的なものである。

『戦闘美少女の精神分析』P.71より引用

この解説は、著者の斎藤氏とやり取りを行うオタクの男性が、丁寧な表現をしたテキスト内で『(メイドモード)』と表記したことへの補足として書かれていますが、多様化した類型のひとつたる「メイド」の事例も、実は「その内部で多様化している」という事例になるでしょう。

『殻の中の小鳥』におけるメイドは英国イメージを伴いつつ、SMの文脈で成立するメイド服を着用した「メイド」と第1期で考察しました。一方、『Piaキャロットへようこそ!!』(1996年)はファミレスを舞台にしたもので、『Piaキャロットへようこそ!!2』(1997年)になって初めて「メイド服デザインの制服」を着たウェイトレスが登場しました。

いずれにせよ、ここで取り上げられたどちらのメイドも「歴史的職業としてのメイド」ではありませんし、メールで語られたのは第1期で描いてきた「日本のメイドさん」の姿を借りたものでしょう。

これら錯綜する「メイド」を踏まえて「制服としてのメイド服に萌える」トレンドを考察しますが、その前に、1980年代の日本社会で成立した「制服ブーム」を取り扱います。制服を着た若い女性を好むまなざし、そのまなざしの主体が「若い女性」なのか「制服」なのかはさておき、「制服を着た女性」への関心の高まりが、メディアで消費されるイメージの中で強まってきました。

1-1.1980年代から:広義の制服ブーム(女子高生)

1980年代、日本では「女子大生ブーム」(女子大生がテレビ番組『オールナイトフジ』などに出演)に続き、「女子高生ブーム」が生じました。『制服概論』(酒井順子・2002年・新潮社)によると、セーラー服を着た「おニャン子クラブ」、雑誌『オリーブ』に現役女子高生が掲載されるなど、メディア露出が増加しました。(『制服概論』P.40-41)

ブームに見られたトレンドに挙げられるのは、学校での「制服改訂ブーム」でした。1983年に頌栄女子学院は制服を「おしゃれなイメージ」に変えたことで、制服に憧れる女子が増え、偏差値まで上がったといわれています。以降、制服を改定する高校も増加した上、「短いスカート」で性的魅力を強調する動きも生じました。(『制服概論』P.42-44)

なぜ制服を着た女子高生がブームを引き起こしたのかは諸説ありますが、今回は扱いません。ここで伝えたいことは、「まなざし」の在り方です。その一つが、森伸之氏によって1985年以降、続けて刊行された「制服図鑑」です。森さんの著作を下記に列挙することで、「制服」へのまなざしの一例とします。

1985/07 東京女子高制服図鑑
1986/06 「制服図鑑」通信1
1987/06 「制服図鑑」通信2
1988/03 日本全国 たのしい制服教室
1988/10 「制服図鑑」通信3
1989/10 東京女子高制服図鑑〈’89‐’90年度版〉
1990年 [同人誌]ミッションスクール図鑑Jr.
1991/02 東京女子高制服図鑑〈’91年度版〉
1993/12 東京女子高制服図鑑〈’94年度版〉
1993年 [同人誌]ミッションスクール図鑑
1994/07 アンナミラーズで制服を
1994/01 森伸之の原色制服図鑑
1996/10 東京路上人物図鑑
1996/11 制服通りの午後
1998/05 アンナミラーズで制服を(文庫版)
1998/07 OL制服図鑑
2000/04 女子高制服図鑑 首都圏版―神奈川・千葉・埼玉
2006/10 私学制服手帖―エレガント篇

AMAZON+森さんのホームページの著作リストを参考に作成

制服改定の効果と背景は1. モデルチェンジの真実(20世紀制服保護協議会)という制服サイトで考察が行われていますので興味のある方はご参照いただくとして、森さんの著作に見られるように、「女子高生の制服」を見る視点が1980~1990年代に強く醸成されていたことがうかがえます。(制服への欲求の発露として、ブルセラも指摘されます)

森さんは『日本全国 たのしい制服教室』(1988年)の「はじめに」において、日本における制服の過渡期であると次のような見解を述べています。

現在、女子高生の制服は数十年に一度の大きなターニング・ポイントを迎えている。

明治末期、女学生のファッションとして流行し、そのまま制服となった「袴」、大正から昭和の始めにかけ、女性の洋装化にともない全国に広まった「セーラー服」。戦後、昨日と合理性を買われて主流となった「ブレザー」。

そして今、女子高生服はS・I(スクール・アイデンティティー)を旗印に、「脱・紺サージ、カジュアル化」へと向かう急なコーナリングに突入したのである。(中略)

とにかくこれからは昨日や今日の常識では考えられないようなデザインの制服がどんどん出現し、それがすんなりと生徒に受け入れられていくようになるはずだ。なぜなら、高校生たちにとって制服は単なるファッションのひとつであり、それを学校側が積極的に認めた結果が、ここ数年のモデルチェンジ・ブームだからである。

『日本全国 たのしい制服教室』P.7-8より引用

ここで言う制服ブームはファッションとして「かわいい制服を着る」主体となる女子高生と、「制服を着た女子高生を見る」客体としての人々という、2つの軸が存在しました。

1-2.1990年代前半から:制服ブーム(アンナミラーズ・ファミレス)

注目を集めた森伸之氏は活動の幅を広げます。氏の著作一覧には、「女子高生」以外の制服も混ざっており、「街で見かける職業服」や「その時代を生きる人の装い」にまで対象が拡散しています。特徴的な著作は1994年に刊行(1998年にも文庫版が出る)された『アンナミラーズで制服を』です。タイトル通り、表紙はアンナミラーズの制服姿の女性で、この本では非常に幅広く「服装」を扱っています。

職業服を見るまなざしはこの頃に存在し、サブカルチャーとの親和性もありました。森さん自身がコミケに参加して同人誌を頒布したり、1992~1997年には漫画家の江口寿史さんが、ファミレス『デニーズ』のメニューのイラストを描くといった、漫画と現実との「融合」が見られました。

また、アンミラは、マンガにもよく描かれる。江口寿史は「エリカの星」で、主人公エリカにスタンダードカラータイプの制服を着せていたし、吉田秋生の「ハナコ月記」の中でオーダーを取りに来る女のコは、リボン・タイプの制服を着ていた。同人誌マンガン詳しい友人の報告によると、あちらの世界でも、アンミラをテーマにした作品がけっこうあるらしい。何となく、わかるはなしである。

『アンナミラーズで制服を』(双葉社・文庫版・P.180より引用)
※補足・『エリカの星』(1985年・江口寿史)、『ハナコ月記』(1993年?吉田秋生)

1985年という時期に江口寿史さんがファミレスを描かれたのは相当早期で、これがブームのきっかけの一つかもしれませんが、どの程度の因果関係を持つかは今回、調べきれませんでした。ただ、いずれにせよ、江口さんは実際のファミレス、デニーズに起用された点で、欠かせない人物であると言えます。

こうしたファミレスのウェイトレス・イメージは、マスメディアへの露出も果たしました。アンナミラーズ的な制服の魅力を発揮したのは、1988年の森高千里さんの曲『ザ・ストレス』のPVです。森高千里さんはウェイトレス姿(ミニスカート・胸当てのないフリルつきエプロン)を披露し、その後もライブツアーでこの格好になりました。制服のモデルはアンナミラーズといわれています。森高千里さんの衣装でアンナミラーズに興味を持った方も、少なからずいるようです。(Google検索 アンナミラーズ 森高千里

興味があったので調べてみたところ、森高千里「ザ・ストレス」 / 2006年04月19日(水)(LOVELY IDOL POPS)では、土曜日の朝の番組『うるとら7:00』でPVを見たとのお話(売上的には伸びなかった様子)や、「見て/ザ・ストレス/17才 」森高千里(徒然ネット)では「レーザーディスクを活用したプロモーションで森高千里さんの映像が使われて、「秋葉原はジャックされたような状況だった」と記されています。

森さんも『アンナミラーズで制服を』の中でわざわざ「アンナミラーズ編」と一章を割き、1990年冬に秋葉原でライブビデオ『非実力派宣言』の中の「ザ・ストレス」に出会い、すぐにCDとLDを購入したと、衝撃を受けます。しかし、実際のコスチュームと違うと気づきいたことを踏まえつつ、そのアンミラの制服の記号性と話題性の強さを指摘されます。

パフ・スリーブのブラウスに、ピンクのミニスカートに、エプロンとスニーカー。アンミラの制服と森高のコスチュームとの共通点はこれだけだ。つまり世間は、服のデザインにこれだけの要素がそろっていれば、それを「アンミラの制服」だとみなすわけである。セーラー服を着た女のコが女子高生とみなされ、白衣を着た女のコが看護婦とみなされるように、世間から思わず「みなされ」てしまう、明快な記号性を持っていること。これは制服の象徴的側面をサポートする重要な条件だが、この点においてアンナミラーズの制服は、セーラー服や白衣にも匹敵するような、シンプルかつ強力な記号性を獲得しているのだ。

ふつう、われわれの日常会話にデニーズやロイヤルホストの話が出ても、女子店員の制服が話題になることはめったにない。しかしアンミラとなると話は別である。食事の値段が高いことやパイの種類の話題に前後して、あの驚異的なスカートの短さについて、さらには制服の似合う女のコが多いアンミラはどこか? といったテーマをめぐり、ひとしきり盛り上がることになる。

『アンナミラーズで制服を』(双葉社・文庫版・P.178-179より引用)

セーラー服、看護婦と同じぐらいのレベルの認知度を、アンナミラーズはある程度の層に持っていたとの認識は驚きです。しかし、間隔はあきますが、1997年01~03月には常盤貴子さん演じるヒロインが「アンナミラーズ」に勤めている設定のTBSドラマ『理想の結婚』が放送されました。地上波にまでアンナミラーズの制服が浸透したことを示すものですが、なぜドラマ制作者がアンナミラーズを選んだのかは分かりません。wikipedia:理想の結婚によると、プロデューサーの貴島誠一郎氏が1994年のTBSドラマ『私の運命』でナースを演じた常盤貴子さんの明るい性格を生かす物語を作る意欲を持っていたとあります。1994年に「制服:ナース」がテレビに出ていたことも、幅広い制服ブームのトレンドを示すかもしれません。(TBS Drama Archive『理想の結婚』

1-3.広く顕在化していく制服ブーム

制服へのまなざしは制服やファミレスだけに留まりませんでした。1994年以降の森さんの活動は学生服から広がり、「街中にある制服を、魅力的なものとして再発見する」まなざしでコンテンツが作られました。

森さん以前の時代にも制服趣味は存在したはずですが、ここまで制服が大きく取り上げられ、商業メディアで出版されたのは、1990年代のニーズが顕在化した事象といえるでしょう。とりわけ、1998年には森伸之氏の『OL制服図鑑』が読売新聞社から刊行されたのも転換点といえるかもしれません。私が取り上げた酒井順子氏の『制服概論』、その原本『ど制服』が1999年の朝日新聞社から刊行されるなど、1990年代後半にはアンナミラーズを代表とするカフェ・レストランからも離れ、幅広い職業服を扱う書籍が新聞メディアから刊行されるまでのレベルになっていたことは、留意すべき点です。

制服・職業服は、メイドよりも早くメディアへの露出を果たしました。店舗と働く女性たちの制服という「現実の足場」を持ちました。もちろん、積極的な層はそれほど多くはなかったでしょうが、第1期メイドブーム(創作表現を軸にした「メイド」)と大きく異なって実在する強さと分かりやすさがありました。

後述する『制服概論』を記した作家の酒井順子さんは、学生時代、他校の制服を着るなど、制服への心情を語られています。一方で、森さんのように制服を「鑑賞する」人々がいました。日本のメイドブームを構成する「かわいいメイド服を着る主体」と、「かわいいメイド服(あるいはメイド服を着た主体)を見る愛好家」というこの「共存」は、第2期メイドブームに続く特徴です。


■2.オタク系コンテンツでのコスチューム描写の整理

メイドブームより前にアンナミラーズを代表とする「カフェ・レストラン」の制服ブームは着実に広がっていました。その点で「メイドブーム」も、制服ブームの流れから派生した要素を多分に持っています。

この話を進める前に、この時代の制服ブームを知る意味で3点、学生服、看護婦のナース服、そしてバニーガールの「制服・コスチューム」に触れたいと思います。

尚、表現を巡るまとまった考察・テキストを見つけられていないので、「こうした側面があった」との提示に留まりますが、情報をご存知の方がいらっしゃいましたらご教示ください。

2-1.制服ブーム(学生服)

制服ブームの影響があったかさておき、1990年代前半には制服が登場するヒット作が多数出ています。コンシュマー機で学園を舞台とした『ときめきメモリアル』が登場し、wikipediaによると1994年PCエンジン、1995年にPS、1996年スーパーファミコンとセガサターン、1997年Windows機、1999年ゲームボーイと、1990年代に移植がほぼ全機種を網羅する人気ぶりでした。

成人向けゲームでも『同級生』(1992年、1995年にPCエンジン、1996年にセガサターンに移植)、『同級生2』(1995年、1996年にPC-FX、1997年セガサターンとPSに移植)、そして第1期メイドブームで取り上げた『To Herat』(1997年)など、学園を舞台とした恋愛SLGを軸に、「制服」も消費されていたといえます。

こうした諸作品はメディアミックスでアニメ化なども行われ、幅広い階層にも届いています。作品を主体と見るか、作品内で着用された制服への関心を高めたとみるかの影響力の可視化は難しいところですし、制服そのものは過去の漫画・アニメ表現で学園を舞台にすれば必然的に出てくるものです。(『東京女子高制服図鑑』作者の森さんも、元々は学園漫画を描くために制服を練習する中で制服趣味に目覚めたとのこと)

とはいえ、1990年代前半にはセーラー服に限定すれば、世界的に通用した日本を代表する作品『美少女戦士セーラームーン』(1992年~)が登場しています。これが制服ブームのトレンドを示すかどうかは議論の余地がありますが、制服デザインを取り込み、時代の影響を受けていると考えられます。

2-2.制服ブーム(看護婦)

『アンナミラーズで制服を』や制服関連の本を読むと出てくる「女子高生」に次ぐ認知度の制服は、ナース服です。

「セーラー服」と聞いて、すぐに女子高生を思い浮かべる人は、けっこう多いことだろう。しかし、こんな風に特定のデザインの衣服が、ある身分の職種の代名詞にまでなっている例は、案外少ないものだ。世の中の「制服好き」に根強い人気を誇るスチューワーデスや近頃、女子高生服と並んで話題の豊富なOLの制服にさえ、「OL」や「スチュワーデス」という職種を即座にイメージさせる、特定の呼び名を持つデザインはないのである。

それでは、はたしてこの世界には「セーラー服」と互角に渡り合えるほど強いイメージ喚起力を持った制服は、存在しないのだろうか?

ただひとつ、ある。そう、「白衣」である。(中略)しかし、この白衣に「天使」という単語が合体したとき、そのイメージはにわかに焦点を結ぶのである。(中略)「白衣の天使」は「看護婦」でなくてはならないのだ。

『アンナミラーズで制服を』(双葉社・文庫版・P.39,42より引用)

先ほど取り上げた1994年のTBSドラマ『私の運命』では、常盤貴子さんが看護婦を演じていました。1990年には『白い巨塔』がリメイクされており(wikipedia)、看護婦をテレビで見る機会も増えていたのかもしれませんし、今も医療ドラマは多いです。

冒頭で取り上げた酒井順子氏による『制服概論』の最新版の表紙は看護婦が出ており、また「看護婦」についてもページを割いて、「白衣の天使説」を取り上げつつ、男性の幻想として消費される「看護婦」イメージを取り上げます。(『制服概論』P.96-98)

新書『コスプレ』(三田村蕗子・祥伝社新書・2008年。三田村氏は『OL制服図鑑』の取材にも関与)でも、ナースに伴う「白衣の天使幻想」が取り上げられます。三田村氏はナイチンゲールが規定したヴィクトリア朝のナースの制服が、メイド服をモデルとしていたとも指摘しました(『コスプレ』P.86、107)。

看護婦イメージ・ナースの制服イメージも、メイドブームとの比較をすると面白いでしょうし、どなたかにしていただきたいところですが、1990年代に存在した「職業服へのまなざし」を知る一つの事例となるでしょう。

成人向けゲームの領域では『Dr.Stop』(1992年:アリスソフト)、『野々村病院の人々』(1994年:シルキーズ:エルフの別ブランド)と、著名なメーカーが作品を作っている点で、一定のニーズを反映していたか、ブーム的なものを生み出していたのではないかと思われます。

特に『野々村病院の人々』は1996年のセガサターン版で327,319本(歴代ギャルゲー売り上げBEST100を調べてみたよ・ベスト6位)と、尋常ならざる数字を残しています。オタク界隈での看護婦イメージの形成にも影響を与えたことでしょう。

2-3.制服ブーム(バニーガール)

もうひとつ気になるのは、1990年代までの「ウェイトレスの制服の派生形」として存在した「バニーガール」です。バニーガールは、アメリカ的にセックス・アピールを磨き上げられたウェイトレスの象徴的存在です。wikipediaでは次のように解説されています。

『バニーガールは、雑誌PLAYBOYとの連動企画で運営された高級クラブ「プレイボーイクラブ」のウエイトレス衣装として考案された。PLAYBOYのシンボルマークである、ラビットヘッド(ウサギの頭)を題材にしている。その当時のバニーガールの衣装には実際のウサギの毛皮を使用した物もあった。』

バニーガールより引用

バニーガールは日本版wikipediaで、テレビでの露出も指摘されています。一般向けコンテンツでも『らんま1/2』でバニー服を着用する姿がありました。同じサンデーの作品では『YAIBA』では「かぐや編」で敵が月の住人で女帝「かぐや」がバニーガールのような恰好をしていましたし、1993~1994年に同作品がアニメ化されました。

バニー姿はメイド以前に一定の存在感を持っていたと考えられます。

オタクを代表するガイナックスの前身ともいえる、DAICON FILMでは、『DAICON 4』(1983年)でバニー少女がメインで登場しました。1983年にバニーが描かれていることは注目に値します。ここからは余談ですが、メイド喫茶のブーム化・テレビでのメディア化を促したテレビドラマ『電車男』(2005年)のオープニングや劇中内で放送されたアニメ『月面兎兵器ミーナ』は、『DAICON 4』へのオマージュとして作られていますが、「メイドとバニー」がオタクを描く作品で同じ場にあったのは、興味深いことです。(上記wikipediaによれば、同一スタッフがかかわったとのこと)

後述する「メイド服」を着たキャラクターの代表格「でじこ」のライバルも、「うさだヒカル」と「ウサギ」をモチーフにしていますし(うさだヒカルは「アンナミラーズ」的なコスチュームを着用:でじこの部屋参照)、英語版wikipediaでは、Playboy Bunnyとした解説の中で、日本での展開として「ケモノ耳」(kemonomimi)まで指摘しています。2010年後期から放送されるテレビアニメ『STAR DRIVER 輝きのタクト』では、メインキャラクター「シンドウ・スガタ」に仕えるメイドが「猫耳」、そして「ウサギ耳」を着けているなど、表現上の進化・融合が果たされています。それにツッコミを誰も入れようとしない、言われれば気づくレベルに空気化していることも特筆すべき点だと思いますが、これは余談です。


■3.1990年代からの制服(カフェ・レストラン)ブーム

リアルに存在したファミレスやカフェといった「制服」のファンを取り込み、新しいファン層も開拓して「かわいい制服」のブームを強く牽引したのは、コスプレ喫茶とメイド喫茶の原型となる『Piaキャロットへようこそ!!』シリーズだといわれます。「それまで世の中に存在していなかったメイド」と異なり、普通に存在する「ファミレス」のファン層は、これまで見てきたように、ゲームのブーム以前にも形成されていました。

その「視点」を作ったのは、アンナミラーズでした。『アンナミラーズで制服を』を記した森さんは1994年当時の認識として、『ふつう、われわれの日常会話にデニーズやロイヤルホストの話が出ても、女子店員の制服が話題になることはめったにない。しかしアンミラとなると話は別である。』(『アンナミラーズで制服を』P.179より引用)と記しています。

この認識を前提にすれば、アンナミラーズ以外の制服を意識的に話題にすることはなかったようですが、1993年には、メイドブーム同様、成人向けゲームでもファミレスを見るまなざしが強化され、アンナミラーズ以外の制服も取り入れた格闘ゲーム『V.G.ヴァリアブルジオ』(1993年)が誕生しました。これが後の大ヒット作、『Piaキャロットへようこそ!!』(1996年)、そして『Piaキャロットへようこそ!!2』(1997年)へと繋がりました。

1990年代の日本では「制服・コスチューム」は多様に消費されました。その中で、カフェ・レストランの制服がどのように描かれたかを、ここでは第1期メイドブームと比較できるように、成人向けゲームを軸に扱います。

3-1.1993年:火付け役のひとつ『V.G. ヴァリアブルジオ』

ファミレスの制服を大きく取り上げ、初期のブームを引き起こしたのは成人向け・格闘ゲーム『V.G.ヴァリアブルジオ』です。wikipediaを見ると、同作品では「アンナミラーズ」「不二家レストラン」「珈琲館」「すかいらーく」をモデルにし、続くシリーズでも「びっくりドンキー」「和食さと」「The Royal」(バニーガール)「ブロンズパロット」「馬車道」など、幅広い店舗をモデルとした制服を登場させています。(wikipedia:ヴァリアブル・ジオ

さらに同シリーズは、1999年までの間にコンシュマー機への移植も行われる人気作品でした。第1期メイドブームで見たように、私は表現がより広く伝わっていくには「地上波でのアニメ化」「コンシュマー機でのゲーム化」が鍵だと思っておりますが、まさに同シリーズは、この例に該当します。

1993年07月 PC-9800シリーズ(18禁格闘) 『V.G. -ヴァリアブル・ジオ-』
1994年07月 PCエンジン(格闘) 『ADVANCED V.G.』
1994年11月 PC-9800シリーズ(18禁) 『V.G.II -姫神舞闘譚-』
1995年07月 スーパーファミコン(格闘) 『スーパーヴァリアブル・ジオ』
1996年04月 プレイステーション(格闘) 『ADVANCED V.G.』
1997年03月 セガサターン(格闘) 『ADVANCED V.G.』
1998年09月 プレイステーション(格闘) 『ADVANCED V.G.2』
1999年02月 Windows 『V.G.CUSTOM』
1999年09月 Windows 『V.G.MAX』

wikipedia:ヴァリアブル・ジオよりデータを引用)

1991~1993年はアンナミラーズが店舗拡大を続け、このゲームが作られた1993年はアンナミラーズが最大店舗数を誇り、最盛期を迎えている時期でした。社会的にも注目度が高かったのでしょう。(『メガストア』2009年07月号 P.78を典拠)

制服ブームのトレンドと別に、『V.G.ヴァリアブルジオ』はもう一つのトレンド、1992年の『ストリートファイターⅡ』や『バーチャファイター』に代表される格闘ゲームにも乗っていたとも考えられます。一つの作品で大きなブームを巻き起こすことは当然ありますが、複数のブーム・トレンドを内包する作品によって、より広い層に拡散する傾向を指摘できると思います。格闘ゲーム自体、ある種のコスプレ的な衣装にも身を包んでいました。(格闘ゲームのコスプレは、1990年代前半からコミケで流行していました)

第1期メイドブームの代表作『殻の中の小鳥』も、「メイドブーム」だけではなく、元々はその時代のPCゲームで開拓されていた「SMゲーム」マーケット向けに作られました。そこに制服ブームに見られた「メイド服的な制服」(メイド服デザインの参考例にアンナミラーズを挙げています)と、そして「館に仕えるメイド」という3つの軸が重なったことがヒットに繋がったのではないかと見受けられます(第1期メイドブーム考察内・2.【破】『殻の中の小鳥』による発展参照)。

3-2.『Piaキャロットへようこそ!!2』とメイド服

『V.G. ヴァリアブルジオ』がヒットして以降、ファミレスの制服ゲームはそれほど増大しませんでした。後続作品を生み出したと思えるのは、ファミレスそのものを舞台にした大人気作品『Piaキャロットへようこそ!!』(1996年)、翌年には続編『Piaキャロットへようこそ!!2』(1997年)です。時期的に『殻の中の小鳥』(1996)に重なり、成人向けゲーム領域でのメイドブームの影響を感じられるエピソードもあります。

それは、『Piaキャロットへようこそ!!2』の製作前に、ゲーム雑誌で制服のデザイン投票を行い、メイド服が1位となったエピソードです。調べたところ、『E-LOGIN』1997年01月号(P.160-161)で読者投票を募集し、1997年05月号(P.166-169)で結果発表がされました。この候補となった制服デザインの多様性も、当時の制服コスチュームブームを示しています。

順位 制服タイプ 投票数
01位 メイドタイプ 65票
02位 不思議の国タイプ 33票
02位 純和風・女将タイプ 33票
04位 ちょっとシースルータイプ 31票
05位 なんちゃってアイドルタイプ 19票
06位 知る人ぞ知るタイプ(前作:あおいろ) 15票
07位 キャンミラタイプ(前作:きいろ) 6票
08位 ピンク&フリルタイプ(前作:あかいろ) 3票

 

1997年01月号のアンケートでは「メイドタイプ」について、05月号ではデザインについてコメントがあります。

なんか、E-LOGIN読者に一番ウケそうなメイドタイプです。編集部内でも一部のメイドファンの間では大変好評です。ポイントとしては、胸にあるニンジンをあしらったバッジと太ももにあるリボンでしょうか。また、肩口のふんわりした感じも見逃せません。なお、蛇足ではございますが、右手に持っているモップはオプションです。

『E-LOGIN』1997年01月号P.160より引用

胸元のニンジンバッチ、赤くて太めのリボン・サッシュ(腰に巻いてアルベルトの名称)、ドロップドバフ・スリーブ(肩口から袖にかけてのスリーブの名称)、ホワイトブリム(頭の乗せた白いヒラヒラ)など、忠実に再現されています。

『E-LOGIN』1997年05月号P.169より引用

ここで明確にしたいのは、メイド・イメージの広がる経路です。見たところ、成人向けゲームを軸にしたメイドブームが、雑誌経由で『Piaキャロットへようこそ!!2』の制服選定に影響を与え、「メイド服」の採用に繋がった流れは無視しえないものです。しかし数万部発行の当時の雑誌規模からいえば、私は投票数が少ないと思います。既にこの界隈に大きなメイドブームのトレンドがあったというより、コアな「メイドファン」の影響を受けたといえる数字なのではないでしょうか。

3-3.『Piaキャロットへようこそ!!2』が広げたメイド服イメージ

『Piaキャロットへようこそ!!2』はメイドブームのファンだけに受け入れられたわけではありません。むしろメイドとは関係なく、『Piaキャロットへようこそ!!2』という大ヒット作品に「ファミレス風にアレンジされたメイド服」が織り込まれていたと書く方が、適切でしょう。

このゲームのメイドイメージは、あくまでもデザインされた制服で、主従関係を伴うメイドではありません。1997年段階で広範に届いたメイドイメージは、世の中に既に存在した「カフェ・ファミレスの制服」の文脈の上に成り立ちました。「メイドが持つ職業性・主従関係に萌える」より、「メイド服がかわいい・メイド服を着ている女性がかわいい」との視点です。

そして、大ヒットした『Piaキャロットへようこそ!!2』に登場する「メイド服デザイン」の方が「メイドイメージの波及力」は勝っていたと、私は考えます。なぜならば、非エロ化が進んでいたとはいえ、1997年段階の第1期メイドイメージは「SM」要素からの変化の途上で、一般に広がりにくい形をしていたからです。

以下、第1期メイドブーム考察からの再掲となりますが、『Piaキャロットへようこそ!!』もコンシュマー機で発売を行い、続編が作られることで面を広げました。(wikipedia:Piaキャロットへようこそ!!シリーズ)、幅広い層への広がりが見えます。また、この時期の作品として「かわいらしさ」を追求したことが、話題になったといわれています。

オタク文化と呼ばれる文化の一翼を担いメディアミックスも活発になっていく。こうして純粋に性的興奮を目的としたアダルトビデオ等とは異なる道を進むようになる。

この流れを作った初めの作品は『Piaキャットへようこそ!!』(1996年 カクテル・ソフト)である。ゲームシステムは『ときめきメモリアル』の簡易・縮小版とでもいうものであったが、徹底して美しさ・エロさより可愛らしさを追求したキャラクター作りと等身大のラブストーリーが話題を呼び、翌1997年に発売された続編『Piaキャロットへようこそ!!2』で10万本以上の大ヒット作となった。この作品の人気は後に秋葉原から始まったオタク文化の代名詞的存在、「メイド喫茶・コスプレ喫茶」のアイディア母体にもなっている。

wikipedia:アダルトゲーム:1990年代後半より引用

上記によれば、1998年にはセガサターン版『Piaキャロットへようこそ!!』『Piaキャロットへようこそ!!2』が発売しており(1997年にはPC-FX版で1作目が出る)、一般向けという窓口を持つことで、より多くのユーザー層へアプローチできました。影響力を知るため、売上規模を調べました。まず、同ゲームの売り上げはPCゲームの年間上位に入るほどでした。累計売上は分かりませんが、限定版、通常版、他にも旧作の同梱版なども出ています。

1997年・年間8位 Piaキャロットへようこそ!!2 初回限定版 26,339
1998年・年間5位 ぴあきゃろToyBox 37,768本

典拠:どきどきへあばんらんど

PCゲームの売上に比べ、コンシュマーはより大きなものです。

1998年・Piaキャロットへようこそ!(セガサターン版) 88,900本
1998年・Piaキャロットへようこそ!2(セガサターン版) 82,743本

典拠:歴代ギャルゲー売り上げBEST100を調べてみたよ(2008/07/14)

さらに、第1期メイドブーム6-3.雑誌による「メイド・イメージの共有」に書きましたが、コンシュマー機への進出は、雑誌で取り上げられる機会の増加に繋がりました。当時はまだゲーム雑誌の存在感も強く(成人向けゲームの雑誌でも数万部レベル。ファミ通ならばそれ以上)、雑誌を通じて、ゲームを遊んでいない読者も「メイド服イメージ」に接した可能性も考えられます(私の友人は当時のコンシュマー向けゲーム雑誌で『Piaキャロットへようこそ!!』を見たと語っています)。

また、同ゲームを「メイドを知るきっかけ」としている女性を、私は数名存じています。女性の目から見ても「かわいらしい」と思える制服イメージ・世界の雰囲気が、同作品にはあったのでしょう。後述する『Piaキャロットレストラン』でウェイトレスをしたコスプレイヤーの方も、「私ははじめは制服に惹かれました。でも明るいストーリーは気に入ってますし、原画も好きです。レストランのモデルになった『ピアキャロ2』もやりこみました」(『メイド喫茶で会いましょう』P.116)と回答されました。


■4.『Piaキャロットへようこそ!!2』による転換期

『Piaキャロットへようこそ!!2』は、第1期メイドブームにおける『殻の中の小鳥』同様、制服・コスチュームジャンルに絶大な影響を与え、メイドというよりも、「制服・コスチューム」全体のイメージを広げました。

1999年の同人界での盛り上がりの象徴的出来事が、制服系同人誌オンリーイベント『コスチューム・カフェ』の開催と、メイド同人誌オンリーイベント『帝国メイド倶楽部』の誕生です。1999年に始まったコスチュームカフェは1年に3回開催されました。「コスチュームカフェ」が母体(主)となって、そこから独立して「帝国メイド倶楽部」(従)が誕生している点から見ても、あくまでもこの時期の「制服軸で見るメイドブーム」の規模は、「コスチューム」が主眼となっています。

ウェイトレスの登場する成人向けゲームは、『Piaキャロットへようこそ!!』以降に増加し、ファミレスに限らず、カフェ・喫茶店などに領域を広げました。この時点では目立つメイド喫茶はなかったものの、制服ファンの間で知られた制服(メイド服デザインを含む)も反映されました。

そして、一連の流れに強い影響を与えたのは、1998年に開催されたイベントでの『Piaキャロットへようこそ!!2』をモチーフにしたカフェの誕生でした。同ゲームの制服を着たウェイトレスがいるイベント内企画は秋葉原に定常的な店舗を持つコスプレ喫茶となり、やがてメイド喫茶へと発展しました。

この時期、カフェ・レストランの制服を見るまなざしはピークに達したといえるでしょう。コンテンツを軸としたメイドブームは、この大きなトレンドなしには成立しえなかったのではないか、と思えるほどです。

『Piaキャロットへようこそ2!!』はメイド制服がなくてもヒットしたかもしれません。しかし、メイドブームは『Piaキャロットへようこそ2!!』が無ければここまで拡散しなかったのではないか、と。

冒頭で述べたようにメイド喫茶の歴史として、1998年以前があまり描かれていないのは、このトレンドがメイドブームではなく、「カフェ・レストランの制服ブームだったから」かもしれません。

4-1.ウェイトレスゲームの増大

第1期メイドブームで多大な示唆を下さった森瀬繚様のクロノスケープによる『メガストア』2009年07月号「エロゲー人の基礎知識 vol.2 ウェイトレスさんパラダイス!」では、『V.G.ヴァリアブルジオ』を「西の横綱」、『Piaキャロットへようこそ!!』を「東の横綱」と表現しました。

そして、非常に興味深いデータと指摘がなされています。

同人イベントでのコスプレブームの影響もあり、本格的に立ち上がり始めたウェイトレスモノのエロゲーには2000年頃から続々と各社が参入し始める。2000年発売のタイトルに限っても(中略)、ウェイトレスをヒロインとする新しいジャンルのゲームが次々と製作されている。
(中略)2001年以降も様々なブランドが参入を続けるが、作品に登場する店舗がファミレスから喫茶店へと徐々に変わっていくのが興味深い。この時期は現実でも、可愛いウェイトレス制服が人気となっていたファミレスが撤退や閉店などで徐々に数を減らし、その代わりにネットカフェやメイド喫茶といった新しい業態が広まっていく時期でもある。

『メガストア』2009年07月号 P.74-75より引用

さらに、ウェイトレス単体の作品が減り、いくつかの萌え要素を組み合わせていく傾向を指摘しました。また、今回はタイトル名を列挙しませんが、メイド特集記事で列挙されたタイトル数よりも、ウェイトレス特集記事で列挙されたタイトル数の方が多くなっていますので、この時期にウェイトレス系はメイドより強いものでした。

なお、「ウェイトレスさんパラダイス!」は当時の外食産業の分析や、ウェイトレスマニアのコミュニティが拡大していく傾向も指摘しています。情報発信者たる同人作家たちがファミレスで漫画やイラストの作業をし、作品や作品の欄外でウェイトレスの制服が描かれていたこと。さらに、1998年頃からのネット・携帯電話、PHS普及による連絡の取りやすさと、コミュニティを共有する場として選ばれたファミレス、との視点です。(『メガストア』2009年07月号 P.76-77を典拠)

こうした同好の士が集まるコミュニティとしての役割は、現在のメイド喫茶にも引き継がれている要素でしょう。(秋葉原のメイド図書館「シャッツキステ」は「オタクにとって居心地のいい場所・安心できる場所」を店舗運営の理念にあげています)

そして、1990年代は外食産業自体が衰退する年代でもあり、ファミレス、特に代表的なアンナミラーズが『1991年から1993年にかけては毎年2店舗ずつを開店させ、1993年の最盛期には20店舗を数えうるようになったものの、2001年には4店舗、2003年に3店舗、2005年には4店舗と減り続け、現在では高輪と横浜ランドマークの2店舗を残すのみとなってしまった』(『メガストア』2009年07月号 P.78より引用)ことです。

この特集記事は外食産業の流れを知る意味でも非常に面白いので、関心のある方は是非お読みください。また、国会図書館に第145回常設展示 外食の歴史という資料も出ています。

4-2.コスプレ喫茶の誕生とメイド喫茶への展開

ここからはメイド喫茶の「原点」の歴史となります。基本的には多くの本に出ていることで、私の方で付け足すことはほとんどありません。メイド喫茶の前身はゲーム内の制服を「コスプレ」する、つまりはゲームの世界観を「実体化する」延長線上にありました。

大人気ゲーム『Piaキャロットへようこそ!!2』の影響力は大きく、1998年の『東京キャラクターショー1998』に同ゲームのファミレスを模した喫茶店が登場し、「メイド喫茶の原点」となりました。開催は1998年で、このイベントが翌年の同人誌即売会コスチュームカフェなどの流れに繋がったと考えられます。

続く1999年にはゲーマーズスクエア店6階イベントスペースに「Piaキャロレストラン」が開業し、秋葉原初のコスプレ喫茶となりました。この店舗は開店・閉店を繰り返しつつ、2000年に「Cafe de COSPA」へと繋がりました。(コスプレイヤーの方がPiaキャロットレストランって?と、写真つきで記事を書かれています)

2001年に「Cafe de COSPA」の経営権がコスプレ衣装製作・アパレル事業会社の『コスパ』(wikipedia:コスパに渡り、同店を閉店した後、リニューアルして秋葉原初のメイド喫茶「Cure Maid Cafe」が誕生しました。このとき、すでに秋葉原では「メイド」に人気があったことがうかがえます。その辺りは次の「第3期メイドブーム」で扱います。

他にも様々な店舗の展開はありますが、ここでは割愛します。上記参考資料としては、秋葉原におけるメイド喫茶・コスプレ喫茶の歴史(AKIBA W.C. Headline!!2003年5月24日掲載)を用いました。私の方での利用は断片的なので、詳細は上記リンクをご参照ください。

4-3.秋葉原という土地柄とコスプレの道は1995年に?

『アンナミラーズで制服を』は1994年版から、1998年に文庫版が登場し、3章項目が追加されています。その追加事項の一つが、『Windows95の最大の功績 PCギャル編』です。1995年のWindows95の発売時、大々的なイベントが秋葉原で行われました。それがきっかけで、この時から秋葉原には「コスプレ」的な格好をした女性が姿を見せました。

なぜなら、この日を境に「家電の街秋葉原」は「パソコンの街アキハバラ」へと、まるで何かが吹っきれたように突き進んでいったのだから。

そして、この「事件」はまた意外な方面――制服の世界にも、少なからず影響を与える結果となった。パソコン景気に沸いたアキハバラの街は、これまでになかった新しいジャンルの制服集団を誕生させたのである。

休日の秋葉原駅前ロータリー。現在そこには必ずと言っていいほど、いろんな種類のユニフォームに身を包み、人々に笑顔でチラシを風船やうちわなどを配る女のコたちの姿がある。ロゴ入りのウインドブレーカー、派手な配色のトレーナー、そしてミニスカート。彼女たちは、いずれもパソコンメーカー、ソフトウェアメーカー、大手プロバイダ会社などから派遣された、キャンペーンガールだ。彼女たちの登場によって、これまでおよそ色気とは無縁だったこの電気街は、一転して都内有数の「ミニスカート制服常駐地帯」へと変貌を遂げてしまったのである。

(中略)キュートなユニフォームに身を包み、秋葉原の街で今日も笑顔を振りまくPCギャル。電脳レースクイーンとでもいうべき彼女たちの、さらなる進化を期待したい。

『アンナミラーズで制服を』(双葉社・文庫版・P.182,187より引用)

2011年現在、秋葉原の路上では「メイド喫茶の店員」が姿を見せていますが、「(コスプレ的な衣装に身を包んだ)女性」が秋葉原に姿を見せるトレンドは、この時期に作られていたのかもしれません。

アニメやゲームの発売キャンペーンとメイド喫茶との親和性もあり、たとえば第3期で取り扱うメイドブームを牽引した『まほろまてぃっく』は『まほろまてぃっく☆あどべんちゃー』(2003年)発売時に、”東京秋葉原&大阪なんばの街に、まほろさんのコスプレをしたG.G.F.キャンペーン声優が訪問”と、融合する姿が見られました。

この辺の事例はまた後日まとめられたらと思います。


■5.メイド服の自立・コスプレ化のまなざし

『Piaキャロットへようこそ!!2』(1997年)はメイド服が投票によってゲームに取り入れられたことで、年代的にメイドブームの影響を受けたものと考えられますが、同時に、メイド服デザインを含む同ゲームの人気は、職業と切り離された「メイド服」の独立を促したのではないかと思える事象が起こりました。

メイド服の「メイドという職業からの自立」を代表するコンテンツが、この時期にはいくつも姿を見せ始めています。この代表例が、『動物化するポストモダン』で「萌え記号・メイド服」の事例になった「メイド服」を着つつも、「メイド」でも「ウェイトレス」でもないキャラクター、「でじこ」です。そして「でじこ」は、秋葉原と親和性が高いキャラクターでした。

デ・ジ・キャラットファンタジー〈上〉 (富士見ファンタジア文庫)

著者/訳者:菜の花 こねこ

出版社:富士見書房( 2001-10 )

文庫 ( 245 ページ )


第1期メイドブームの事例として「メイドさんが一般家庭・日常生活に入り込む(家政婦化)」傾向を指摘しましたが、「カフェ・ファミレス」におけるエプロンと「メイド服」とが融合したことも、屋敷に縛られるコンテクストからメイドを切り離す役目を促したと考えられます。

そして、こうした「メイド服」が「メイドという職業からの自立」を進めていった「場・メディア」として、私は1990年後半からの同人誌即売会からの影響もあったのではないかと考えます。メイドをテーマとする同人誌即売会「帝国メイド倶楽部」は、1999年に始まった「コスチュームカフェ」という制服・コスチュームをテーマとする同人誌即売会に内包され、そこから独立を果たしています。規模の上でも、前者が母体でした。

こうした一つのテーマに絞った同人誌即売会はオンリーイベントと呼ばれ、そこではメイドのコスプレをした人も姿を見せました。1990年代には、「メイド服を着た実在の女性を見る機会」は同人誌即売会の場でも生まれていました。

5-1.でじこ(デ・ジ・キャラット)

「眼鏡っ娘」「委員長」「ツンデレ」「幼馴染」といったキャラクターの「属性」(このテキストを読んでいる方ならば通じると思いますが)に、今の時代は「メイド」も含まれるようになりました。オタクのキャラクター消費行動を批評された東浩紀さんの『動物化するポストモダン』(2001年)では、「メイド萌え」への言及があります。その中で取り上げられたのが「でじこ」でした。

でじこは1998年にキャラクターグッズ専門店ゲーマーズ(企業:ブロッコリー)のイメージキャラクターとして誕生し、人気を得ました。ところが王女である彼女は「メイド」ではありません。「でじこ」は、「メイド」を萌えとする「第1期メイドブーム」と切り離された「メイド服を着た、メイドではない」存在なのです。

メイド服のデザインが「かわいい」「萌え要素」として独立する様子を象徴するキャラクターで、でじこの登場するコミックスやアニメ作品も登場したことで、「メイド服」の認知に貢献したと考えられますし、「メイド服のコスプレ化(職業・メイドだから着るわけではなく、かわいいから着る)」の端的な事例となるでしょう。

5-2.『鋼鉄天使くるみ』とアニメ化

でじこよりも早く「メイドではないが、メイド服を着ていたキャラクター」は、『鋼鉄天使くるみ』(1997年、1999年にアニメ化)です。第1期メイドブームで紹介したように、メイド服を着る必然性がないにもかかわらず「衣装としてメイド服を着る」様式は、メイド服のファッション化を示しています。フリルが付いた真っ白なエプロンをベースとしたメイド服は、絵的にも映えるのでしょう。

2000年に連載が始まり、2001年にアニメ化された『ココロ図書館』でも、司書という仕事にもかかわらず、制服としてメイド服デザインが登場しています。別途、第3期メイドブーム内でメイド服の登場するアニメ作品を整理しますが、1990年代後半に登場していたメイド服は、「ウェイトレス」でもなく、「メイドさん」でもなく、「メイドデザイン服」を着ていました。

5-3.同人誌即売会による「文脈の断絶と融合」

「コンテンツ軸」のメイドブームと、「制服軸」のメイドブームが混ざり合っていく転換点の作品として、制服ブームの影響を受けた『殻の中の小鳥』と、メイド服を取り入れた『Piaキャロットへようこそ!!2』を踏まえつつも、この2つの作品を繋ぐ「場」として、より「メイド服」を切り離していったのは、同人の場ではないかと、私は考えています。

制服・コスチュームをメインとするゲームの展開と、1992年から生じたコミケでのコスプレブームが重なりました。コスプレ大衆化の一形態、メイド喫茶ブームの到来では、1990年代後半にはファミレス・美少女ゲームの系譜のコスプレがコミケの場で見られたと指摘しています。(『To Heart』の制服もコスプレ増加に影響)

このコスプレの題材として、メイドやウェイトレスの服はインパクトを持ちました。『コミケットプレス33』(2010年12月刊行・コミックマーケット準備会の発行紙)の特集「コスプレ」では、1999年に”メイドコスが大ブーム。その他にギャルゲー系が増え、以降定着していく”(P.7)と言及されています。

制服中心・メイド中心のオンリーイベントなどでは同人誌の頒布だけではなく、コスプレも行われていました。ウェブで調べた範囲ですが、次のように1997~2003年までの間に、メイド同人イベントは増加しました。(同人におけるメイドブームの可視化(1990年代~2000年代前半)に一覧を掲載)

同時期に生じた「創作表現におけるメイドブーム」(第1期)では、メイドの概念に変化が見られました。その転換点にある作品『殻の中の小鳥』は同人の場でも二次創作を生んだだけではなく、オンリーイベントの開催、キャラクターのコスプレなどにも影響を与えました。

それ以前にも、メイドコスプレされる方がいたとされていますが、メイド服のコスプレをした方が「家事使用人のメイド服」なのか、「主従関係でのメイド服」なのか、「ある作品のメイド服」なのか、「ウェイトレスの制服」なのはかは、外部からはまったく分かりません。同人イベントの会場でメイド服を見る人が「かわいい」と感じる時、「この作品のコスプレ」というコンテクストで見る人もいれば、「かわいらしい」と見る人もいます。

同様に同人誌の表紙、雑誌やウェブのイラストなどによって、メイドの「概念」から切り離された作品に接する人が増えたことも、メイド・イメージの形成を促し、「家事使用人としてのメイド」に興味がない人でも、メイド服が「視覚的に消費される」環境が作られていったのではないかと考えます。

5-4.無視しえない同人イベントのメイドコスプレ in 『帝國メイド倶楽部参』

メイド服を巡るテキストでは「コスプレをしている女性」への言及が少ないと個人的に思うのですが、この視点を補うのが、2002年『PC Angel』2002年08月号の「特集メイドさんのすべて」(P.64-72)です。(via 鏡塵様経由) この特集内には、『帝國メイド倶楽部参』(2002年05月開催)のコスプレーヤーへの言及があります。

コスプレイヤーは主催者への取材によると、延べ200人ぐらいとのことです。参加サークル数130、延べ参加人数2300人なので、約10%強がコスプレした女性(帝國メイド倶楽部は女装を禁じていたはずなので)というのは驚きで、この時期のメイドブームがコスプレイヤーに支えられていたと考える根拠になるのではないでしょうか。

「コスプレイヤーにも大人気のメイド服」というタイトルで、会場でのメイド服へのこだわりも披露されます。「なぜメイドが好きか」のインタビューが行われたところ、結果は次の通りでした。

順位 メイド服のこだわり 投票数(複数回答)
1位 ロングスカート 35票
2位 色は黒に限る 17票
3位 色は黒や紺系統 16票
4位 フリルがたくさんあること 11票
5位 カチューシャタイプのホワイトブリム 10票
5位 実用的なデザインであること 10票
7位 色は紺に限る 6票
8位 フリルなどの装飾は控えめに 4票
8位 ストッキング+ガーター 4票
8位 パフスリーブ 4票

『PC Angel』2002年08月号P.71よりデータを引用

同人界隈で見ると、圧倒的に「ロングスカート」+「黒(紺)」へのこだわりが見られます。また、前述したように延べ人数とはいえ「200人」(延べなかったとして50%減らしても100人)もいることは、この時期のメイド喫茶の店員よりも多いはずです。この点、メイド喫茶に持ち込まれた「メイド」の概念は、同人で育まれたものの影響を受けているのではないかと感じています。

さて、折角なので「メイドさんのどんなところに魅力を感じますか」の会場インタビューも載せておきます。

順位 魅力を感じるポイント 投票数
1位 メイド服を着た姿 21票
2位 従順さ 11票
2位 清楚さ 11票
4位 ご主人様に尽くすところ 8票
5位 一生懸命仕事をする姿 7票
6位 言葉使い 6票
7位 礼儀正しさ 5票
8位 夜のご奉仕 4票
8位 ちょっとドジなところ 4票
10位 現実にはいないから 3票

『PC Angel』2002年08月号P.71よりデータを引用

2002年は現在の視点で見れば創作表現軸でのメイドブームが盛り上がっている時期でもありましたが、その時期にあっても同人誌即売会のコスプレとして強かったメイドは、「メイド服を着た姿が1位」という点は見落とせません。一方で、ステレオタイプとなる「オタク=メイドが好き」「その理由は、メイド=従順そうだから」というコンテクストも、ここでは2位に入っているのも見逃せません。個人的には、「現実にはいないから」がツボに入りましたが。

また、主催者インタビューにも、何気なく、驚きがありました。

『メイドさんブームが一段落したいまでも、ご主人様たちの熱い想いを確認することができて大変よかったです』

『PC Angel』2002年08月号P.71より引用

2002年段階にあって「メイドさんブームが一段落した」ということは、それ以前はもっとすごかったということになります。この点、主催者の方への取材によって、データを可視化していくことが、より同人におけるメイドブームに近づく手段に思えます。


■6.[考察]かわいい「制服」を見るまなざしの醸成

ウェイトレス化、さらには「かわいいからメイド服を着る」とのトレンドを取り上げてきました。ここで立ち止まって、なぜ「制服・コスチューム」(カフェ・レストラン)、「メイド服」をかわいいと思えるのかを考察します。

今回列挙する要素は、今後、詳細な検証が必要なテキストです。

2000年に刊行された制服・コスチュームを描いた『街で見かける可愛い制服―レストラン・菓子店編』を見ると、タイトルにもある通り、制服やエプロン、三角巾などが掲載されています。「メイドさん」と重なり合う要素として白いエプロン、ヘッドドレス、拡大解釈すれば緩やかなラインのスカートなどが要素として存在しています。

こうしてデザインに取り入れられた「フリル」「レース」は、ファッション的にかわいらしさを示すものです。メイド的なデザインの服をかわいいと思うかどうかは、もう少し広げていえば、何かを見てどう感じるかは、前述したように、社会環境や個人の持つ視点によります。

6-0.メイド服を見るまなざしについて

メイド服をかわいいと思うかは、社会的な影響を受けます。たとえば、第一次世界大戦に前後した時代の英国で、政府が行った実在するメイド(家事使用人)へのヒアリング調査では「メイド服を着たくない」「メイドであることを知られたくない」との言葉がありました。それは、その時代のメイドが「社会的に地位が低い」とするコンテクストが存在し、メイド服を着ると「社会的に地位が低いとみられる、そのように扱われる」と捉えられていたことを示します。

19世紀以降の風刺新聞やメディアでは、メイドや使用人の戯画化が行われました。宗教的にも「master」(主人→雇用主)に従い、分をわきまえた「servant」(使用人→被雇用者)であることを聖職者が強調するなど、階級差を強調した論調も存在しました。さらに同じ出身階級(労働者階級)であっても、一部の地域では肉親が家族にメイドがいることを恥じ、知人に親族の紹介をするときに隠そうとする傾向も見られました。

現代に実在するメイドの間でも、制服の着用(あるいはキャップの着用)は「強いられる」も要素があり、個人への干渉と受け止められています。社会的な偏見が職業に伴うならば、職業を示す制服わざわざそれを誇示する必要はありません。こうした眼差しは今もメイドが雇用される国で継続されています。

一方、18世紀にはメイドのエプロンをつけて社交界に姿を見せた公爵夫人がいました。それは、その当時のデイリーメイド(乳製品を作るメイド)が清純さや衛生観念など、当時もてはやされた価値観を担い、また王族や貴族が乳製品を自ら作ることがファッションでもあった時代だったからでした。彼女は、エプロンをつけた自らの姿を肖像画として残しています。フランスの王妃マリー・アントワネットもヴェルサイユ宮殿内にデイリーを持ち、自ら乳製品を作ったと言われています。

「見る側によっても評価が変動する」点があるならば、「日本のメイドさん」確立以前に、既に存在したメイド服を「かわいい」とする見方が「制服・コスチューム」の趣味における「カフェ・ファミレス」の制服との重なりの中で存在していたことは、メイドブームの広がりを知る意味で、重要です。

メイド服を好きなのは男性に限ったものではなく、「メイド服がかわいいから着てみたい」とする女性もいます。現代日本では、たとえばNHK「東京カワイイTV」の2011/01/15放送分でメイド喫茶が出るなど、「カワイイ」要素として成立しえるのも、海外でのメイド・イメージ展開と大きく異なるでしょう。

家事使用人を今でも輩出するフィリピンで日本のメイド喫茶が開業したと聞いて私は驚きましたが、日本文化の「メイド喫茶(コスプレ)」として消費されているとのことでした(フィリピン初のメイド喫茶オープン、コスプレ人気拡大2011/02/08:MSN産経ニュース)。

他の視点もあります。2011年01月22日に放送された、所ジョージさんの番組『知識の宝庫!目がテン!』秋葉原で萌えー大実験にて、秋葉原のインタビューでメイド服を着た女性が人気を集めた理由として、「従順そうに見える」という理由を挙げています。これも、「メイド=従順」というコンテクストを「見る側=オタク」が持っていなければ成立しないものです。

というところで、次に「メイド服」のどこに惹かれるのかを整理します。今回は主に「メイド服デザイン」という外見的要素について、「私が思いつく限りの要素+私が知人から聞いたことがある要素」を洗い出して、仮説として列挙します。本気で書くには情報と考察が足りないので、簡単なレベルにとどめます。後日、切り分けて検証を行った上でしっかり書きます。

6-1.[仮説1]ファミレス・エプロン派

制服はサービス業にあって、店員と客を区別するために必要です。カフェ・ファミレスの制服などがなぜメイド服に似ているのかは諸説ありますが、共通するのはエプロンやフリルです。

19世紀後半には英国でカフェやレストラン、ホテルなどで給仕をするサービス業の女性が登場し、彼女たちが着用した制服がメイド服を模した「白いエプロン」「キャップ」「ドレス」の3点セットとなっていたことと関連するでしょう。白さは、清潔さの象徴でもありました。清潔さはその当時、社会的に尊敬され得るかを示す尺度ともなりました。

前述したように、日本では制服趣味の中に、「ファミレス・カフェ」のジャンルが存在していました。メイド服はそのデザイン単独でも親和性がありましたし、『Piaキャロットへようこそ!!2』では積極的にそのデザインが採用されました。

日本人がエプロンに抱く象徴性は、「母性」であるとも、日本エプロン協会は指摘しています。

そしてきもの文化漂う戦後、庶民にとってまだまだ前掛けや割烹着の全盛であった時代の中、昭和40年代に海外のブランドを用いたファッション性の高いエプロンが登場し、その名も「ドレスエプロン」で爆発的エプロンブームを呼びます。これまでの実用本意の単なる「汚れ防止」のユニフォームから、ファッション性に富んだ婦人用ホームウェアの必須アイテムとして大きな飛躍を果たし、その定着化を実現致しました。現代、その形は皆さんのイメージするエプロンの通り。

子供の頃、台所にたつエプロン姿のお母さんに大人への憧れを抱きませんでしたか?
故郷のお母さんをふと思い浮かべる時、エプロンの似合う笑顔ではないですか?
「 エプロン」は人と人との関わりの中、時代とともに歩んでいます。

日本エプロン協会より引用

AMAZONで調べたところ、今の時代、様々な「エプロンの作り方の本」も出ています。というところで、「エプロンが表象する要素の歴史(エプロン萌えの歴史)」を調べないといけなくなっています。英書はいくつか見つけましたが、いつ手が回るか分かりません。論文にあるかもしれませんので、ご存知の方は是非ご教示ください。

同人版『英国メイドの世界』の鏡塵様による寄稿では、エプロンを軸にメイド服からウェイトレス服を通じてエプロン:nippyが表象するイメージの変遷の記述があり、私が知る中で最も分かりやすい視点で示されています。後日の考察で言及します。

6-2.[仮説2]フレンチメイド・セックスアピール派

元々、19世紀に展開していったメイド服は簡素で地味で、セックス・アピールを打ち消すものとしての意図を織り込まれていました。現在ではメイド自体がセックス・アピールを持つことで、メイド服が魅力を持つのは皮肉なことかもしれませんが、こうした文脈を助長したのが19世紀末のフレンチメイド、そしてアメリカでのSMです。

第1期ブームの考察2-2.フレンチメイド・スタイルによる「服飾化」~2-3.アメリカ経由のSMによる「概念化」までで言及しています。(日本のメイド・イメージの流入元が「アメリカ」との指摘は、墨東公安委員会様によるテキストが最も分かりやすく、かつ明確になっています)

ファミレスで人気を誇ったアンナミラーズの制服自体、ミニスカートや、胸を強調したデザインをしており、その要素は、『殻の中の小鳥』や『Piaキャロットへようこそ!!2』にも取り込まれています。

フレンチメイド的デザインを代表するのは、『これが私のご主人様』(2002)です。漫画家からアニメ化もした同作品のメイド服は、「エロかわいい」というところで、女性コスプレーヤーにも人気があると、以前、ご意見を伺いました。

これが私の御主人様1 (ガンガンコミックス)

著者/訳者:まっつー

出版社:スクウェア・エニックス( 2003-06-21 )

コミック ( 182 ページ )


wikipediaに登録されている写真ファイル:Japanese style French maid cosplay.jpgも、この系統を踏襲するものです。

6-3.[仮説3]クラシカル派(アニメ・漫画・ドラマ)

クラシカルと呼ばれるのは、19世紀の衣装に見られたスカートの緩やかなラインのイメージにもよるでしょう。実際にはクリノリンやパニエ、あるいはペチコートを重ねて描き出すもので、古いヨーロッパ・アメリカ的なイメージを伴います。

2010年には池袋でアート的な試みとして、カフェ・ロッテンマイヤー(おばあちゃんメイド喫茶とも)が開催されました。ロッテンマイヤーはアニメ『アルプスの少女ハイジ』に登場するキャラクターで、カフェで再現されたイメージは、クラシカルな時代のドレスにエプロン姿というものでした。

私は個人的に、日本社会に実在しないメイド、あるいはメイド服のイメージは、『アルプスの少女ハイジ』に限らず、アニメ・漫画・ドラマを通じたイメージに影響を受けているのではないか、という仮説を持っています。(宮崎駿監督アニメの服装とメイド服イメージについて

海外ドラマも大きな影響を持っています。最大の勢力は『シャーロック・ホームズ』でしょうし、私事ですが、私の書いた『英国メイドの世界』の読者に、宝塚歌劇に興味を持たれる方もいて、劇に登場するメイド経由で関心を持たれた方もいます。

6-4.[仮説4]アリス派

少女性のイコンとして、ディズニーにも取り入れられているのがルイス・キャロルの作り出したアリス・リデルです。彼女のイメージは水色のドレスに白いエプロン姿(エプロンドレス)で描かれています。アリスをメイド服イメージの原点とされる方もいらっしゃるように、色が違うだけで、デザインはほぼ同一です。

アリスも様々にイメージが再生産されていますので、クラシカル派(アニメ・漫画・ドラマ)の分類になりますが、そのイメージの強さから、あえて切り離していますし、日本ではアリス・イメージの受容にも歴史があります。

“How Japanese subculture has accepted Lewis Carroll”の考察が非常に高い完成度で、ウェブ公開されていますので、私から書き足すことは何もありません。むしろ、この考察レベルで、いつか誰かが、メイドを巡る言説を描いてくれることを、私は期待しています。今の私の手には余るので、今時点で私が分かるものを材料として残すのが限界です。

6-5.[仮説5]フリル・レース・ファッション派

「かわいらしさ」を定義することは難しいかもしれませんが、その時代に「かわいらしい」とされるファッションの要素を見出すことは可能です。メイド服の中にアイドル衣装な要素があるとすれば、かわいらしいレースやフリル、それに膨らませたスカートでしょう。(19世紀的にも緩やかなスカートのラインの追及のエピソードはあります)

1994~1995年の日本のメイドブームが活性化する前に刊行された、メイドを出す同人誌を鏡塵様からお借りしましたが、このうちの1冊『Milky Milky』ではフリルやリボンへの愛が語られ、また当時、流行していたピンクハウスへの言及もなされています。ピンクハウスは1990年代前期、ピンクハウス代官山ピンクハウスワールド渋谷店などを見ると、芸能界やファッションの世界で注目を集める存在でした。

メイド服ではありませんが、アニメ『ローゼン・メイデン』(薔薇乙女の意味:のドールはクラシカルな衣装(ドールが製作されたのは19世紀後半?)を着用し、そして2011年1~3月放送のアニメ『GOSICK』(原作は直木賞作家・桜庭一樹さん)も20世紀初頭のヨーロッパ的雰囲気の世界観をして、緩やかなラインのスカート、フリルで彩られた少女ヴィクトリカは人気を博しています。派生していえば、ドール趣味もメイド趣味との親和性が高い領域です。

一方、秋葉原のメイド喫茶の中でアイドル展開を進めたメイド喫茶(2005年以降、主に@ほぉ~むcafe)の制服は、かわいらしさを強調し、テレビに露出する中でアイドルユニットまで形成されました。フリフリの衣装を着るアイドルがテレビにどれぐらいいるのか私は詳しくありませんが、「モーニング娘。」や「AKB48」など、少女的なイメージで展開するアイドルユニットのコスチュームは、白いフリルを多用したイメージがあります。

ロリータファッションとゴシックロリータなどのファッションの系譜も非常に奥が深く、本が何冊も書かれているレベルなので、今は手が回りません。メイドとこうした領域両方に興味を持つ方による考察の登場を、今後、待望します。

6-6.[仮説6]色彩

余談です。

現在のところ、日本で描かれるメイド服は「黒」だけではなく、「青」「緑」「ピンク」「赤」など多様にあります。成人向けゲームや創作表現で描かれてきたメイド服の比率では、私の印象ですが、「青」のイメージが強くあります。(『殻の中の小鳥』と『雛鳥の囀』、そして『まほろまてぃっく』では青と緑が登場)

「青」は酒井順子氏の『制服趣味』ではスチュワーデスの制服を引合いに出し、日本で人気のあるイメージとされています。「緑」について私の友人は、英国のデパート「ハロッズ」のイメージカラーを取り上げていました。

創作表現にあっては媒体による色の制限もありますし(『殻の中の小鳥』の初期の制服が青かったのは、当時のPCが16色しか使えず、黒が選べなかった。イラストではCMYKやRGBも影響?)、紙に印刷して映えるかという問題もあるかと思いますが。

「ピンク」(赤?)はアンナミラーズの服にもありますし(オレンジもあり)、人気があったファミレスの制服では、「ブロンズパロット」が「赤」でした。このピンク系は今のメイド喫茶の制服でも人気のある色です。アニメでは1990年代に人気だった『カードキャプターさくら』(木之本桜)、最近では『魔法少女まどか☆マギカ』(鹿目まどか)がこのデザインの系譜を受け継いでいるように思いますし、上記、「フリル・レース・ファッション派」と重なります。

現代に合わせた余談ですが、『魔法少女まどか☆マギカ』に登場する「美樹さやか」のコスチュームは、『これが私のご主人様』に登場する沢渡いずみのメイド服に似ているとの指摘もなされています。(「美樹さやか」のイメージカラーは青) そして、「巴マミ」の制服も胸を強調するデザインがアンナミラーズを連想させます。

もうひとつ、私が面白いと思ったのは、制服趣味を調べる中で、ナース服の考察で「白」が特別な色とされていたことです。「白衣の天使」に限らず、飲食業でも清潔さを示す白は欠かせませんが、酒井順子氏の『制服趣味』では、「白のストッキングはナースか、ウェディングドレスしかない」と言及されていました。

日本で描かれるメイドはその例外となるでしょうし(メイドの場合、黒も使われる色ですが)、前述した「さくら」も「まどか」も白いソックスを履いていますし、白いソックスは学生が履くことも多いので、この辺りは要素を分解していくと、面白そうです。

日本の漫画・アニメ表現における、「少女らしい服飾デザインと色彩」の変遷を、どなたか考察しているテキストがあればご教示ください。


■7.第1期と融合する第2期メイドブームのピーク

今回明確にしたかったことは、この制服軸で見ると「メイド服だけ」では、それほど大きく盛り上がっていない点です。あくまでもメインでは職業服でのトレンドがあり、その中にメイド服が派生していった、と感じます。制服趣味としてのメイド服への興味と、コンテンツの表現として成立した「日本のメイドさん(という在り方)」に萌える部分は、大きく違うのです。数の上でも多く、世の中に分かりやすく伝わっていくのは、視覚に訴える前者でした。

この大きなトレンドが同人を含めたオタク界隈にも波及し、より細分化し、よりニッチな職業服・オリジナルデザインの制服を求める動きが生じた同時期、1990年代後半に生じた第1期メイドブームとの境界線も低かったことから(『殻の中の小鳥』による制服化と、『Piaキャロットへようこそ!!2』でのメイド服の採用、両者の懸け橋としての同人イベントとコスプレ)、両者は混ざり合いながら、一つの大きな流れを作ったというのが、私の思い至った結論です。

一方、創作上のメイド服は「かわいらしさ」を含めて、より多様に評価しえるコンテクストを織り込んでおり、漫画・創作表現にも親和性を持ちました。メイド服が職業と切り離されてアニメに採用される動きが見られましたし、メイド服自体に「かわいらしさ」が反映されていくのも、この1990年代に見られたトレンドのひとつでしょう。

7-1.1990年代に醸成された「制服・コスチュームブーム」

1990年代の制服ブームの中で「メイド服」はあくまでも制服ジャンルの一つに過ぎなかったと、このテキストでは言い切ります。第1期で見てきたように1999年までにはメイドブームが盛り上がりを見せ、「メイド」という軸(第1期)と「制服」という軸(第2期)とは「メイド服」という繋がりで、境界線が曖昧なまま、あるいは曖昧であるが故に、両者が混ざり合って大きな波となりました。

私が初めてコミケに参加した2002年12月時点(冬コミ)では、「実在するファミレスやカフェの制服」を扱うサークルが、「メイド創作」より多かった印象があります。メイド喫茶も、まだほとんどない頃でした。それより前に一般参加したコミケでも、「大正時代のメイド」の本だと思って購入した本がファミレス「馬車道」の本だった記憶もあります。少なくとも、メイド喫茶が今のようになる以前には、特徴的な「エプロンやカチューシャ、スカートなどから成るかわいらしい職業服」を愛好するブームがオタク界隈でも存在しました。

現在はそれが「メイド」に置き換わりましたし、外食産業の変化によって特徴的な制服のお店が消えていっていることも、メイドブームへの移り変わり・世代交代を示すエピソードとなるでしょう。前述したアンナミラーズの店舗数の激減、双璧とされたブロンズパロットの閉店(不二家系列のファミレス:2000年立川日野橋店、2006年鶴見寺尾店の閉店:wikipedia)などです。

鏡塵様にお借りした同人誌『制服探険隊』シリーズでは、この当時に消えゆく店舗への哀惜が語られています。この同人誌には、1990年代からのメイド創作で欠かせない「うしどん」(大古真己)様も参加しており、「メイド服」と「メイド創作」の親和性が低いことも垣間見えます。メイドの歴史研究を行った初期のサークル『制服学部メイドさん学科』が、「制服学部」であることも、見落とせません。

7-2.2000年代初期に「制服ブーム」がピークへ

この領域に詳しい鏡塵様は、新紀元社が刊行した『街で見かける可愛い制服―レストラン・菓子店編』(2000年)や素敵なお店のかわいい制服(2002年)を挙げ、その新起元社が後に出したのが『図解メイド』(2006年)であることがメイドブームを見る上で印象深いと語られています(同人版『英国メイドの世界』の寄稿)。 2006年まで新紀元社は「メイド」を軸にした本を出していませんでしたし、その頃はメイド喫茶で本が作られる段階でもなかったことを示す事例です。

こうした本は、1993年の『V.G. ヴァリアブルジオ』の時期や、1996~1997年の『Piaキャロットへようこそ!!』1と2の時期にも重ならず、2000年と2002年に刊行されているという非同期性が気になります。前述したように、成人向けゲームのウェイトレス関連のソフトの増加も2000年以降に増加しており、制服を積極的に消費していくトレンドは時間をかけて1990年代後半に広がったようです。

これは、「オタクによる消費の深化」といえるかもしれません。『アンナミラーズで制服を』で描かれた制服は様々なサービス業の制服を扱ったものでしたが、2000年と2002年の新紀元社による著作は、「魅力的な制服を限りなく網羅しようとする」方向で多様性が深められており、明確に違っています。

『アンナミラーズで制服を』に代表される「制服趣味」という広範な領域で消費された「制服・コスチューム」が、1990年代にはどんどんと対象を広げ、対象が広がる分だけ細分化・ニッチ化していった印象を受けます。適切な比喩が思い浮かばないのですが、「お屋敷が好き」というレベルから、「18世紀の建築家ロバート・アダムの建築した屋敷が好き」というのでしょうか。

こうした網羅性を、私は同人イベントの場やインターネットでも見てきました。私の同人誌を買って下さっている方のサイトに、ウエイトレス制服図鑑というリンク集があります。ここのリンク集は、まさにこの制服の時代を映す貴重な情報です。心に棚を作れ/Zuka様の制服図鑑は、私もかつてネット巡回をしていて見たサイトですし、リンク集の中にはやはりメイド系で活動されている方の名前もありますが、Zuka様は1999年からホームページでの活動を始められています。

以前、ネットサービスによるイメージの形成や共有(2011/01/28)で、インターネットの普及による「イラストの共有」や「喫茶情報の共有」について触れましたが、1999年以降のトレンドは、このようなネットによるイメージの拡散による影響もあったのではないかと思います。

これもこのテキストを書いていて気付いたのですが、『バーチャルネットアイドル ちゆ12歳』、メイド服を着ていました。メイドイメージはかなりネットにあったのではないかと思います。


7-3.社会環境の影響とメイドブームへの転換

制服ブームの中で消費された「メイド」と、コンテンツとしての「メイド」は融合していきますが、メイドが生き残り、制服・コスチューム系が衰退しているように見える理由を考えることは、今後、メイドがどう展開するかを知る意味で重要に思えます。

私が思うに、カフェ・レストランの制服・コスチュームブームは「アンナミラーズ」を旗艦として、世の中に存在しえました。少なくとも、その名を冠した書籍が刊行されるほどに。しかし、ファミレス自体のメディア性・時事性に支えられた部分もあり、外食産業の時代による変化とともに、足場を失っていったように思えます。印象的な制服のお店も閉店していきました(制服デザインのコスト削減、という視点もバブル以降は厳しくなっています)。

さらに、「制服・コスチューム」の領域が細分化しすぎることは、「世の中での伝わりにくさ」にも繋がると、今は感じます。今回は言及しませんでしたが、制服ブームの中には「お気に入りの女性がいるお店に足を運ぶ」要素もあり、これらを含めた「制服・コスチューム」に求めた要素の一部が、「メイド喫茶」に遷移していっている部分もあるかと思います。

メイドブームが今後、どのように推移するかといえば、冒頭で述べたように、「メイド」の一言でも意味が全く異なるものが併存しており、「メイド服」自体が様々な曖昧性を包み隠す機能を果たし、「一つの大きな塊・分かりやすさ」に見せて「表面的な連続性」を残していくのではないかと考えます。

メイド服を軸に見れば、コンテンツに進出し(メイド)、制服・コスチュームブームを取り入れ(メイド服)、さらには秋葉原・萌えブームにも乗り(メイド喫茶)、今やメイド喫茶がコンテンツに逆流する(『会長はメイド様!』『それでも町は廻っている』)など、折々にトレンドを捉えて「メイド・イメージ」は接点を拡大しています。

そのすべてが、「メイドという1つのイコン」として認識・消費される限りにおいて、求心力を失わないのではないかと思いますし、現時点でメイドブームの終焉は「衰退」か、「定着」かでいえば、「定着」と言える状況にまで進化しているのではないでしょうか。

メイド喫茶ブームのようにメディアを巻き込んで最大規模に拡大するトレンドは今後起こらないかもしれませんし、メイド喫茶ブームが大きく衰退する可能性もありますが、「かわいい」要素を盛り込んだ記号性を帯びた「メイド」は、形を変えて根強く残り続けるでしょう。


■8.まとめ

端的にまとめると。

1.制服ブームでファミレスやカフェの制服が人気となる。
2.コスプレブームも生じ、さらにゲームを題材としたコスプレ喫茶も誕生。
3.かわいい「制服」に内包されるメイド服デザイン。
4.「メイド服」を「メイドという職業と切り離して見る」表現が推し進められる。
5.「メイド喫茶」が誕生するも、「かわいい制服」を見るブームが主体で続く。

というところで、制服軸では「カフェ・レストラン」に含まれる形で制服ブームが形成され、そこから同時期のコンテンツ主体の第1期メイドブームと混ざり合っていったと私は結論付けます。ただ、あくまでもこの時点ではまだ「世の中的なブーム」という点では接点が少なく、マスメディアの注目を集めるレベルに到達していません。

この第1~2期までを経て、ようやく第3期以降の「世の中に広く伝わっていくメイドブーム」に続きます。その主体は、『まほろまてぃっく』『花右京メイド隊』『これが私のご主人様』などのアニメ作品でしょう。そして、この漫画・アニメを軸とした「メイドさん」表現を取り入れ、秋葉原・萌えブームに乗ったことで第4期のメイド喫茶ブームへ繋がっていく、というのが今後のテキストの方向となります。

2001年のメイド喫茶開業時点にあっても、まだ「メイド喫茶」はブームになっていませんし、それからしばらくは店舗数も少ないものでした。今回取り上げた事項の妥当性は、第3期以降のメイドブームを扱うことで、裏付けられるかを検証していくつもりです。


■9.終わりに

9-1.あとがき

このテキストは、主に私を納得させるために書かれた点で、「研究ノート」の公開に近いものです。第1期の考察と異なり、多くの検証されるべき課題を残しています。しかし、ある程度、視点は担保できたと思います。

私は「メイド服=家事使用人としてのメイドが着る服」以外の視点をほとんど持っていませんでした。しかし、現実にはメイド服は多様な形で消費されていますし、むしろ、私のように「家事使用人」に紐づいてみている人間は少数派ではないかと思う次第です。

メイド服は「かわいい」(あるいはメイド服を着た女性がかわいい)からこそ、注目を集めましたし、メイド服を女性が主体的に着る動きも見られました。制服ブームの「カフェ・レストラン」の一ジャンルとして、より一般的にメイドイメージが広がったと思います。

興味深いことに、文中で紹介したNHK「東京カワイイTV」2011/03/05の放送分が、OLの制服を題材としていました。ファッションとしての「カワイイ化」の方向で職業服が語られるのは、バブル時代のリバイバルというより、日本文化として「カワイイ」を追求してきた結果なのかもしれません。「カワイイ」要素を織り込んだ視点でのメイド服分析を、どなたかに託したいところです。

1999年に「コミケのコスプレでブーム」を引き起こしたメイド服についての考察も宿題と言えば宿題ですが、この辺りは他の方のお話を待ちたいですし、自分がやるとしても本腰を入れて取材をしないと出てこないのではないか(=今すぐ出来ない)と。

9-2.参考資料

『アンナミラーズで制服を』(森伸之、1994年、双葉社)
『アンナミラーズで制服を(文庫版)』(森伸之、1998年、双葉社)
『戦闘美少女の精神分析 (ちくま文庫)』(斎藤環、2006年、筑摩書房)
『動物化するポストモダン オタクから見た日本社会』(東浩紀、2001年、講談社)
『制服概論』(酒井順子、2009年、文藝春秋)
『着ればわかる!』(酒井順子、2010年、文藝春秋)
『コスプレ-なぜ日本人は制服が好きなのか』(三田村蕗子、2008、祥伝社)
『趣都の誕生―萌える都市アキハバラ(幻冬舎文庫)』(森川嘉一郎、2008年、幻冬舎)
『街で見かける可愛い制服―レストラン・菓子店編』(風間こずえ、思い当たる、2000年、新紀元社
『素敵なお店のかわいい制服』(新紀元社編集部・編、2002年、新紀元社)
『ご奉仕大好き!メイド本―エプロンドレスで尽くします』(NANDY小菅・監修、2003年、日本出版社)
『Maid Cafe Style メイドカフェ・スタイル お帰りなさいませご主人様』(メイド喫茶ガイドブック製作委員会、2005年、二見書房)
『最強萌系メイド喫茶ガイド』(2005年、ミリオン出版)
『アキバ発メイドカフェ制服図鑑』(2005年、竹書房)
『メイド喫茶制服コレクション』(藤山哲人監修、2006年、竹書房)
『メイド喫茶で会いましょう』(早川清、2008年、アールズ出版)
『メガストア』2009年07月号「エロゲー人の基礎知識 vol.2 ウェイトレスさんパラダイス!」
『PC Angel』2002年08月号「特集メイドさんのすべて」
秋葉原におけるメイド喫茶・コスプレ喫茶の歴史(AKIBA W.C. Headline!!2003年5月24日掲載)


■10.余談

10-1.酒井順子さんと森伸之さんの奇跡のコラボ

2010年刊行の酒井順子さん著作『着ればわかる!』は制服が好きな人の心境を理解する一冊としての価値だけではなく、あの森伸之さんがイラストを描くという、「着る主体」と「見る主体」という、日本の制服ブームを知る上で興味深い組み合わせです。

酒井順子さんはメイドブームとすれ違っている人でもあります。『コスチュームカフェ』が始まった初期に、実は出かけているからです。『制服概論』の中で、酒井さんはコスプレイヤーの制服や同人誌から、「メイド」「ウェイトレス」「巫女」が人気があると見極めます。

メイドとは、昔のお金持ちの洋館にお仕えしていたであろう、ひらひらがついている純白のエプロンに白いヘアバンドみたいなものをつけた人。ウェイトレスは、特に昔から有名な「アンナミラーズ」や、袴姿の「馬車道」が人気。そして「巫女」は、あの神社で赤い袴をはいている、あの巫女。

つまり彼等は、清純で可愛くて世の中のことをあまり知らなそうな制服イメージというものを、この無です。彼らの理想の制服美少女は、妄想の中にのみ、存在します。実際、白いエプロンをつけたメイドなどという職業は、現代日本においてはほとんど全滅しかかっている。(中略)

若者達が夢見る制服の理想像は、もう現実世界には存在しない。自分でコスプレしてみるか、マンガで描いてみるしか、ないのです。コスチュームカフェ会場とは、世の中で進行するカジュアル化・私服化の荒波を避けてひっそりと存在する、制服最後の楽園と言うことができましょう。

追記・その後、メイド人気が大ブレイクしたことは記憶に新しいところ。乱立するメイドカフェを見て、私は「やっぱりみんなも好きだったのか」と思ったことだった。

『制服概論』P.133-134より引用

酒井さんの語られる「メイド認識」は1999年か、2000年初期にあっての「部外者」から見てのものですが、制服・職業服の第一人者の森伸之さんはメイドをどう見ていたのでしょうか? 「ご帰宅料というシステム」(2005/12の森さんの日記)と、メイド喫茶への訪問記を描いています。2002年にも友人に連れられて訪問しているということですが、メイド喫茶の制服にはあまり関心がないようで、メイドから受けるサービスへの感想やメイド喫茶を「コスプレ」として認識されているのが印象的です。

酒井さん・森さんという制服愛好者が「メイド服という制服」に強く引き込まれておらず、「メイドという設定」への言及に留まっているのは、「まず、メイド服ありき」の「メイド服のコスプレ」という認識故でしょうか。

10-2.「英国メイド」とメイド喫茶

私のメイン領域である「英国メイド」の話をあまりしていませんが、少なくとも、『エマ』が2005年にアニメ化して大きな人気を博すに至るまで(あるいは2003年に『エマ ヴィクトリアンガイド』がメイドとヴィクトリア朝を結びつけ、商業的にそのイメージを幅広く波及させるまで)、「英国メイド」への世の中の関心は小さなものだったと私は思います。

今回見てきたように、あくまでもメイド喫茶の「原点」が生まれていく道筋は、「制服ブーム」の延長線上で生じました。この後、第3期メイドブームという、アニメを軸にした「日本のメイドさんイメージ」の拡散が行われ、萌え・アキハバラブームの中でメイド喫茶が一気にブームを引き起こしていきますが、その文脈の中でも「英国メイド」が主流となったことはありません。

もちろん、19世紀英国でメイド服が女性店員の服として使われ(明治時代に渡英した日本の画家・牧野義雄の画集・『The Colour of London』”Tea on the terrace, House of Commons”参照。メイド服姿のウェイトレスが2人描かれています)、飲食業の給仕の制服として洗練された点もあるので(1920年代のLyonsのNippy)、服飾については原点と言えるかもしれませんが、日本の初期のメイド喫茶の制服やコンセプトはまちまちで、まずメイド服ありきで、英国らしさや「顕在化した萌え」などが差別化要因として盛り込まれていきました。

メイド喫茶に「英国らしさ」を求める見解を巡る議論は『エマ』が最終回を迎えたそうで(2006/04/14:筆不精者の雑彙)の考察が最も詳しいです。この辺りの話は第4期メイドブームで補足します。