[特集]第1期メイドブーム「日本のメイドさん」確立へ(1990年代)

■はじめに

本テキストは[特集]仮説『日本のメイドブームの可視化(第1~5期)』を詳細に解説するもので、第1期メイドブームを扱います。「メイドを学ぶ、私のための参考書・学習ノート」のようなもので、多くの「教科書」を書かれたのは私以外の方々です。「ノート」的意味合いで仮説や引用を含み、情報の参照・修正をしやすいウェブでの公開をしています。

公開の目的は2点です。

  • 1.私だけでは照らせない「多様性」を教わりたいので、まず学んだことを書く。
  • 2.wikipediaと異なる視点も含む参照資料・テキストの情報をウェブに残す。

主にメイドブームやメイド表現の変化に関心がある方に向けて書いています。

概要:概念化の確立と服飾化への道筋

「第1期メイドブーム」(私による仮説としての分類)は、1990年代の「日本のメイドさん」という概念の変化を、表現された作品を軸に照らします。アキバや萌えで連想される「メイド服を着た店員」としての「メイドさん」の源流となる、カフェやファミレスの制服などに見られた「かわいらしいメイド服」を軸とした考察は、第2期メイドブームのメインテーマとして言及する予定で、今回のテキストに含まれていません。


第2期メイドブームは今回のテキストで扱う1990年代の同時期に重なっており、また相互に影響し合っていますが、今回は分かりやすさの都合上、切り分けています。

まず、「メイド萌え」の対象となった「日本のメイドさん」はどのような流れで、創作表現として生まれていったのか簡単に記します。本筋は、下記3点です。

【守】「館に仕えるメイド」(象徴的存在)
【破】「メイドゲーム」誕生による服飾化と概念化の進展
【離】「日本のメイドさん」概念の確立へ

「メイド」を好きな方も、メイドが登場する作品も、ブーム以前から存在しました。しかし、1990年代に商業作品、特に成年向けゲームの領域でメイドの存在が目立ち始めました。そうした作品で表現されたメイドは、「作品の中の登場人物の一人」でしたが、次第にメイドが登場する作品が増える中で、1996年に象徴的な変化が起きました。

「メイドだけで成立する作品」『殻の中の小鳥』です。

ヒロイン全員がメイド服を着たこの「メイドゲーム」は、メイドブームの道を開きました。その一方、この作品は「館に仕えるメイド」描写からメイドを切り離し、メイドの「概念化」(メイドとは何か?)、そして「服飾化」(メイド服の魅力への自覚)という構造を強めたとも考えられます。

その後、「メイドがいる作品」だけではなく「メイドの作品」が増加し、メイドをどのように作品中で位置づけるかの試みも見られ、多様な表現はやがて「日本のメイドさん」という概念を確立しました。

本考察では「メイド・イメージ」(創作上で表現された概念)を軸に、上記、守破離の3段階とその後の展開などを扱います。

更新履歴

2011/01/29 公開
2011/01/30 Twitterにて森瀬様と貴島様からご指摘いただきました点を追記しました。
2011/02/05 戦うメイドさんに「戦闘美少女」の系譜の指摘と、未言及領域の少女漫画の系譜に作品リストのリンクを更新。
2011/04/08 森瀬様から『黒猫館』の源流への言及について補足


■目次

■0.メイドブームを語る前に
 0-1.前提:メイド表現の担い手とファンのルーツは様々
 0-2.執筆者情報と立場
 0-3.今回のテキストで語れない範囲

■1.【守】「館のメイド」
 1-1.萌えの対象になった「メイド」と1993年
 1-2.「館に仕えるメイド」とデカダンスの文脈
 1-3.同人の制服ジャンルとしてのメイド服

■2.【破】『殻の中の小鳥』による発展
 2-1.『殻の中の小鳥』の19世紀英国イメージ
 2-2.フレンチメイド・スタイルによる「服飾化」
 
2-3.アメリカ経由のSMによる「概念化」
 2-4.「館に仕えるメイド」文脈からの離脱

■3.【考察】『殻の中の小鳥』がメイドジャンルに残したこと
 3-1.「メイドゲーム」としての始まり
 3-2.同人を盛り上げた『殻の中の小鳥』
 3-3.メイドとは何かの問いかけと、創作・研究の余地

■4.【破~離】「日本のメイドさん」に繋がる3つの変化:1997年
 4-1.制服ジャンルとの融合と「かわいい」化:『Piaキャロットへようこそ!!2』(1997年)
 4-2.日常生活とメイドロボ:『To Heart』(1997年)
 4-3.非エロ化:『デスクトップのメイドさん』(1997年)

■5.【離】「日本のメイドさん」確立へ
 5-1.一般向け漫画と「戦うメイドさん」イメージ
 5-2.「メイドさん萌え」:『リトルMyメイド』(1999年)
 5.3.完成形の一つ:『まほろまてぃっく』
 5-4.アニメへの進出
 5-5.一般向けゲームとコンシューマー機への移植

■6.第1次メイドブームのピーク:1999年
 6-1.強力なリメイク作品
 6-2.「メイドモノ」のリメイク作品増加=Windowsの普及
 6-3.雑誌による「メイド・イメージの共有」説

■7.残課題
 7-1.7-1.同人ジャンルとメイド表現者のルーツ
 7-2.同人ジャンルのオリジナル作品とメイド表現
 7-3.メイド服を軸とした第2期メイドブームとの関係性

■8.まとめ

■9.あとがき
 9-1.終わりに
 9-2.森瀬繚様への謝辞
 9-3.引用・出典とする際の注意事項

■10.余談:1993~1994年に何があったのか?
 10-1.1994年・中島みゆきさん、メイドになる
 10-2.1993年・永野護さん、メイドの階級に言及。FSSとメイドロボ?


■0.メイドブームを語る前に

0-1.前提:メイド表現の担い手とファンのルーツは様々

今回「商業活動のトレンドを作った」流れを代表する成人向けゲームを軸にメイドブームを取り上げますが、メイド表現に携わる方々やメイドが好きな方すべてが、今回列挙する作品や表現に接して「ファン」になったわけではありません。

「ブームの中心になった作品経由でファンになる・創作を行う方々」もいれば、「以前からメイドを好きだった。でも、創作表現の場があるとは知らなかった。何かしら表現の場を見つけ、好きなメイドの表現を始めた方々」もいます。バックボーンや好みの差から、表現される世界観にも相違があります。

今となっては当たり前ですが、「メイド主体で作品を表現していい」発想は限られたものでした。たとえば、『エマ』の森薫先生は、子供の頃からメイドや執事や屋敷が好きで、たまたま友人に誘われたコミケでメイドの絵を展示していたところ、「メイドの作品ありませんか?」と聞かれ、その時から作り始めたといいます。(原体験はコミダスワード No.01-4: メイドを参照)

またウェブで「自分が好きなメイドのイラスト」を描かれ、初期メイドブームでゲームイラストも担当されたイラストレーター・村上水軍様も、メイドは「なんとなく好きだった」「ルーツはわかりません」との趣旨の発言をされています(『メガストア』2009年連載「エロ絵の神さまっ!」記事の村上水軍様の回:インタビュー記事を企画された森瀬繚様経由の情報)。

作品発表の機会はメイドブームの広がりで確実に増加しましたが、「オリジナルの作品」を発表された方々がいればこそ、ファンの入口が広がり、メイドに興味を持つ方々が増えた側面もありました。こうした面の広さやトレンドは、見えにくい・伝わりにくいですが、「その当時に発表された作品によらず(今は見えていないけれども)、メイドを好きだった方々」の存在は、欠かせないものです。

今時点での情報が足りず、この領域はあまり可視化できていません。

0-2.執筆者情報と立場

私は2000年から英国貴族の日常生活を知ろうと屋敷を調べ、屋敷を職場に働くメイドに出会い、その職場や業務内容の研究を続けたので、時期的に今回の第1期メイドブームの当事者ではありませんし、消費者でもありません。

それでもこのテキストを書くのは、私が第1期に育まれた同人を土壌とし、その先に生きているからです。私が同人活動を始めた時、既にメイドの歴史を研究される方々がいらっしゃいました。その場で育てられた立場として、「先駆者」の方々を私なりに理解したいことと、wikipediaで語られる「メイドブーム」解釈と異なる視点で、ウェブに情報を残したいと考えました。(その試みが[特集/リンク集] 日本のメイドブーム関連の情報一覧

また、何よりも、同人活動や出版を通じて、私は第1期から活動される方や詳しい方々を個人的に存じ上げていたり、多くの情報を学びえる場所にいました。もしもこの情報をしまったまま我が身に何かがあった場合、もったいないように思えました。

その上、私個人の情報収集能力と整理能力には限界がありますので、まずはこの2011年01月時点で集めきれた情報を開示し、そこから「視点・仮説」を組み立て、私なりの「結論」を出そうと試みました。「仮説」を含んだテキストを書くのは本来好ましいことではありませんが、今、すべてを検証する時間は取れません。あくまでも、今、この時に知りえた情報での視点と資料を残すことを、念頭に置きました。

直接メイドブームを体験する方や詳しい方には自明のことも多々含まれますが、もしかすると、まったく抜け落ちている文脈もあるかもしれません。後日他の方が同じ情報を得ることを極力可能にするよう、根拠の明示を行っています。

0-3.今回のテキストで語れない範囲

今回のテキストでは、自分の語りえる範囲を限定しました。最初に私が認識していつつも、語れない・詳細を詰め切れていないテーマを明確にします。

・初期メイドブーム以前のメイド萌え(『黒猫館』以外の文脈)※
・同人における創作・少女観点でのメイド表現※
少女漫画で語られてきたメイドや屋敷イメージの系譜※(少女漫画に見る家事使用人を更新)
・ゴシックロリータや服飾との関連
・日本のSMにおける「御主人様とメイド」の関連(非メイド服)
・同時期の「館モノ」ジャンルの表現(非成人向けゲーム以外)
・同時期の小説、コミックス(エロ系含む)におけるメイド描写の変遷

※印は自分のベースの「同人」と重なる領域なので今後調査する予定ですが、私がすべてを語りえるはずがないことは自明です。今後、個々の領域の専門家の方たちの目にこのテキストが入れば、その専門領域と重なる範囲での「日本のメイド」の姿も見えてくるかもしれないことを、期待しています。

たとえば大勢のメイドが出てきた少女漫画の話、ゴシックロリータが好きな方の中にメイド服が好きな方がいる話、そして「かわいい女の子を見るのが好き」という理由でメイド喫茶が好きな方の話も聞いています。それ以外も含めた観点があるのを「知る」ことはできても、専門ではない私には中途半端にしか掘り下げられません。

私の活動を『三国志』で言えば、どこか一つの国(たとえば「魏」)の歴史を最前線にいない文官が記したものに近く、最前線の状況や他の「国々」の文脈を見落としたり、語られるべき武将に光を当てていない可能性もあります。

ここに書かれているテキストは、「私が今時点で入手可能な情報に基づく、主流な言説」のひとつでしかありません。もしもこの時期にいたはずの「あなたの国の歴史」が今回のテキストになかったら、是非、歴史を教えて下さい。そうすることで、私たちが体験してきたメイドブーム全体が、よりはっきりと見えるようになると思うからです。

メイドが好きだった自分のルーツを思い出していただく「きっかけ」になればとの想いも込めつつ、「描かれたメイドイメージ」の変遷を巡る本編を始めます。


■1.【守】「館のメイド」

1990年代のメイド・イメージは、主に成人向けゲームを軸に変遷が進みました。それまでのゲーム中、メイドは脇役か、目立たない存在でした。1996年の『殻の中の小鳥』は「メインヒロインすべてをメイド」として成立させた画期的作品となり、続編『雛鳥の囀』(1997年)もメイドを軸とした前作を継承する作品でした。

日本のマンガや小説・アニメ・ゲームなどの創作表現にあってメイドは「お屋敷」を描く中で登場してきました。「市場原理の中で浮上してきた記号」の一例として、『動物化するポストモダン』(2001、東浩紀、講談社現代新書、P.66より引用)では「メイド服」を取り上げ、『黒猫館』(1986年)からノベルゲームを中心に発展したと解説しています。(日本のメイドブーム関連の情報一覧の「『黒猫館』をメイドブームの源流とする言説の典拠とブームの流れ」にまとめています)

私は「一つの作品で一気にブームが起こる」というより、「ピーク」に至るまでに緩やかなトレンドがあると考えています。きっかけになる作品は全体から見ればブームという大河をなす支流のひとつですが、そこに特異点として巨大な支流が登場し、急激に境界線を越え、ブームを引き起こしてより広範に伝わっていくとの考え方です。

その特異点に至るまでの道筋を、見ていきます。

なお、現時点で最も流れを分かりやすくまとめているのは、森瀬繚様による『メガストア』2009年06月号の特集記事「メイドさんパラダイス」P.71-78です。同記事を参考にした上で、同人的なラインや私の知りえる範囲で詳しい方の視点を織り交ぜてテキストを記す方式を採用しています。

1-1.萌えの対象となった「メイド」と1993年

『黒猫館』(1986年)から『殻の中の小鳥』(1996年)までの10年間、どのような流れがあったのでしょうか。私が作成したフロー図の中で、代表的作品に『河原崎家の一族』(1993年12月)、『禁断の血族』(1993年11月)、『アラベスク』(1994年04月)を取り上げましたが、他にも『CAL2』(1991年:知人からの情報)、『機械仕掛けのマリアン』(1994年10月)などがありました。

私より長くメイドジャンルでの同人活動を続けられる『震空館』速水様のエントリ『黒猫館』の思い出とエロゲ回顧では、そもそも、アニメに始まる『黒猫館』は「小説版」「アニメ版のLD化」「小説の続編」「PCゲーム版」と、時間軸が異なる多面的展開をしているので「どの『黒猫館』なのか」と、問われています。(1993年より前のトレンドについても速水様は上記リンクで考察されています)

そこで、私は速水様の情報から『黒猫館』のメディア展開をネットで調べ、ざっくりとデータを得ました。

1986年01月 アニメ・黒猫館(VHS)
1987年04月 小説・黒猫館
1991年03月 アニメ・黒猫館(くりいむレモン完全永久保存版LD全集)
1993年03月 小説・続 黒猫館(1993年03月)
1993年03月 アニメ・続黒猫館(VHS)
1993年08月 アニメ・黒猫館?(くりいむレモン完全保存版LD全集)
1995年03月 ゲーム?・黒猫館CD-ROM(Win3.1 & mac CD-ROM)
1996年06月 PCゲーム・黒猫館(Win95)
1999年12月 アニメ・黒猫館(くりいむレモン Part.6)(DVD)

1991年に限定LD化でアニメ版の復活、1993年03月には続編のアニメ化と小説と再度LD化など、『黒猫館』が再度光を浴びています。その後もゲーム化・DVD化しています。メイド萌えの源流たる『黒猫館』は、1991~1993年にかけて再び光を浴び、「メイド萌え」の下地が強まったと考えられます。

「1993年」を軸として見ると、同年11月に『河原崎家の一族』、12月『禁断の血族』と、後にアニメ化もされるヒット作品が続けてリリースされ、『アラベスク』(1994年04月)、『機械仕掛けのマリアン』(1994年10月)と、「メイド作品」のトレンドが感じられます。

1-2.「館に仕えるメイド」とデカダンスの文脈

メイドブーム以前にあった日本で伝わる「メイド」イメージは、「お屋敷」「お金持ち」の象徴としてのものでした。少女漫画では古くからお金持ちの家にはメイドが登場し(『おじゃまさんリュリュ』『花の美女姫』『はいからさんが通る』など)、子供時代に読んだ世界名作『小公女』『小公子』『秘密の花園』など諸作品でも、なじみ深いものです。

ミステリの女王アガサ・クリスティーが描く「館モノ」には、風景のようにメイドや執事といった家事使用人が働いていますが、あくまでもこの頃は物語の脇役に過ぎません。『小公女』はヒロインがメイドにさせられる話でしたが、それを「メイドの物語」として自覚的に消費する行動は、あまり無かったでしょう。

「市場原理の中で浮上していく」と書かれたメイドは、退廃的雰囲気を持つ『黒猫館』を軸にし、ヒット作『禁断の血族』、『河原崎家の一族』で確立された「館モノ」の中で、光を浴びました。

『黒猫館』はヴィクトリア朝に描かれたエロチカ小説に描かれたメイド少女のイメージを伴い、「館モノ」の構図を備えた作品でした。女主人に支配されるメイドは屋敷の主人に従属する境遇と、性的に奉仕する姿として描かれました。(『メガストア』2009年06月号の特集記事「メイドさんパラダイス」P.74)


※2011/04/08注記
上記参照リンク先での森瀬様によるご指摘はご本人よりご訂正が入りました。同人誌『表面張力』ではなかったものの、他の同人誌で見た記憶があります、とのことです。

森瀬様より同人誌『表面張力』を閲覧させていただき、直接の言及がないことを確認しました。また、言及がないものの、同誌では富本氏の原点的作品としてヴィクトリア・エロチカ小説『閉ざされた部屋』(富士見ロマン文庫)の照会があり、同作品でのメイドの描かれ方から、『黒猫館』への影響が非常に強く感じられますので、実質的にルーツとみなせると考えられます。

閉鎖空間の異様な世界観を伴う「館」と「館に仕えるメイド」を、私の同人ジャンルの先輩で制服学部メイドさん学科の鏡塵様は述べられます。

すなわち、これらの所謂「館物」の作品で描かれるのは、いずれも、古い洋館を舞台にした退廃的な物語であり、そのデカダンスを表象するイコンとしてメイドというキャラクター類型が用いられていたとまとめることが許されよう。

訳者名が本当にペンネームなのか気になるところです(2010/12/17:アルクトゥルスの25度下)より引用

こうした作品の後継者であり、「最初に、メイドをメインヒロインにした」作品に、前述の速水様は『河原崎家の一族』を挙げられます。(『黒猫館』の思い出とエロゲ回顧:震空館)

そして1995年には雑誌『電脳Beppin』1995年6月号で「メイド特集」が組まれました。(森瀬繚様からの情報) ヒット作が生まれた「館モノ」の盛り上がりと、そこに登場する「館に仕えるメイド」への関心の高まりが示され、雑誌の記事の最後はこう結ばれています。

 しかし、美少女ソフト業界においてメイドさんを取り巻く環境はこの2~3年で大きく変化し、今日ではメイドさんがメインキャラの一員として登場するソフトが格段に増えた。それによってメイドファンの数も確実に増加し、ようやくメイドさんが業界内で市民権を得た、と言ってもいいだろう。
 だが、そのメイドさんがこれからどのように変化していくのか、まだわからない。多くのファンが望めば、これからも様々なメイドさんが登場し、ゲームのメインキャラとなり、次々に新たな展開を見せていくだろう。しかし望む声が小さければ、メイドさんは再びサブキャラとして、その姿を隠してしまうかもしれない。

『電脳Beppin』1995年6月号(英知出版)P.22より引用

「館モノ」のメイドを取り巻く環境が変化し、「メイド」を主軸に見る眼差しが描かれていますが、同じ記事内では「メイドを雇う→妖しい館を購入」と、「雇用」「館とセット」と、メイドを見る当時の眼差しがあらわれています。

また、同記事にはその当時の「メイド服コスプレ衣装」の写真まで掲載されています。フレンチメイド的なものや、黒とピンク系の緩やかなラインのスカート(膝上ぐらい)のワンピースに白いエプロン(胸に当てるタイプ)で、動きにくいロングスカートではなく、20世紀前半のメイド服か、カフェ店員に近しい印象です。

1-3.同人の制服ジャンルとしてのメイド服

1995年までの間に存在したメイドへの眼差しを知る上で、表現者が参加した同人活動は、表現活動の広がりを示すものとなります。『殻の中の小鳥』でキャラクターを描かれた新井和崎様は、1995年にコミケに参加して「メイドさんの同人誌」を発表されていたからです。

新井様はそこでゲームのイラストレーターを探していた企画の栄夢様にスカウトされ、新井様がメイドさんを描いていたことから、メイドゲーム『殻の中の小鳥』が生まれました(『E-LOGIN』1996年06月号P.39) 新井様はイラストのリクエストで「ミニスカート」との依頼を受けたとの気持ちを、こう語られます。

(前略)え? ミニスカートですかぁ?っ て感じでしたね。私の中でメイドさん=ロングスカートというイメージがありますから。だけど画面での立ちポーズが腰まで入るから、ロングスカートだと都合が悪かったらしいんですよ。正直な話、ミニスカートのメイドさんなんて、と思いました(笑) メイドさんが好きな人なら、これはメイドさんじゃないとか言われそうで怖かったです。でも、ゲーム業界ではそういうものなのかなぁ、という感じでした。

『E-LOGIN』1996年07月号P.166より引用

このインタビューで、「メイドさん=ロングスカート」「メイドさんが好きな人」がいることが語られています。このコミケとメイドについて『震空館』速水様は「メイド」が制服系のジャンルのひとつとして、1994年までには成立していたと回想されます。そして、次に引用する文中では「館モノ」の系譜だけではなく、「制服」系の流れがあったことでその「両方」によって、『殻の中の小鳥』がメイドジャンルに大きな流れを引き起こしたのではないかと語られます。

 同人におけるメイド系の爆発的増加は96年の『殻の中の小鳥』の影響による事多大でありますが、遅くとも94年には制服系の一ジャンルとして確立していたハズ。ってぇのは、知人がメイド同人誌出したのが93年だったか94年だったかでして。96年の一般向けゲーム『エターナルメロディ』でもやはり完成された衣装・行動様式のメイドさんが登場していますし。
 となると、メイドジャンルの開拓は93年の『禁断の血族』からの館モノの流れと『ヴァリアブル・ジオ』からの制服系の流れとの合流による部分が大きいと見るべきでしょうか。

『黒猫館』の思い出とエロゲ回顧より引用(震空館)

重要な点は、2つです。1つ目は、冒頭の0-1.前提:メイド表現の担い手とファンのルーツは様々で記したように、「メイドが好きな人」は『殻の中の小鳥』以前にもおり、同人に既に「制服ジャンルの中のメイド」が存在した点です。今後、1990年代のコミケカタログを調べて、どのようなコンテンツで構成されたのか(コスプレ?ゲーム?メイド服?)、確かめます。

2つ目は、「デカダンス」という文脈と、「制服としてのメイド服」という両者の存在が合流したことで『殻の中の小鳥』以降のメイドブームが成立しているのではとの推測です。1993年の人気ゲーム『ヴァリアブル・ジオ』で「制服・コスチューム」(ファミレス・カフェ)への関心が高まった際に、「メイド的デザイン」の制服を見るまなざしが存在しえたのではないか、と。

この2つの文脈の上で『殻の中の小鳥』を見ていきましょう。なお、2つ目の詳細は「メイド服」を軸とした第2期メイドブームとして解説する予定です。


2.【破】『殻の中の小鳥』による発展

『殻の中の小鳥』は「メインヒロイン全員」をメイドにし、主役化した画期的作品でした。メイドブームの火付け役ともいわれる同作品について、その後の影響を考慮する意味で、それまでのゲームとの違いを明確にしたいと思います。

同作品は舞台背景に19世紀末の英国ヴィクトリア朝を連想させる世界観を選び、「館」に集められたメイドを高級娼婦として調教するものでした。その作品世界は次のように語られます。

メイドという要素を前面に押し出した『殻の中の小鳥』は、「可愛らしいフリルの衣装」や「厳しい主従関係」といったメイドが持つ魅力を存分に発揮。メイドはまたたく間に美少女ゲーム界のスターダムへ押し上げられ、この作品はメイド喫茶に象徴される現在のメイドブームの先駆けとなった。

(『遊べる!!美少女ゲームクロニクルPC98編』コアマガジン・2007年P.50より引用)


このゲームでは調教そのものよりも、どちらかといえばメイドたちの背景ストーリーを追いかけ、意中のメイドを幸せにすることに主眼が置かれており、純然たるSMゲームとは言い難い。調教的な設定に名を借りた変則型ゲームということになろうか。

(『遊べる!!美少女ゲームクロニクルPC98編』コアマガジン・2007年P.156より引用)

この作品は一見「館モノ」にも見えますが、その構図(館に勤めるメイドが調教されたりお仕置きされる)から「館」を切り離し、当時成立していたSMジャンルの調教SLGの中にメイドを組み込み、「調教される対象がメイドとなる(メイド服を着る)」転換を行いました。製作者の栄夢様と新井様の次のコメントは、このゲームが出るまでの「世の中のメイド」認識と、その後に与えたインパクトを物語ります。

栄夢:普通の女の子がメイドになるというシチュエーションにもビックリするみたいですね。みんな「メイドはメイドとして、奉仕の精神を持って生まれついている」と思っていたみたいで、「普通の人もメイドになれるんだ」ってことを斬新に感じたら、それがブレイクスルーになって今度は何でもかんでもメイドにし始めた。

新井:メイド自体もあやふや過ぎましたから。その頃って、「ある種の能力があるメイドさんがいて、出来れば年下で可愛いほうがいい」って、ありえないことがまかり通っていた。
『遊べる!!美少女ゲームクロニクルPC98編』コアマガジン・2007年P.62-63より引用

「普通の子がメイド服を着てメイドになる」ことはフレンチメイド化(メイド服を着ればメイド)と、SMにおける(精神的)主従関係の特化をもたらしました。

2-1.『殻の中の小鳥』の19世紀英国イメージ

作品の舞台として『殻の中の小鳥』は19世紀末英国ヴィクトリア朝イメージを伴い、イギリスとメイドを主軸にした作品として物語られます。その意味では、『黒猫館』や館モノの源流ともいえる、ヴィクトリア朝にさかのぼったともいえます。

しかし、このゲームは「SMゲーム」という企画から始まり、「(候補の女性をゲーム内で探して、調教するために)身請けする」世界観を成立させるため、アメリカの奴隷がいた時代の使用人文化を持ち込みました。製作者の栄夢様と新井様は1995年当時の歴史的なメイド資料(コスチュームジャンルではないメイド)の少なさを語られます。

栄夢:コスチュームジャンルとしては、昔からメイドってあったんですよ。で、うちらが「メイドって何だろう」と調べてみようと本屋に行くと、確かに資料が何も無い。びっくりするほど無い。ただ、これもビックリなんですが、ある特定の時期のイギリスの資料だけが大量にあるんです。

――ホームズの関連書ですね。

栄夢:そうです。シャーロック・ホームズの時代に入った頃から終わりまでの資料が一部にあって、その前後が全然ないんです。困ってしまうのは、シャーロック・ホームズの時代って、うちらのイメージしているメイドっていないんですよ。じゃぁ、どこにいたのかというとアメリカ。(中略)

小鳥以降「メイド」っていうと娼婦的なイメージで見られるようになって、「本当のメイドはそうじゃない」って話を聞くんですけど、当時、とにかく本当のメイドさんについてどんなに調べようとしても、とにかく資料が見つからない。歴史研究書から流れを読み取って、年表と文献を比較しながら、『リアルかつ理想のメイド』を探していくと文化的に一致するのが第一次世界大戦直前のイギリスだったかな。ただ、その時期になると車も走って電気も発明されている。で、この時代が舞台だと退廃的な雰囲気が出ないんで50年ぐらい遡ってヴィクトリア時代にしたんです。

『遊べる!!美少女ゲームクロニクルPC98編』コアマガジン・2007年P.60-61より引用

「メイド=英国ヴィクトリア朝」というイメージを伴う世界観は強い影響を持ちましたが、1995年時点では「職業として屋敷で働くメイド」の詳細な知識は日本国内の和書にほとんど存在しませんでした(「ヴィクトリア朝とメイド」を事前に描いた作品として、『震空館』速水様は『機械仕掛けのマリアン』を挙げています)。

最も目立ったヴィクトリア朝の資料は、1995年当時、シャーロック・ホームズに関するものばかりでした。ところが、この資料、特に映像資料は「ハリウッドが思い描くイギリス」イメージだったと、述懐されています。私が見たところでも、和書で「歴史的な職業としてイギリスのメイドを描く」のに十分は本は日本で出版されておらず、ネット通販で洋書も購入できず、先駆者としての苦労が偲ばれます。

インタビュー記事の最後の方では、『小鳥』や『雛鳥』は根っこがアメリカの文化だったので、2003年に製作された『渡り鳥に宿り木』は当時のヴィクトリア朝の裏側を舞台背景に盛り込み、自分が作りたいものを一生懸命作ったと語られていたのも(『遊べる!!美少女ゲームクロニクルPC98編』P.63より引用)、1996年から2003年までの7年間で作り手が得られる情報が変化した様子を物語るようです。

2-2.フレンチメイド・スタイルによる「服飾化」

『殻の中の小鳥』で描かれたメイド服は、着用者の性的魅力を引き出すフレンチメイド・スタイル(ミニスカートや胸を強調するデザイン)でした。一応、年齢制限もないのでわかりやすいように「フレンチメイド」としてAMAZONに登録されている服の画像を張っておきます。

インタビューで栄夢様は当時、つまりは「メイド服」流行以前のコスチューム・ジャンル(実際の服)という観点で、アメリカの強い影響を受けたと語られます。

栄夢:当時、コスチュームの一つでしかなかったもので、本を開けばメイドの原点がイギリスかアメリカかってわかるんですけど、新井が「メイドはイギリスのもんなんだよ」って定義したら、世の中がそうなっちゃった。今でこそ笑い話ですけど、96年以前のオタクがどれだけ砂漠状態だったかということ。

『遊べる!!美少女ゲームクロニクルPC98編』コアマガジン・2007年P.62より引用

その当時、「コスチュームとしてのメイド」を描いた「本」は、アメリカだったのでしょう。また、『殻の中の小鳥』は同時期にブームを迎えていく「制服・コスチューム」ジャンルとの親和性が高かったことも、製作者インタビューで示唆されています。

企画の栄夢様が1995年夏コミでイラストレーターを探し、新井様と出会う。スカウトされた新井様が同人誌でメイドをいっぱい描いていたので「この人を使うんならばメイドがいいんじゃないか」とメイドゲーム製作が決まり、本格的に世界設定の調査を始める。
(『遊べる!!美少女ゲームクロニクルPC98編』P.54より要約)


メイド服のデザインは「アンナミラーズ」の制服の影響を示唆しつつ、19世紀当時に調達可能な素材を考慮。さらに1996年の『殻の中の小鳥』製作後に参加したコミケで、「同ゲームのメイド服を自作したコスプレイヤーと会話をした」との記述。
(『遊べる!!美少女ゲームクロニクルPC98編』P.61-62より要約)


栄夢:うちらが当時、2か月ぐらい調べに調べて出た結論が、コスチュームジャンルとしての世の中のメイドさんのイメージは、喫茶店の女給さんに対するウェイトレスさんのイメージなんです。

(『遊べる!!美少女ゲームクロニクルPC98編』P.61より引用)

「制服・コスチュームとしてのメイド萌え」が同人で既に育まれており(新井氏の同人誌)、制服デザインに制服ブームの影響がありつつ(アンナミラーズへの言及)、同人コスプレが存在した点(上記引用コメントと、コスプレイヤーとのやり取り)も含め、先に速水様が指摘されたように、『殻の中の小鳥』は「制服ジャンルのメイド」というコンテクストを織り込んでいたと考えられます。

アンナミラーズで制服を (双葉文庫―POCHE FUTABA)

著者/訳者:森 伸之

出版社:双葉社( 1998-05 )

文庫 ( 190 ページ )


これが、アンナミラーズが流行した時期に記された本で、イメージの参考になるでしょうか。

アメリカ的なフレンチメイドと、日本の制服ジャンルとしてのウェイトレスの融合が図られたことは、旧来の「メイド」(館で働く職業)イメージとの異なりを示すもので、新井様が思い描かれた「ロングスカート」からも離脱しました。(※余談ですが、『殻の中の小鳥』の制服は青いですが、当時のPCゲームは16色しか利用できなかったため、メイド服に「黒」が使えなかったとのことです)

2-3.アメリカ経由のSMによる「概念化」

『殻の中の小鳥』に制服として取り込まれたフレンチメイド・デザインと、ゲームの企画として盛り込まれたSMは親和性が高いものでした。

広範に日本のメイド・イメージ全体を考察される墨東公安委員会様は2006年時点で、日本の初期イメージで形成されたメイドはSMの文脈を持ち、SMを発展させたアメリカの影響を受けていると明示されました。イギリスで生まれたフレンチメイドは、アメリカで発展を遂げたSM文化と融合して日本に輸入されたのではないかと。

(前略)もう一つは、崩壊していく主従関係をパロディ化することで、現実と異なる夢の世界に遊ぶというものです。フレンチ系はこちらに属すると考えられます。というのも、「フレンチメイド」という言葉の発祥は、バーレスクという諷刺喜劇(古典をパロディにしたりする)にあるそうで、1880年代(ヴィクトリア時代末期であることに注意)に確立されたバーレスクの衣裳というのは、露出度の高いえっちなものであったといいます。流石に当時は全部脱いじゃうと捕まるので、ミニマルな衣裳であったようです。しかし、バーレスクは1930年代になるとただのストリップに堕してしまったとか。

 が、一方で1930年代になると、ラバーやらレザーやらの加工技術の進歩を受けて現代的なボンデージ衣裳が登場し、SM文化が開花するに至ります。鞭打ち趣味はそれ以前から(諸説あるようですがヴィクトリア時代に行われていたのは確実)売春宿などで行われており、これらが融合してご主人様(女王様)―奴隷(メイド)のプレイスタイルが形成されてきたのでしょうね。(後略)

メイド徒然話~スパゲティ理論本論(2)2006/06/05:筆不精者の雑彙)より引用


 ではそれが如何にして日本に浸透してくるのかといえば、以前に「今週の一冊」第67回で紹介したことのある北原童夢『フェティシズムの修辞学』という本に拠れば、アメリカで 1946年に発行されたボンデージ雑誌を日本の雑誌が転載したことがきっかけだそうです。フレンチメイドの発祥はヨーロッパですが、密やかな遊びだったそれを広く発展・普及させた功績はアメリカにあるようです。

メイド徒然話~スパゲティ理論本論(3)(2006/06/06:筆不精者の雑彙)より引用

フレンチメイド服と、「御主人様(Master) & 奴隷(Slave)あるいは従者(Servant)」という主従関係の概念は、SMの影響を受けたアメリカに既に存在したメイド・イメージだったという墨東公安委員会様の指摘が、『殻の中の小鳥』の構成要素に見られました。「館に仕えるメイド」も、こうしたSMの影響を受けた描写が見られましたが、構造が異なっていた点を、鏡塵様は2002年の同人誌で指摘されます。

――個人的意見としては『殻鳥』以降のメイドさん登場作品はコンテクストから遊離する傾向が強いように思われます。これは、ひょっとすると本来担うべきではない役割をメイドさんが作中で(ある種安易に)担わされたことの影響かもしれません。すなわり、主従関係という一軒明白な特徴が強調されることで、彼女らは職を追われ、閨房に幽閉されることになってしまったのだと思います。

結局のところ、現在のメイドさんという存在はメイド服という記号によって分節されるという一点のみが規定要件であり、そのほかのコンテクストは最早必要とされなくなっているのかも知れません。(後略)

同人誌『MAIDSERANTLOGY REFERENCE』P.86-87より引用

そして鏡塵様は2010年にメイドブーム全体を振り返り、私同様に2007年刊行の『殻の中の小鳥』製作者インタビューを読むことで、違和感の由来を「デカダンスや反文学性の欠如」だと語られました。(訳者名が本当にペンネームなのか気になるところです(2010/12/17:アルクトゥルスの25度下)

「ヴィクトリア朝のエロチカ小説」という「館モノで描かれたメイド(職業寄り)」のイメージが、同じヴィクトリア朝に発展したフレンチメイドとアメリカで発展したSMという「コスプレと精神的主従関係(非職業寄り)」に転換しているものの、源流を同じくするヴィクトリア朝を背景とする世界で行われているので、相違が非常に見えにくいというのでしょうか。私は『遊べる!!美少女ゲームクロニクルPC98編』の製作者インタビューを読まなければ、この着想を明確にしきれませんでした。

そして、このゲームで主人公は「メイドと当事者として直接向き合う」関係性を得ました。それ以前にも同種の構造はありましたが、ゲストか雇用主という関係性も含みました。しかし、『殻の中の小鳥』が提示した主人公とメイドとの関係性は、「調教」を前提に成立するSMの中に存在していました。その点でも、「メイドを見る眼差し」として、大きな転換だったといえるでしょう。

本テキストではその点で、『殻の中の小鳥』はメイドを「服飾化=フレンチメイド化」し、「master & slave」という「概念化=メイドとの主従関係」を強め、いわば「誰でも、メイド服を着るか、主従関係を演じればメイドになる」構造(=主人公をSMにおけるmasterにも位置づける)を持っていると考察しました。

2-4.「館に仕えるメイド」文脈からの離脱

それまでのゲームは「館モノの中でSM的要素(調教・お仕置き)」を含みましたが、『殻の中の小鳥』はそれを主眼とするゲームとして作られました。調教ジャンル自体、独自の発展をしていました。1992「恋愛をシミュレートするという発明」 -美少女ゲーム年代記によれば、当時大流行した恋愛シミュレーションゲーム(パラメータを変化させる一般ゲーム『プリンセスメーカー』からの派生形)から「恋愛」を抜き取った「調教もの」が進化し、『殻の中の小鳥』はこの系譜に属しました。

『殻の中の小鳥』発売の1996年・年間推計売上ランキングデータを見ると、10位、06位、03位と、1996年の上位10個中3つ(うち2つはメイド表現含む)がSM・調教ゲームでした。(1996年 〔売上順位〕-美少女ゲーム年代記) 他のメーカーによる「メイドを主役にした」後続作品も、「SMの中のメイド」が目立ちました。

1996~1998年の間にメイドを扱ったタイトルを集め、どのような作品だったのかを調べました(メイド特集が組まれた『メガストア』2009年06月号と、発売日データなどを集約するwikiナモナキwikiを参照。完全なデータではないかもしれませんが、参照程度に)が、ほとんどはこのSM文脈の作品でした。

1996年12月 拘束 淫爛授業 下巻 メイド達の仕事
1997年03月 雛鳥の囀
1997年04月 メイド物語
1997年05月 To Heart
1997年06月 奴隷婦(カセイフ) ~SEXメイド~
1997年07月 拘束~悦びの淫液~
1997年10月 無垢 弐 にくきゅう
1997年10月 Piaキャロットへようこそ!!2
1998年09月 縛(ばく)
1998年10月 彼女はメイド
1998年12月 MAID iN HEAVEN~愛という名の欲望~
1998年12月 メイド育成館
1998年12月 サナトリウム

SMゲームの持つ調教や身請け(借金での隷属化)の概念を含んだ『殻の中の小鳥』は「SMジャンルの中」に追随者を生みました。この「借金」を媒介とする関係を藤本由香里「少女マンガのセクシュアリティ ~レイプからメイドへ~」(後半)では、レディースコミックでも見られる構造と似ていたことや、身請けして「メイド服を着る」境遇に重ねて「芸者」との表現したりと、メイドブームを考察しています。

調教主体のSMゲームの持つ要素は、1990年代の成人向けゲームだけではなく、「ソフトSM」概念の認知(非日常性の演出を行うプレイの一種として。羞恥プレイや緊縛や、精神的繋がり重視の関係性。擬似的主従関係の構築も)のトレンドもあったのではないかとの見方を、森瀬様は示されます。(『メガストア』2010年09月号エロゲー人の基礎知識 「S&Mパラダイス」)

1998年の『MAID iN HEAVEN』はこの過渡期の作品で、「館モノ」や調教モノが伴う暗さを排し、明るい雰囲気を持ち込みました。そして、『古びた洋館からワンルームマンションへ』(『メガストア』2009年06月号P.76)と描写されるように、日常生活にメイドさんの要素を持ちこみました。この表現、非常にわかりやすいものです。

SMの要素こそ残っているものの、ヒロインは「主人公の幼馴染」で、主人公の家に住み込んでメイドとして家事を行う設定を持ちました。wikipediaでは「ラブラブ」との言葉が盛り込まれていますので、ここでは『殻の中の小鳥』からのコンテクストの離脱も見られています。(wikipedia:MAID iN HEAVEN

SMの文脈からの離脱も、同時に始まっていました。「メイド」という概念と、「メイド服」という服飾の双方で、大きな変化を示す作品が2つ現れました。どちらも「メイドの作品」ではありませんが、1997年に発売された大ヒット作品です。

『To Heart』(メイドロボという概念を持つキャラクターの登場)、『Piaキャロットへようこそ!!2』(ファミレスを舞台にしたゲームでメイド服という服飾の採用)の作品内で、「メイド」の描かれ方は変化しました。


3.【考察】『殻の中の小鳥』以降に見るメイドジャンルに残されたこと

ここで少し立ち止まって、『殻の中の小鳥』から「日本のメイドさん」へどのように繋がるのかを考察します。なぜ他の作品ではなく、この作品だったのでしょうか?

3-1.「メイドゲーム」としての始まり

『殻の中の小鳥』はヒットし、続編『雛鳥の囀』やCD(『殻の中の小鳥 音楽盤』1996年)、アニメ化(VHSで1998~2000年)、小説化(1998年02月)など多面に展開しました。メイドの魅力に初めて目覚めるファンを生み出しました。

しかし、初めての「メイドの作品」ながらも、発売当初の市場は「顕在化」していなかったか、規模が小さかったようです。松坂屋百貨店様によるとPC98版が出た当初、特集を組んだ雑誌は『E-LOGIN』だけとのことであり、その特集を組んだ『E-LOGIN』1996年07月号でも、「前評判はそれほども出なかった」「発売後に評判を呼んだ作品」と評価しました。

1996年 〔売上順位〕-美少女ゲーム年代記では、1996年の年間ベスト10に入っていませんが、雑誌『E-LOGIN』1996年03月の”月別セールスTOP10″で『殻の中の小鳥』は1位を獲得、そして同年06~07月号で2か月連続の特集記事が書かれ(06月:ゲーム解説+キャラクターと背景紹介+製作者インタビュー:14ページ・巻頭2番目の特集、07月:4ページ)、発売後に編集部が注目し始めた様子をうかがわせます。

この『殻の中の小鳥』特集記事は「メイド」を強調したものではなく、作品性を取り上げるものでしたが、先述のように1995年の雑誌『電脳Beppin』でのメイド特集のようにメイド人気のトレンドは存在し、そこを引き継ぐ形になりました。特集が組まれた07月号で続編の告知もあり、勢いが感じられます。

館物とは関係なく、メイドさんが大好きなんだというユーザが増加し、やがて「メイドさんとあれこれする」ことそのものを主眼とする「メイドゲー」という新ジャンルを求める機運が高まった。

この潜在的需要を見事に捉えたのが、1996年にBLACKPACKAGEから発売され、口コミで大ヒットした『殻の中の小鳥』(現在はSTUDiO B-ROOMでシリーズ展開)である。

(『メガストア』2009年06月号「メイドさんパラダイス」P.74)

この端的な分析が、『殻の中の小鳥』がメイドブームへの「境界を越えた」点を語るものでしょう。

3-2.同人を盛り上げた『殻の中の小鳥』

メイドへの眼差しが強まったことで、「メイドと向き合う関係を考える」、つまりは「メイドとは何か」との問いかけも生まれました。当時のメイド(歴史的な職業としてのメイド)は未知の部分が多く、想像する余地も多様にありました。

『殻の中の小鳥』発売以降、同人ジャンルで同ゲームの同人サークルが増えたと速水様は述懐されました。製作者の新井様は『殻の中の小鳥』が、人の想像力を引き出し、自分の手を離れてメイドさんの形ができたと語られます。

新井:まぁ、「間違ったメイドさん」のフォーマットを作ったわけですが、メイドをテーマにして一番ありがたいのは、彼女らは基本的に小動物なんで、同情票しか入らないんですね。「そのメイド服は間違っている。でも、彼女らは仕方なく着てるんだよ。本当のメイドはこうだ」って勝手に補完してくれて。お陰様でその後8年をかけてメイドがすっかりジャンルになったので、私の出る幕なんかありませんよね。メイドが世の中に認知されて、愛されているならそれでいいじゃん、と。

ただ、あえて言わせてもらえれば、私が間違ったメイドさんを描いたことで、「これが正しいんだ」って間違いが世の中を席巻し始めた。「昔はこうだ、今だったらこうだ」、「メイドさんは、こういう人たちがいて、あぁいう人たちがいて」って、自分が知らない情報まで勝手に出てきて、メイドさんの形が出来た。

『遊べる!!美少女ゲームクロニクルPC98編』コアマガジン・2007年P.62より引用

この時期、『殻の中の小鳥』は同人誌即売会でオンリーイベントを行われるほど人気でした。オンリーイベントは、そのタイトルだけで同人誌を作るサークルが存在しなければ生まれません。同人サークル「松坂屋百貨店」様の活動履歴には、この時期の同人での創作・『殻の中の小鳥』とメイドを巡るひとつの歴史が垣間見えます。

感動的なほど、「メイド好き」を体現されている同人活動で、1997~1999年までの3年連続でオンリーイベント『小鳥達の囀』に参加されており、当時の熱気が伝わります。オンリーイベントではコスプレイヤーの方々も参加していました。特集記事「メイドさんパラダイス」では「コスプレメイド」の走りとなったと、影響の大きさが記されています(『メガストア』2009年06月号「メイドさんパラダイス」P.74)

作品のファンだけではなく、昔から「メイドを好きだった方々」も、メイド表現が増えていく流れの中で、「メイドを描いていいんだ」と気づき、発表の場を見出していったとも考えられます(これはコミケカタログで今後調べます)。

「補完する」「勝手に出てくる」との新井様の言葉は、「積極的な『コミットメント』を引き出す存在」にメイドを位置づけた『殻の中の小鳥』以降のトレンドを物語るようです。

3-3.メイドとは何かの問いかけと、創作・研究の余地

『殻の中の小鳥』以降、「メイド」が目に入る・意識になる機会が増えることでその位置づけをどうするか考え、多様な表現が生まれたのではないでしょうか。視界に入ったメイドさんをどのように位置づけていくのか、「主人とメイド」という関係を考える試みもみられました。

2000年に『ELYSION ~永遠のサンクチュアリ~』のシナリオを作られた藤木隻様は、同人サークル『制服学部メイドさん学科』に寄稿したテキストで、ゲーム制作前(1999年?メイドブームは既に生じている状況)のメイド資料の不足を述べられています。

そもそもメイドってなんなんだ?
そこまで戻って考えなければ、にっちもさっちも行かなくなってしまった藤木は、いつも利用する近所の図書館へ駆け込んだ。メイドさんに関する文献を漁るつもりだった。正しい知識を身に着けたものにこそ、神は微笑むのである。
だが無い。一冊も無い。
メイドさんを研究した本は図書館に存在しなかった。
ここで藤木は、ポンポンと膝を打って納得した。考えてみればメイドさんである。ご主人様にあんなことやこんなことをされる女の子が、図書館の本に載ってるわけがないではないか。
文献を探すとしたら『エロ』だ!エロ本コーナーだ!(典型的な誤解の一例)というわけで、探してみましたフランス書院。
だが無い。一冊も無い。
(中略)
藤木はこう結論づけざるを得なかった。『メイドさんは本に載っていない』と。
マンガで、アニメで、ゲームで、日常のごとく見かけるメイドさんたちは、ほんの一歩、フツーの社会に出たとたん、煙のように消えうせてしまうのだった。

(同人誌『Beyond the Century』制服学部メイドさん学科2000年 P.6-7より引用)

この時期でも「メイドさん」を専門に扱う書籍はなく、その後、藤木様はネットを通じて制服学部メイドさん学科様に出会い、そこから『殻の中の小鳥』に触れ、さらにその先の自分が欲するリアルさを求め、独自のメイド像を打ち立てていきます。

速水様と同じサークル『震空館』の竜次様によるメイドさんからみた御主人様との関係の分類では、「雇用系」「主従系」「その他(趣味系?)」と3分類し、それぞれ3パターンで9つの関係を考察されました。そして、多様な「メイドとの関係性」を考慮するきっかけとして、『ELYSION』を挙げています。

このゲームを紹介する竜次様の『ELYSION』はプレイすべしにあるように、この作品は主人とメイドの関係性をそれまでにない形でより宗教的な方向で「リアル化」し、キリスト教的関係の中でメイドを解釈して再構築する方向に進みました。

藤木様が自身のホームページで公開される『ELYSION 永遠のサンクチュアリ』README.TXTに収録された「用語解説」の改訂版で取り上げたい点は2つです。

  • 1.制服学部メイドさん学科様の同人誌の資料に基づいて職種別(キッチンメイドやハウスキーパー等の概念)のメイドをゲームに取り入れ、解説を行っていること。
  • 2.主人とメイドの関係を示す言葉として『ドミナス(ご主人様)=魂の繋がり』『マスター(旦那様)=物理的な繋がり』といった使い分け。

『殻の中の小鳥』以降、「主人とメイド」との関係を作品でどのように構築するかをクリエーターが考察した上で世界観を作る流れがあった一例といえますし、同人が知識として最先端だったことを示しています。藤木様のメイド解釈も記されたこの資料は、後に影響を及ぼした部分もあります。

「よく知っているけれども、実態がわからない」状況にこそ、「創作・妄想」する余地があります。何もわからないからこそ、何でも自由に描ける部分と、「分からないから、理解したい」流れです。制服学部メイドさん学科様や震空館様による歴史的観点での調査に留まらず、先述の松坂屋百貨店様も2001年から資料同人誌の刊行を始められています。


4.【破~離】「日本のメイドさん」に繋がる3つの変化

『殻の中の小鳥』の発表された時期以降、メイド・イメージの自由化が見られ、コンテクストから解放されたメイド作品が続きました。かわいらしい対象として「日本のメイドさん」を形造る流れです。個々の作品で表現されたイメージは他の作品に取り込まれるなど換骨奪胎を繰り返し、多様性を増しました。(メイドブームの終焉は「衰退」か、「定着」かにて、小説や映画が作り続けられる中で「設定・属性」が増えていく「吸血鬼」の表現に似ていると過去に指摘しました)

「メイド服を着た」存在で、「家事」も担う。あるいは、家事からも切り離される。「明るい雰囲気」でメイドを描く作品が増えていく過渡期を示す例として、3系統の作品を取り上げます。(この3つの視点での分類は、森瀬様のアドバイスで絞り込み・明確化を行いました)

4-1.制服ジャンルとの融合と「かわいい」化

「制服ジャンルの中のメイド」が成立した同時期の影響も『殻の中の小鳥』には散見されますが、その「メイド服」のイメージを制服ジャンルの中で強く確立したのが、『Piaキャロットへようこそ!!2』でした。このゲームを「メイドさんに触れた最初の作品」に挙げる方も多いかもしれません。

同ゲームはファミレスを舞台にした制服ブームのトレンドの中で生まれましたが、1997年の同ゲーム製作前には『E-LOGIN』誌上で読者投票により、制服デザインを決める投票があり、「メイド服」が選ばれました。メイド服は得票率30%を超え、DreamCast版の同2.5ではメインビジュアルがメイド服になりました(『メガストア』2009年06月号・「メイドさんパラダイス」P.75)

この作品で「メイド服を着る女性」にとって、従来の「館」や「主従関係」はまったく関係のないものでした。さらに、『Piaキャロットへようこそ!!2』(1997年)の前作、『Piaキャロットへようこそ!!』(1996年)は、成年向けゲームに「かわいらしさ」を求める流れを象徴する作品だったと、wikipediaに記述がありました。

オタク文化と呼ばれる文化の一翼を担いメディアミックスも活発になっていく。こうして純粋に性的興奮を目的としたアダルトビデオ等とは異なる道を進むようになる。

この流れを作った初めの作品は『Piaキャットへようこそ!!』(1996年 カクテル・ソフト)である。ゲームシステムは『ときめきメモリアル』の簡易・縮小版とでもいうものであったが、徹底して美しさ・エロさより可愛らしさを追求したキャラクター作りと等身大のラブストーリーが話題を呼び、翌1997年に発売された続編『Piaキャロットへようこそ!!2』で10万本以上の大ヒット作となった。この作品の人気は後に秋葉原から始まったオタク文化の代名詞的存在、「メイド喫茶・コスプレ喫茶」のアイディア母体にもなっている。

wikipedia:アダルトゲーム:1990年代後半より引用

さらに、『Piaキャロットへようこそ!!2』の10万本以上という大ヒットのインパクトは、この作品で初めて「メイド服」に出会う人の増加を意味しました。「第2期メイドブーム」(制服からメイド喫茶への流れ)で詳細を扱いますが、ここで語られる「メイド」は、「かわいらしくデザインされたメイド服」をより広範囲に届け、1990年代のメイドブームに与えた影響として最も大きいと考えられます。

4-2.日常生活とメイドロボ:『To Heart』(1997年)

たとえば『エヴァンゲリオン』以降、男性のオタクたちのあいだでもっとも影響力があったキャラクターは、コミックやアニメの登場人物ではなく、おそらく『To Herat』のマルチである。

『動物化するポストモダン』東浩紀/講談社現代新書P.112より引用

『To Heart』に登場する「マルチ」は、20世紀末を代表する圧倒的キャラクターでした。このゲームは「メイドの作品」ではなく、マルチはメイド服を着ていませんが、一般家庭向けに家事を担うメイドロボとして開発された存在です。同ゲームにはメイドロボ「セリオ」も登場しています。

マルチを「メイド」として意識するかは、人によって大きく異なるようですが、「一般家庭に入り込んで、家事をしてくれる」メイド・イメージが、この作品には見られました。そして、マルチは、「ドジっ子」でもありました。これはメイドが「ドジ」をしてもよくなった転換点(館モノでお仕置きを受ける構図からの脱却)だと指摘されています。(『メガストア』2009年06月号・「メイドさんパラダイス」P.75)

メイドロボという概念自体はそれまで存在しましたが(速水様のご指摘では1994年『機械仕掛けのマリアン』。1996年の格闘ゲーム『わくわく7』でもメイドロボを確認)、『エヴァンゲリオン』以降に多大な影響力を持つキャラクターが「家庭に住み込み、一緒に生活して面倒を見てくれる」概念を持ったことは、見落とせない要素です。

「メイドロボ」は「一般家庭での日常生活に溶け込む」理由付けを持ちました。

4-3.非エロ化:『デスクトップのメイドさん』(1997年)

1997年には、「エロくない」メイドさん表現が商業で生まれました。『デスクトップのメイドさん』シリーズです。同作品はいわゆるデスクトップアクセサリー集で、デスクトップのメイドさん 紹介ページ(年刊コーム本 ようこそ~)を読むと、相当良いコンテンツだったようですし、様々な商品展開をしています。まなざしとしては、「かわいいメイドさんに癒される」ものでしょう。

はてなキーワードでは、「それまでエロティックな存在として描かれていたメイドさんをかわいらしく励ましてくれる存在として確立。」と評価するように、新しい「メイド・イメージ」でした。

壁紙に様々なイラストレーターの方を起用して「かわいいメイドさん」を描いた点、声優を起用した展開も先駆けています。声優ファン(中川亜紀子様、今井由香様、冬馬由美様、堀江由衣様)と、著名な声優の方を起用されているのもファンの拡大につながったかもしれません。(HEXA soft

デスクトップを飾る存在になり、デスクトップを屋敷に見立てて「掃除」する姿は「日本のメイドさん」の原型を成すひとつでしょう。(【宿題】売上本数や影響力の可視化は可能であれば行う)

1997年 デスクトップのメイドさん 第1巻メイファン
1998年?デスクトップのメイドさん 第2巻シンディ
1998年 デスクトップのメイドさん 第3巻 アニエス
1998年 デスクトップのメイドさん ”House Keeping Operation”(ドラマCD)
2000年 デスクトップのメイドさん スペシャル
2000年 デスクトップのメイドさん 音楽館(BGM集)
2001年 デスクトップのメイドさん 第5巻 ロッテ
2003年 デスクトップのメイドさん Trilogy Pack


【離】5.「日本のメイドさん」確立へ

「メイド」は表現様式の自由さを増し、これまでに解説した方向すべてが重なり合いながら、一つの大きな流れとなりました。特に、服飾化、非エロ化はユーザー層へのメイドイメージの転換も行って、新しい入り口となりました。それぞれの系譜の作品が続くことで入口を多面的に担保しつつ、【離】として「日本のメイドさん」の方向に進み、一般作品(全年齢)にも進出し、1999年には「メイド服を着た、かわいいメイドさん」が確立していきました。

こうしたトレンドに加え、「メイド表現の場」が出来上がって見えてくることによって、「メイドブーム以前からメイドが好きだった方たち」の舞台が広がりました。1999年刊行の「メイドさん」を代表する作品『まほろまてぃっく』1巻で、作画・ぢたま某様の巻末コメントには「世の中、右も左もメイドメイドの昨今」と当時の状況が記されています。プロ漫画家の目線では、1999年段階には「メイド」作品が流行していることがうかがえます。

5-1.メイドさん漫画と戦うメイドさん・イメージ

この時期に目立つ一般向けコミックスのメイド・イメージは「戦うメイドさん」です。コミックスの刊行ではその名の通り『戦うメイドさん』(1998年05月)、『サライ』(1998年07月)、『まほろまてぃっく』(1999年09月)、『花右京メイド隊』(1999年)と、戦う路線を盛り込んだメイドさんを軸に作品が作られています。

「戦うメイドさん」も今の日本では欠かせないひとつのメイド表現で、その存在を際立たせたのは『BLACK LAGOON』(2001)のロベルタですが、日本でなぜこの系譜のメイドが発展したのか、メイドに詳しい方とお話した際に、次のようなコメントを頂きました。


@kuga_spqr 戦うメイドモノというのは、物語の脇役になってしまうメイドという存在を、どうやって物語の中心に据えるかという思考実験ともいえます。現代社会にはどうしてもメイドは馴染まないのですけど、他の要素(ボディガード等)と組み合わせることで存在意味を持たせるわけですね。

「物語の中心に据える思考実験」とは言い得て妙で、「メイドさん」を巡る表現の流れを端的に示されています。「視界に入るようになったメイドさん」をどう物語に据えるのか? メイドさんの「主従関係・忠誠」「身辺で世話をする」イメージからも、「常に傍にいて身を挺して守る」戦闘系メイドさんのイメージは重なり合うものです。

※2011/02/05追記 日本には「戦闘美少女」という系譜があり、「戦闘メイドさん」はそちらのトレンドからの流れとして見ることも必要かもしれません。「戦闘美少女」の概念は『戦闘美少女の精神分析』(斉藤環・著、ちくま文庫)を参照。

5-2.「メイドさん萌え」へ:『リトルMyメイド』(1999年)

「メイドの作品」や「メイドが出る作品」に家事をする描写が生まれる中、「メイドの作品」として純粋に「メイドさん萌え」を成人向けゲームで体現したものが現れました。同人からメイド表現を始めてプロとなった、このジャンルに精通する観音王子様と貴島吉志様の2006年対談では、『殻の中の小鳥』以降の「メイドさんを所有物のように扱う」流れを破る作品として、『リトルMyメイド』(1999年)の名を挙げます。

貴島
(前略)メイドさんというのはあくまで、所有物のように扱われていた。身近なものと言うよりは、そこに主人公が何かを求めてやってくるというような状況ばかりだった。しかし、このどん詰まりを、力技で打ち破ってしまった革新的なタイトルが出てしまいます。99年3月です。

観音
『リトルMyメイド』(※8)でございますよ。
これは何が凄いってね、浦島太郎とリトルマーメイドとメイドさんを合わせちゃってね! 何でもござれ! ってな感じ。

貴島
直球過ぎるよね。何のひねりもねーだろと。
舞台となる屋敷が「竜宮館」だよ? 考えることを止めるよ!

観音
(爆笑)いいセンスしてるよね。

貴島
でも、この、考えることを止める、というのがポイントでもあると思うよ。

観音
ヒロインの鞠(※9)は、神だからね。

貴島
今でも神と崇め奉る人は多いよね。
散々これまで色んなメイドものが出てきているのに、未だに心のメイドさんベスト3に挙げる人のなんと多いことか。

(中略)

貴島
実際、これまでにもメイド萌えというのはあったんだろうとは思う。でも、それを本当に、素直に商品でやったのは凄いよ。
そんな『リトルMyメイド』と同じ時期、ちょうど同じ頃に出て来てたのが『まほろまてぃっく』(※14)。連載開始が98年12月で、第1巻の発売は9月。
メイドさんの誕生が、ゲームと漫画という、二大ヲタクメディアで起こってたんだな。

観音王子×貴島吉志 メイド対談 (2006/02:メイミクオフライン)より引用

注釈で「浦島太郎と人魚姫を足してそこにメイドさんをぶち込んだ、そのあまりに画期的すぎる設定は、まさに一周して戻って来てしまったんじゃないかと思えるほどの凄さ。」と絶賛する作品は、自由な発想の中で生まれえるものでした。

ここでも、同人との関連が指摘されます。上記対談の脚注にて、しかげなぎ様の同人でのキャラクターが、1999 年の『リトルMyメイド』に繋がっていると説明があります。また、しかげなぎ様はめいどさん雑記によると、1996年時点で既に商業誌にメイド漫画を描かれていたとのことでした。

5-3.完成形の一つ:『まほろまてぃっく』

『まほろまてぃっく』は、「メイドさん」としての要素を完成させた代表作品といえるものでした。私は「英国メイド」ばかりを見ていたので、まほろさん(安藤まほろ)に触れるのがかなり遅かった方ですが、「若い頃に出会っていたら、きっと満足して研究していなかったかも」と思えるキャラクター造形です。

作品自体、素晴らしいものです。

・ぢたま某さんの絵がかわいい。
・メイド服のデザインもいい。
・メイド服で日常生活に溶け込んでいる。
・家事ができ、しっかりしている。
・家事の描写も多い。
・でも、完璧ではないし、いろいろと個性も多い。
・メイドロボ的な要素(アンドロイド)
・戦闘系メイドの要素も組み込んでいます。
・名言「えっちなのはいけないと思います!」
・保護者→母・姉のように見守る→恋人→運命の人という展開。
・ストーリーもいい。

まほろまてぃっく (1) (ガムコミックスプラス)

著者/訳者:中山 文十郎 ぢたま某

出版社:ワニブックス( 2006-06-24 )

コミック ( 152 ページ )



まほろまてぃっく Blu-ray

販売元:ジェネオン・ユニバーサル( 2009-12-23 )

時間:300 分

3 枚組 ( Blu-ray )


まほろさんについて、先述の対談で貴島吉志様は『河原崎家の一族』、観音王子様が『To Herat』マルチの影響をそれぞれ推測されますが、さらに貴島吉志様は「メイド服」の変化にも触れられています。

そういえば『まほろまてぃっく』も、『リトルMyメイド』も、どっちもスカートの丈が長いね。

社会的に認知された萌えメイドの起源は、『殻鳥』からのビジュアルの流れに対して、明らかに反発してる。

観音王子×貴島吉志 メイド対談 (2006/02:メイミクオフライン)より引用

『殻の中の小鳥』の制服はアンナミラーズやフレンチメイド系の影響を受けて「短いスカートのメイド服」でしたが(※)、1999年の「萌えメイド」は「スカートの丈が長くなって」いました。2008年刊行のメイド喫茶研究本『メイド喫茶で会いましょう』では、「オタクたちが愛するメイド」の起源として、このまほろさんを挙げています。

※2011/01/30 Twitterにて森瀬様と貴島様からご指摘いただきました点を追記いたします。

@kuga_spqr <『殻鳥』からのビジュアルの流れに対して、明らかに反発してる。>とありますが、『続編』『渡り鳥』のメイドたちの中でも上位のキャラクターはスカートの丈が長いということを指摘させていただきます。(流れ的に異なる話かもしれませんが) http://twitter.com/Molice/status/31352504860016640 @Molice 「雛鳥」にはまだロンスカメイドいないんですよ。クレアとリースが色違いのシックな緑色なのと、メイのキャラ性に少し「っぽさ」を感じられる程度です。「宿り木」は2003年作品だけあって明らかにそこまでの流れを受けた感じはありますね。 http://twitter.com/kissc/status/31359677736423424 @kuga_spqr @kissc 正確にはセミロングスカートですね。>『雛鳥』クレア&リース。が、プレイヤー主観(僕的にも)ではロンスカでした。何しろ膝下は画面に全く出ない。新顔メイドとの差異(無論デザイン・色もそうですが)が「スカートの丈の長さ」ということは注目に値します。 http://twitter.com/Molice/status/31524320463290368

『まほろまてぃっく』は2001年と2002年にアニメ化し「メイドさん」という要素が持つべきものをほとんど備え、後の「メイドさん」イメージに多大な影響を与え、「メイドさんの一般化」にも広く貢献したと考えられます。

ただ、この第1期メイドブームの段階ではコミックスの連載が始まったばかりで、アニメ化してより広い範囲に普及して「メイドブーム」を牽引するのは、2001年以降だったと考えられますので、第3期メイドブームの文脈で話します。

5-4.アニメへの進出

ある程度の広がりが見え始めたとはいえ、この時期のメイドを描いた作品はまだそれほど多くありません。ただ、一般向けの作品として、ヒロインがメイド服を着たアニメに『鋼鉄天使くるみ』(1997年)と、HAND MAID メイ(2000年)とが初期の作品として指摘されています。wikipedia:Category:メイドを題材とした作品

前者は原作のコミックスが1998年に刊行されておりますが(連載は1996年末?)、wikipediaの記述では次のように記されています。

鋼鉄天使のくるみとサキは特段の理由もなくメイド服を模した衣装を着用しており、アニメ版はメイドものアニメのはしりとされ、後の同種のアニメに影響を与えた

wikipedia:『鋼鉄天使くるみ』より引用

「メイド服」が登場するアニメはかなり多いので別途記しますが、「メイドさん萌え」という系譜が成立しつつありながら、「メイド服はかわいい」と単体で服を見るまなざしが存在した(と思える)ことは、この後に記す第2期メイドブームで触れます。

後者はメイドロボット・住み込みの系譜です。今のところ私の調査が十分ではないので、コミックスとアニメへの進出は再度、整理します。

5-5.一般向けゲームとコンシューマー機への移植

『殻の中の小鳥』と同じ年に出た一般向けゲームにもメイドさんの姿が見えます。時系列的には2月発売の『殻の中の小鳥』が早く、影響を与えた可能性も考えられますし、元々「館・メイド」を好む雰囲気は存在したので、どのような影響で生まれているのか興味があります。

1996年の育成・恋愛SLG『エターナルメロディ』(1996年:速水様のご指摘では既に「メイド」として衣装・行動様式が確立していたとのこと)と、格闘ゲーム『わくわく7』(1996年:初出はアーケード)には、メイドさんが存在しています。ちなみに、私はセガサターンの『慟哭 そして…』(1998年)で、メイドさんに接したのを思い出しました。(キャラクターデザインは『河原崎家の一族』の横田守様)

コンシュマー機に「成人向けゲーム」が移植されることもあり、これも「メイドブームを起こした作品」の一般化に影響したと考えられます。(たとえば『To Herat』と『Piaキャロットへようこそ!!2』など。参考までにセガサターンのゲームタイトル一覧を)


6.第1期メイドブームのピーク:1999年

第1期メイドブームのピークは作品数やラインナップ、そして後の時代に続く「日本のメイドさん」イメージの形成を見る限り、1999年だと考えられます。『殻の中の小鳥』が出た後、SMの文脈を離れた「メイドの作品」の登場が続いたのも、1999年の『リトルMyメイド』以降でした。「メイド服」軸でも、メイド喫茶の原型となるイベントの開催やコミケでメイド服ブームが生じるなどの出来事がありました。

1999年は、日本でインターネット普及がし始めた最初の頃ともいえ、そうしたトレンドもメイドブーム(メイドイメージの共有・拡散)の流れに一役買ったとも考えられますが、メイドブームの周辺環境を見ていきましょう。

6-1.強力なリメイク作品

1999年までに、コミックス、ゲームなどでメイドを扱う新しい作品が登場しましたが、それに加えて、ブームを築き上げた強い作品が1999年に「リメイク」され、市場に顔を見せていました。

ひとつめが『殻の中の小鳥』と『雛鳥の囀』の2作品です。1999年に『雛鳥の囀with殻の中の小鳥』として製作されています。人気があればこそです。

マルチが登場する『To Heart』も、1999年にはプレイステーション版が発売し、アニメ化しました。限られた領域のコンテンツが一般向けのコンシューマー機への移植、地上波でのアニメ化をする中で、地道に裾野を広げていった影響は無視できません。

6-2.「メイドモノ」のリメイク作品増加=Windowsの普及

リメイクは、上記作品に留まりません。成人向けゲームのリストを作っていたところ、冒頭の『黒猫館』と類似した事象があったからです。それは、PC98(DOS版)から、Windows3.1~95への過渡期という時代性を反映し、昔の作品が「新しいOSに対応した作品」として次々とリメイクされた点です。

今回、作った「メイド」を扱う成年向けゲームのリストです。色塗りはリメイク作品です。

年表を見ていくとメイドブームが盛り上がって新しいイメージが増えるのと同時期に、「館に仕えるメイド」を代表した作品もリメイクされました。「メイドがいる作品」と「メイドの作品」両方に接する機会は増えていました。

パソコン所有世帯率も増加傾向でした。単身世帯を含む世帯では、1995年16.3%の普及率が、1999年37.7%に倍増以上です。参考資料とした図録パソコンとインターネットの普及率の推移を見る限り、メイドブームとしてピークを迎えていく1999年には、「新しいOSのパソコン」に向けた、「新しい市場」が存在したと考えられます。

6-3.雑誌による「メイド・イメージの共有」

「雑誌」も、ゲームを買わない人への「イメージ共有」に役立ったと考えられます。その昔、エロゲ雑誌が10万部以上発行されていた時代があってね…(2010/05 /32)を見ると、1994年のデータがある年以降の推定発行部数は、右肩上がりで急成長しています。

1993年『メガストア』創刊号は9万部、1996年にはパソコン雑誌の刊行で強かったアスペクト(アスキー系列)が増刊で作った専門誌『E-LOGIN』を月刊にし、10万部を売り上げるなど、市場自体は上昇トレンドを示すものでした。

そして、より数多くのユーザーを持つ「コンシューマー機への移植」という同時期の現象は、ゲームの認知度向上に寄与した可能性があります。私の友人曰く、当時『Piaキャロットへようこそ!!2』は相当人気が出たようで、一般向けゲーム雑誌内の「セガサターンへの移植を望むタイトル」的な特集に登場していたと語りました。

コンシューマー般向けのゲーム雑誌の発行部数は、成人向けゲーム以上だったと考えられます。(特に週刊誌・ファミ通・1990年代のデータは見つけられず) 移植したニュース、「移植を希望するランキング」記事によって、読者はゲームやキャラクターのイメージに接したことでしょう。さらに雑誌でパソコンゲームの存在を知り、ユーザーが成人向けゲームに流れる動きもあったかもしれません。

最後に、イメージの共有で言えば、私は時々、『Piaキャロットへようこそ!!2』で「メイドを知った」とのお話を伺います。冒頭の速水様のお言葉をお借りして言うならば、それは「PC版か、PC-FX版か、セガサターン版か、アニメ版か、同人誌か、イラストサイトか、コスプレか、雑誌か」。「メイド」という言葉が多様であるように、人気のある作品は多様な形で消費され、イメージの拡散にも繋がったことでしょう。



仮説レベルですが、ネットサービスによるイメージの形成や共有(2011/01/28)に、インターネットの普及とその当時のメイドをめぐる表現についての考察を書きました。


7.残課題

7-1.同人ジャンルとメイド表現者のルーツ

1990年代、特に前半の同人におけるメイドジャンルのトレンドはあまり見えていませんので、今後調べます。制服ジャンルとしてのメイドは「カフェ・レストラン」のメイド服と、「創作上のメイドさん」、どちらが主流だったのでしょうか。

とはいえ、両方には重なりも見られます。松坂屋百貨店様は制服同人誌を刊行され、制服学部メイドさん学科様の同人誌で「メイド服らしいデザインの喫茶店」に言及があるなど、初期のメイド愛好家の間では、どちらが先か分かれるにせよ、「メイド服」への眼差しが存在していました。

『殻の中の小鳥』の新井和崎様自身、1996年に『メイドさんの基本形』という同人誌をゲストを招いて製作し、同人の場でメイドを題材にした作品を描く活動をされています。その時点でメイドを好きだった方たちのルーツに興味はありますし、『リトルMyメイド』しかげなぎ様のように、同人誌をベースに商業ゲームが生まれる出来事もありました。

『エマ』を描かれた森薫先生もメイド表現の流れを理解する上で欠かせないプレイヤーです。それまで「メイドさんが分からない」とされてきた創作表現の中で、「職業としてのイギリスのメイド」を主役とし、仕事の詳細含めた日常描写を行ったからです。また、メイドさんオンリーの同人イベントも主催され、表現の場所を自ら作られていたとのことです。

その辺りを含めた同人ジャンルの話は再度、切り分けて行います。「メイドブーム」の揺り籠としての同人の役割は『コスチューム・カフェ』『帝国メイド倶楽部』、そしてメイドオンリーイベントの歴史を踏まえて考察するつもりです。

私が同人ジャンルを軸にしているのは、私が同人ジャンルに属するので、「先祖の歴史を理解したい」ことによるものです。他の軸で同時代の表現を見る余地は十分にありますが、手が回らないので関心領域を絞っています。

7-2.同人ジャンルのオリジナル作品とメイド表現

これは同人をベースにする私にとっての興味です。

同人のオリジナル作品の中で二次創作を生んだ代表的人気作品は『月姫』、『ひぐらしのなく頃に』、『うみねこのなく頃に』、そして『東方Project』です。このすべての作品に、「メイド」は登場しています。

1999年には、奈須きのこ様と武内崇様による同人ゲーム『月姫』の告知や体験版の配布が行われています。この作品には和服・洋服に身を包んだ双子のメイドが登場しました。

イラストを描かれる武内崇様はメイド好きとしても有名です。後にTYPE-MOONとして商業展開して製作された『Fate/stay night』(2004)で侍女、続編『Fate/hollow ataraxia』(2005)ではメインキャラクターがメイド服で登場したり、『月姫』の二次創作に進まれた制服学部メイドさん学科の主宰・阿羅本景様がシナリオで参加されるなど、メイド軸で見ると面白い繋がりも見えます。

ここからは駆け足となりますが、『月姫』では「館のメイド」や「日本のメイドさん」が合わさって描かれていたのに対し、『ひぐらしのなく頃に』では「メイド喫茶的コスプレと、概念としての理想的なメイド」が融合し、メイドが好きなキャラクター・入江が存在感を発揮しました。一方、『うみねこのなく頃に』では「館と家事使用人」(職業)と変遷しています。同様に一大ジャンルとなった『東方Project』シリーズでもメイドが登場していますが、「日本のメイドさん」的イメージになるでしょうか。

いずれにせよ、メイドを軸としたジャンルは、様々な作品にメイドの登場機会が広がっていく中で、オリジナルでのメイド表現のサークル数を減らしていっているのも、興味深いところです。これもそのうち、数字を調べます。

7-3.メイド服を軸とした第2期メイドブームとの関係性

1996年から1999年までには「日本のメイドさん」というメイド表現の自由化・明るい方向を代表する作品が登場していますが、同時期の(主従関係といった概念と切り離された、服飾としての)「メイド服」を巡るトレンドも無視できません。

今回は2回に分けて「概念」と「服」を軸に見てきましたので十分に描けませんでした。次回にきちんと扱うつもりですが、メイドブームの影響でメイド(デザインの)服を採用した1997年『Piaキャロットへようこそ!!2』に代表される、「制服・ウェイトレス」(店員の女の子が着る制服)ブームで形成されたイメージや考え方も、「日本のメイドさん」イメージに影響したのではないか、との疑問を私は持っています。

私は確か、1999年か2000年ぐらいに、大正時代っぽい服装の制服同人誌を買いました。歴史資料を期待した表紙買いでしたが、それが制服ジャンルでは有名な「馬車道」の同人誌でした。私は、「馬車道」を知りませんでした。

一例ですが、雑誌やウェブや描かれたイラスト、コスプレされた「メイド服」を見た際、一見して「概念としてのメイド」なのか、「服飾としてのメイド服」なのか、区別がつかなくなります。女性の目線として、「メイド服はかわいい」「ゴスロリとの親和性」「フリルがアイドル衣装っぽい」などの話も聞きます。

萌え属性として描かれる「メイド服」はメイド・イメージを反映したものか、それとも、「メイド服」から、「日本のメイドさんイメージ」が作られた部分はあるのだろうかというのが、引っかかっています。

メイド服を軸に照らし直すことが大切に思えるというところで、第2期メイドブームに続きますが、私が得ている情報は極めて少ないものですが、まずは私が持ち得る情報を公開し、その上で視点を補っていただきながら、よりメイドブームの実態に迫るアプローチをできればと考えています。


8.まとめ

第1期メイドブームを3行でまとめると次の通りです。

【守】『黒猫館』に起因する「館」と「館に仕えるメイド=職業」の構図が、
【破】『殻の中の小鳥』以降、表現が自由化・多様化し、
【離】明るい「日本のメイドさん」化(創作主体)が進んだ。

別の3行でまとめると。

【守】「館に仕える」メイド
【破】メイド服という「服飾化」と主従関係という「概念化」
【離】「日本のメイドさん」(職業orメイド服化:まほろさん的)

「日本の(非実在・創作上の)メイドさん」が日本で生まれえたのも、「メイドさんについての知識がほとんどなかった」ことで想像の余地があり、創作を主体に換骨奪胎して表現として貪欲に変化させる土壌(表現の自由度が高い成人向けゲームと、広い裾野の同人、そしてマンガ家や小説家が多い環境)ならではないのかと思う次第です。

一度、表現が世に出れば、それが他の方に目に入り、「あ、メイドさんで表現をできるんだ」との安心感も広がったと思います。

メイド服を見てどう思うかは、日本で「メイド」との言葉で何を連想するかに依存していますが、少なくともこの当時は、まだ「職業としてのメイド」や「創作上のメイドさん」がイメージされるもので、「メイド喫茶」はまだ生まれていませんでした。

このボリュームで第2期メイドブームを書けるとは正直思えませんので尻切れトンボになるかもしれませんが、あくまでも主軸は「メイド表現」(どんな表現があったか)なので、そこは忘れないようにします。


9.あとがき

9-1.終わりに

私が観測できたのは輝きが強い星であって、すべてではありません。このテキストは星を観測して星座を形作るようなものですが、星座というイメージも地域によって違いますので、星の観測者や星座の描き手が増えて欲しいなぁと思う次第です。

ここまで書いたので、あとはウェブにいろいろと委ねたいと思います。

今回の考察は、私と同じかそれよりもずっと以前から同人活動を始められたり、メイドを愛好される方々のテキストを典拠としています。引用できる箇所は短く、また断片的でもありますので、引用先の本文もお読みいただき、より多様な視点や「語られるメイド」の姿を感じていただければ幸いです。

語り手の数だけメイド・イメージがあればこそ、メイドはブームを引き起こせたのだと思いますし、これだけの語り手が語ってもなお尽きない存在であるともいえますし、今もなお、作品は生まれ続けています。

本考察は私の友人(実は『Piaキャロットへようこそ!!2』や2001年に最初に生まれたメイド喫茶に行っているなど「メイド服」観点の持ち主)や、「メイドさん」の愛好家で知られる酒井シズエ様、そして森瀬様にも読んでいただきながら方向性を整理しました。また、これまでにお会いした方々や、Twitter上で議論をしたり、視点を下さったりしたことも助けとなりました。その点を銘記して、感謝の言葉とさせていただきます。

今後、本テキストに修正を入れることもあるとは思いますが、メイドブームの歴史を照らすものとして、またどこに情報があるのかを知る手段として、お役に立てば幸いです。ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

9-2.森瀬繚様への謝辞

本テキストは『殻の中の小鳥』、並びに同作品の製作者インタビュー記事(『遊べる!!美少女ゲームクロニクルPC98編』)に依拠するところが非常に大きいものです。同ゲームを製作されてインタビューに応えられた栄夢様、新井様、並びに対談を通じてのご両名が語られた濃密な情報をまとめられた企画・編集・執筆者の森瀬繚様、深く感謝いたします。

森瀬様はクトゥルフ神話研究家として名高い博覧強記な方でありつつ、様々なジャンルへの造詣も深く、メイドジャンルもそのひとつです。私が参考にした様々なテキストの存在やメイドにまつわる情報、メイドブームを巡る言説を通じて、多様な視点を私に教えて下さいました。森瀬様の活動がなければ、私はこのテキストを十分に書くだけの情報を得られませんでした。

本テキストで参考とした『メガストア』2009年06月号の連載記事「エロゲー人の基礎知識 vol.1 メイドさんパラダイス」を始め、同連載シリーズでは美少女ゲームで表現されてきた「メイド」「ウェイトレス」「妹」「SM」「女神様」など、非常に幅広い表現様式を解説するテキストを記されています。一般作品や同時期の状況を含めた考察も含んでおり、日本における創作表現に関心を持つ方の参考にもなること大きいと思います。

そして、2010年06月に刊行された『うちのメイドは不定形』というライトノベルで「クトゥルフとメイドさん」という作品を森瀬様は監修されました。「日本のメイドさん」表現の進化を知る作品であり、森瀬様のメイドジャンルへの造詣の深さを知る一冊です。

うちのメイドは不定形 (スマッシュ文庫)

著者/訳者:静川 龍宗

出版社:PHP研究所( 2010-06-10 )

文庫 ( 227 ページ )


9-3.引用・出典とする際の注意事項

仮に本テキストを「メイドブーム」考察のテキストや論文などで引用する際には、私が提示している引用情報・出典情報にアクセスして、自身の目で情報の確からしさを検証することをオススメします。私の解釈が正しいとも限りません。

現時点で入手しえる情報に基づいてテキストを書いていますので、新しい情報を学ぶことで内容が大きく変更される可能性もありますし、今後も同一の内容を保証するものではありません。


10.余談:1993~1994年に何があったのか?

余談です。

10-1.1994年・中島みゆきさん、メイドになる

歌手の中島みゆきさんは1994年の「夜会」『シャングリラ』で、マカオを舞台にした復讐劇を題材にし、その中で「メイド服」を着用していました。(『英国メイドの世界』でイラストを描いて下さった撫子凛さん経由) 芸能人がメイド服を着たインパクトがどれぐらいあったか、興味深いところです。

Google検索「中島みゆき メイド服」

制服の種類は、キャップに黒いドレスに白いエプロンで、いわゆる「クラシカル」です。私の見たところ、オランダ領だったマカオに実際に雇用されたメイドの服だと思います。1994年の香港(イギリス領)で売られたメイド服に類似しており、その影響を受けたものではないかと推測します。

ついでの余談ですが、アンソニー・ホプキンスが執事を演じた映画『日の名残り』の日本公開は1994年03月です。このように、年代によって得られた情報を関連させると面白そうです。映画・小説・アニメ・ゲーム・資料本などのコンテンツを「年代別」に整理するのが、今後の目標です。

この年、「館モノ+メイド」の大作が出ているんですよね。

10-2.1993年・永野護さん、メイドの階級に言及。FSSとメイドロボ?

その前年、1993年には、永野護さんが『CHRACTERS 6/BASIC ART OF THE FIVE STAR STORIES /TWIN TOWER』にて、大英帝国・メイド・階級という言葉を交えつつ、メイド服姿のファティマを描いています。(最初に英国メイドを教えてくれたのは永野護さん?

また、永野護さんの描く『The Five Star Stories』(FSS)には、メイドロボという概念や、戦闘系メイドに含まれるような高い戦闘力と存在意義、そして主人に絶対服従して身の回りの世話をする関係性を含めた存在として「ファティマ」が登場しています。

ファティマの初期制服は「デカダンス・スタイル」としても知られており、ファティマはその所有者たる騎士を、主に「master」と呼びます。これは、ファティマの所有者が「騎士」なので当然かもしれませんが、メイド・イメージと重なるのかなぁと思った次第です。

永野護さんはその後、『FSS』のコミックス内でもメイドを描かれています。