前段
私(久我真樹)の著書『日本のメイドカルチャー史』で言及できなかったエリアを、専門家の方による考察で視点を増やしていくプロジェクトの第2弾です。本テキストはニコニコ動画のメイド表現を書いていただいた myrmecoleonさんに依頼し、書き下ろしていただいたテキストです。
myrmecoleonさんは、ニコニコ動画を中心に,国内外のUGC文化(同人誌やpixivなど)の調査研究を行っております。
以下、myrmecoleonさんによるテキストです。
はじめに
こんにちは,myrmecoleonです。
先日はニコニコ動画のメイド表現について紹介させてもらいましたが,今回は「小説家になろう」で「メイド」がどれほど書かれ,またどのように書かれているか調査した結果を紹介します。
『日本のメイドカルチャー史』でも「「小説家になろう」とメイド作品の親和性は高く」「メイドが主役となる作品の広がりには「小説家になろう」も大きく寄与していました。」(下巻 p.227-228)と言われるように,「小説家になろう」は顕著にメイドが書かれ,また日本のコンテンツ文化への影響も大きい場です。
ただ「小説家になろう」に投稿されている小説は膨大で,個別の作品はどれだけ人気でもその片鱗でしかなく,本当のところどれだけの作品でメイドが書かれているかはこれまで分かりませんでした。
幸い「小説家になろう」では作品のリストや本文テキストの入手については各種のAPIなどが整備されています。これを使って作品の本文テキストから「小説家になろう」での「メイド」について検証してみました。
「小説家になろう」とは
「小説家になろう」(以下「なろう」と省略します)は株式会社ヒナプロジェクトの運営する日本最大規模の小説投稿サイトです。2004年にサービス開始。19万5000人以上の作者により56万以上の作品が公開され(2018年5月現在。「小説家になろう」トップページにて確認),月700万人が閲覧しています(月間ユニークユーザ。「<小説家になろう>で書こう」(新紀元社,2017) p.11より)。
誰でも小説を投稿でき,また読むことができるのが特徴。大変人気があり,ここから商業出版された作品も多く,数十名の作家が輩出されています。なかには累計数百万部を超える人気タイトルもあり,近年ではテレビアニメ化する作品も目立ってきました。
小説や国内コンテンツでの「なろう」の存在は大変大きなものとなっています。
調査方法
「なろう」に投稿されている小説は膨大で,すべてを読むのはもちろん不可能です。一方「なろう」にはデータ取得のためのAPIが公開されており,本文テキストをダウンロードできる仕組みもあります。
なろう小説API
https://dev.syosetu.com/man/api/
自分は過去にも同様の方法で「なろう」全作品の一覧を入手した経験がありますが,今回の調査にあたって全作品の本文テキストをダウンロードするのは「なろう」サーバ負荷から現実的ではないため,今回は一覧より無作為抽出して収集した本文テキストを使用しました。
本文テキストのダウンロードは「なろう」の投稿単位である「部分」(作品の部分の意。1話などに相当)毎ですので,今回はなろう小説の全「部分」より無作為抽出したサンプルとして本文テキストをダウンロードして調査しています。
今回2018年2月3日時点で作品を公開していた186,898名の投稿者(ユーザ検索より抽出)より,なろう小説APIを使用して2月4日までに540,839作品の作品メタデータ(初投稿日・文字数・部分数・評価など)を収集しました。合計で5,030,321部分・15,863,934,039文字あり,これは調査中に削除された作品などを除き「なろう」で公開されていた小説のほぼ全件と考えてよいと思います。
ここからランダムサンプリングを行って収集作品・部分を選択,それぞれ下記のサンプルテキストを収集して調査しました。なおテキストの収集はサーバの負担も考慮して2月はじめから4月末にかけての長期間かけて行っており,この間に削除された作品・部分などについてはサンプリング後に除外しています。
1. 全体のサンプルとして12000部分をランダムに選択。収集までに削除された部分を除く11997部分のテキストを収集。
2. 10部分以上の作品より10000作品をランダムに選択。収集までに削除された作品を除く9795作品の第1-10部分のテキストを収集。
3. 時系列調査のため年別のサンプルを同様に収集。数の少ない2004年・2005年については全件。他はランダム。それぞれ3000から5000件程度。
テキストのダウンロードには「なろう」公式のテキストファイルダウンロード機能を使用しています。
またテキストの分析には立命館大学の樋口耕一准教授の開発・配布しているフリーのテキスト分析ソフト「KH Coder」を使用しました。
「なろう」におけるメイドの位置
サンプル部分11,997件中325件で「メイド」の語が確認できました。「なろう」作品のおおむね2.71%,37件に1つ程度に「メイド」が含まれると推定されます(95%信頼区間で母比率2.42-3.00%)。
また「メイド服」の語は「メイド」とは独立に抽出していますが,こちらは11,997件中99件を確認。「メイド」の語が含まれない中でも「メイド服」がある例が他に49件ありました。
「メイド」の語はサンプル全体で1,022回出現し,100万語あたりの語数(pmw)は41.75でした。
一般的な書籍での使用頻度は1.80pmw程度のため,「なろう」で「メイド」は一般的な日本語の本の約23倍も多く使われています。「なろう」には非常によく「メイド」の語が登場していると言えます。
(一般書籍の使用頻度は現代日本語書き言葉均衡コーパス(BCCWJ)の長単位語彙表より出版・書籍(PB) の値を使用。http://pj.ninjal.ac.jp/corpus_center/bccwj/freq-list.html ただし2001年から2005年に刊行された書籍より収集されたコーパスである点注意)
メイドと同じような職業・身分等を意味する名詞の中でも「メイド」は多く,20位以内に入ります(図1)。「なろう」では「騎士」「貴族」「王子」など高貴な身分を示す語,「勇者」「魔法使い」「戦士」といったファンタジーものの冒険者の定番的な語がよく使われていますが,「メイド」も登場の多い職業と言えます。似た語としては「奴隷」があります。また「勇者」「魔王」「騎士」「王子」に次ぎ,「メイド」は「なろう」に特に多い特徴的な語です。
■図1. なろう小説における職業等を示すおもな名詞の出現文書頻度
他の「なろう」に特徴的な語(一般書籍の20倍以上の頻度の名詞から抽出)と比較しても「メイド」は上位に入ります(図2)。「メイド」は「エルフ」や「ドラゴン」と並んで「なろう」によく登場する語です。
『日本のメイドカルチャー史』ではメイドを吸血鬼と比較していましたが,「メイド」は「吸血鬼」よりも「なろう」ではメジャーな語のようです。
■図2. なろう小説に特徴的なおもな名詞の出現文書頻度
メイドの関連語
「メイド」と関連してよく登場する語(表1)には「メイド服」の他,「執事」「使用人」などの類似した職業,「お嬢様」「貴族」「騎士」「王族」「殿下」「王女」「令嬢」など主人となる身分の語(「主人」の語も多い),「屋敷」「城」「王城」「家」など働き場所の語などが見えます。
「メイド服」以外でも「ドレス」「着替え」「服装」「服」「着る」など衣装に関連する語は多く,メイドの服装についての記述が多いことが予想されます。ほか「専属」(専属メイド)・「長」(メイド長)などの使用も多いです。文ごとの相関では「喫茶」(メイド喫茶)も目立ちます。
ほか動詞・サ変名詞では「失礼(する)」「仕える」「雇う」「用意(する)」「ノック(する)」「命令(する)」「結婚(する)」「働く」などが多いようです。
「なろう」のメイドは「「メイド服」を着て「執事」「使用人」とともに「貴族」や「騎士」に「仕え」,「屋敷」や「城」で「「失礼」します」と言って部屋に入り「お嬢様」の「ドレス」の「着替え」などをして「働く」」というイメージでしょうか。このイメージは後述する個別の用例を確認した印象とも大きく違いません。
■表1. 「メイド」と関連してよく登場する語
メイドがよく書かれるジャンル
ついで「メイド」が登場した作品のジャンルやキーワードについて見ていきます。
「なろう」の投稿作品には「ハイファンタジー」「現実世界(恋愛)」などのジャンルが付与されています。これは作者による申請で必ずしも内容と一致しませんが,基本的には内容を反映していると考えられます。
なお「なろう」のジャンルは2016年に大幅な変更がされており,それ以前の作品は一律「ノンジャンル」に変更されています。このうち半数以上の作品はまだ新ジャンルに変更していません。このため,ノンジャンルの作品については変更前のジャンルで集計しています(変更前ジャンルは2016年5月時に取得していたものを使用)。
メイドが出る作品の多いジャンル(表2)としては「ハイファンタジー」「ファンタジー(旧)」「ローファンタジー」などのファンタジー系のジャンルが挙げられます。特に「ハイファンタジー」は4%近くに「メイド」の語が出現し,メイドが非常に登場しやすいジャンルと言えます。「ハイファンタジー」は部分ベースで「なろう」作品の3割を占める最大のジャンルで,これらとの相性の良さが「なろう」でのメイド登場を拡大させたと見られます。
一方で「冒険(旧)」「コメディー(新旧とも)」「異世界(恋愛)」「宇宙(SF)」などその他のジャンルでもメイドは頻出しています。比率としては少ないですが,ファンタジーと並んで作品数が多い「現実世界(恋愛)」でも1.8%程度「メイド」が出ています。コメディーに恋愛物にSFに,メイドは幅広く「なろう」作品に登場していることが分かります。
この傾向は「奴隷」と比較すると分かりやすく,「奴隷」もファンタジー・冒険系のジャンルに多いのは共通していますが,コメディーやSFではあまり出てきません。またもちろん「エルフ」「ドラゴン」はファンタジー系や「VRゲーム(SF)」に集中する語です。
「メイド」は現在の「なろう」人気ジャンルである異世界ファンタジーだけでなく,コメディーや恋愛でも登場し,「なろう」でも独特のポジションにある語と言えるでしょう。
■表2. メイドが出る作品の多いジャンル
「なろう」の投稿作品には作品内容を表すキーワードも付けられます。これも作者が任意で付けるため,網羅的でなく表記のぶれもありますが,定番的なキーワードもあり参考になります。
「メイド」が出現する作品に比較的よく付けられていたキーワード(表3)としては,そのまま「メイド」のほか,「悪役令嬢」「百合」「奴隷」「ドラゴン」「ハーレム」「異世界転生」「貴族」「転生」「主人公最強」「コメディ」などがありました。
「悪役令嬢」は「なろう」の特徴的な作品群の一つで,主人公が乙女ゲーム等の悪役の令嬢になってしまう作品の総称。サンプル中ではこのキーワードの作品の1割に「メイド」が登場していました。
「メイド」は共起で挙げた通り「貴族」や「お嬢様」との相関が高く,貴族の令嬢がメインキャラになりやすい「悪役令嬢」もので登場しやすいようです。
「百合」や「ガールズラブ」でも「メイド」の登場が目立ちます。お嬢様・お姫様とメイドのカップル,あるいは女性同士のカップルの片方にお嬢様がいてそれにメイドが仕えているケースが予想されます。
「ハーレム」ものについても同様,メイド本人が参加するパターンだけでなく,お姫様などがハーレムに参加する場合にもメイドが現れる傾向があると予想されます。
「異世界転生」「転生」「主人公最強」「異世界転移」など異世界転生ものに目立つキーワードとも相関が高く,なろうの代名詞である異世界転生ものにも「メイド」は多く登場しています。
ちなみに「メイド」「奴隷」とも「異世界転生」「異世界転移」と相関が高いですが,「奴隷」は「異世界転移」とより相関が強い傾向があるようです。身分のない人物として異世界に現れやすい異世界転移ものでは「奴隷」,王族など身分のある人物の子として生まれることのある異世界転生ものでは「メイド」と出会いやすいということかもしれません。
■表3. 「メイド」が出現する作品に比較的よく付けられていたキーワード
メイドの描かれ方
サンプルの中で「メイド」を含む例325件を個別に確認すると,内252件で「メイド」と呼ばれる人物が実際に登場していました。なおこの中には自称メイド,メイド服を着てるだけの人物(学園祭でメイド服を着た学生など),メイド喫茶のアルバイト,元メイドなど判断の難しい例が若干含まれます。
また本文にはメイド本人が登場せず,「メイド」の語があるものの伝聞のみの登場が73件ありました。この中には単にメイドが話題になったもの,主要な登場人物にメイドがいるがその場面には登場してないものなどが含まれます。
全体の件数をふまえると,なろう作品の2%程度(部分ベース)には実際にメイドが登場する,と言ってよいでしょう。
登場したメイドのうち,文中に本人の名前があるものが149件(59.1%),台詞があるものが178件(70.6%)。名前も台詞もない舞台装置的な描かれ方のメイド(たとえばメイドが飲み物を運ぶ描写など)も多いですが,大半のメイドは名前のある人物として描かれています。また主人や来客に要件を伝える場面などがあることから,名前のないメイドでも台詞があるケースは多いです。メイドが複数人登場する作品も3割程度ありました。
メイドが登場する場面は屋敷・王宮など屋内のシーンが多く約8割。迷宮や野外の例は,少ないですがお姫様のお付きで馬車に乗ってる例などが見られました。
戦闘に参加していたメイドは28件(11.1%)。半数は被害者としての立場です。なろうにも「戦うメイド」は登場しますが,メイドは戦闘よりも日常的なシーンでよく描かれています。
登場したメイドはほとんどが女性ですが,男性がメイドとなってる例が9件ありました。うち8件は現代劇で,2件は同じ作品で男性がお嬢様のメイドになるもの,他の4件が学校の文化祭等で女装メイド喫茶をする話です。
文化祭のメイド喫茶シチュは「なろう」の現代劇では多いらしく,後述の長編作品の調査でも複数見られました。ただしなぜか男性による女装メイドが目立ちます。
他は自称メイドの居候男性,男性がメイド姿の魔法少女に変身するものなど。現代劇以外では少女に変身できる男性がメイドをしている作品がありました。
人間以外の種族がメイドをしている例は15件を確認。猫耳・犬耳の種族がメイドをしているケースが4件。ほか,メイドが怨霊・ゾンビとなって襲ってくる例,人造人間のメイド,魔王のメイドをしている悪魔,あるいは魔王自身がメイドになる例などがあります。人外メイドは戦闘との関係が強く,人外メイドの登場する15件中4件は戦闘が描かれています。
メイドの主人の例としては貴族や王族などがやはり多いです。現代を舞台とした作品でも名家の屋敷などで働くメイドが目立ちました。変わったところでは宿屋の従業員として働くメイドがときどきいました(ファンタジー・現代劇とも)。
「なろう」では王族・貴族などの侍女を「メイド」と呼ぶ例が多いようです。たとえば「侍女」の語に「メイド」とフリガナを振っている作品も3例あり,ほかに侍女と呼ばれている人物がメイド服を着ている例などもいくつかあります。
歴史的背景等を考えるとこうした侍女がメイドであるかは異議のあるところかもしれませんが,なろうでは「侍女=メイド」という書き方が一般的なようです。一方で侍女やメイドを文中で分けて書いている例もあります。
ちょうど今回のサンプルにたまたま侍女とメイドの問題について論じてる考察などもありました(SLOWTHな閑人雑感 https://ncode.syosetu.com/n8633di/ 第14〜18閑)。「なろう」作者間にも議論はあるようですが,作品としての描きやすさなどからあまり厳密さを求めず,メイドと侍女を重ねた書き方も受け入れられている印象です。
「なろう」では異世界ファンタジージャンルの大きい関係から王族や騎士・貴族の登場が多いですが,その城や屋敷を描くさいに使用人や侍女は必須の存在です。「なろう」ではこうした侍女をメイドと読み替えているため,「メイド」がよく登場しているようです。
「メイド」が初めて登場する位置の傾向
続いて,「なろう」の長編作品において「メイド」が初めて登場する部分を調べてみました。
「なろう」の人気作品(評価点や回数の高い作品)は多くが数十・数百以上の部分が投稿されている長編です。長編作品は「なろう」のイメージを形作っている代表的な作品と言えるでしょう。「メイド」がその中のどこで登場するかは,作品における「メイド」の位置づけを考える上で良い材料になるかと思われます。
今回試みに「10部分以上投稿されている作品」を長編と定義すると,「なろう」には10万作品ほどの長編が投稿されていました。今回はこの1割にあたるランダムな1万作品(実際には取得途中に削除された作品があるため9795作品)について1から10部分までを収集し,メイドがいつ登場するかを調べてみました。
図3のとおり,なろうの長編小説でメイドが初登場するのは第1・第2部分に多く,以降は減少していくという傾向が見られます。全体の14%ほどの長編作品で第10部分までに「メイド」が登場しています。第11部分以降は今回調査していませんが,仮に同様に減少していくとすれば全体のおおむね2割前後にメイドが登場すると推定されます。上述のとおり「なろう」ではファンタジーもので「メイド」が登場しやすい傾向がありますが,「なろう」で長編化しやすいのもファンタジーものです。長編でメイドが登場する割合が2割と高いのは肯けます。
また全体の2割にメイドが登場するとすると,第8部分までの比較的序盤にメイドの登場する長編の半数以上でメイドが登場している,と予想されます。同様に1/4の作品は第3部分までに登場していると思われます。
■図3. なろう長編小説でメイドが初めて登場する位置
第1・第2部分といった冒頭でメイドが初登場する作品で特に多いのは「主人公(またはその家)にメイドがいる」パターン。主人公が貴族などの家のもので,主人公自身または家にメイドがいるケースです。中でも多い例として,異世界転生した先の家にメイドがいる作品が挙げられます。転生して赤ん坊として意識を持ったとき,周囲にメイドがいる,という描写がよく見られました。
また作品冒頭で女の子と出会い,その女の子がメイドである,またはその女の子にメイドがいる,というパターンがときおり見られます。異世界召喚もので異世界で最初に会う人物がメイド,という例もありました。その先の展開は見ていませんが,メイドやメイドを連れたお嬢様がヒロインとなる作品は多いのかもしれません。
「主人公自身がメイドである」という例も多くはありませんが複数見られました。
逆に第8から第10部分でメイドが初登場する作品では,訪問先や泊めてもらった家などにメイドがいる,というかたちでの登場が多いようです。また現代劇では「学校の文化祭でメイド喫茶をする」話題がこのタイミングでよく登場しています。
「なろう」での「メイド」の登場の仕方はさまざまですが,基本的には,主人公に当初から(または異世界転生時点で)メイドがいるパターンと,メイドやメイドがいる人と会うパターン(家に泊まる,訪れるなどを含む)が多い例のようです。前者は冒頭で,後者はそれ以降で「メイド」が登場する傾向が高く,また異世界ファンタジーでは前者は異世界転生ものと関わる例が多く,後者は異世界召喚・召喚ものと関わる例が目立ちました。
「なろう」で主要な異世界ファンタジーものでは貴族らと接点を持つシチュエーションが多いですが,冒頭から生まれや転生でその接点を持っている場合と後から知り合う場合があり,メイドの登場はその場面に必須の要素となっていると言えるでしょう。
年次推移
最後に,2004年から現在までを通じて,「メイド」がどれだけ書かれているかの変化を紹介します。
年別に「メイド」の語が登場している比率(図4)は初期から1%ほどありましたが,年々拡大し最近では3%近くと大きく増加。なろうの作品数も年を追って増えており,メイドを含む投稿は図5のように年々大きく拡大しているとみられます。
■図4. 「小説家になろう」投稿年別の「メイド」の出現文書頻度
* 2018年は2月3日までの投稿分中の比率。以下同じ
■図5. 投稿年別「メイド」出現部分数推定
「メイド」がこのように10年以上に渡って増加し続けているのは,実は「なろう」ではイレギュラーなことです。
「なろう」の作品群は,2010年頃を境に大きく投稿ジャンルを変えています。
「なろう」の投稿作品も初期は現在ほどファンタジーが多くありませんでした。2009年頃まではファンタジー関連ジャンル(「ファンタジー(旧)」など)の作品は,作品数で言えば毎年2割,部分数で言えば3割程度でした(ファンタジーものは連載が多く,1作品あたり「部分」の数(話数)が他ジャンルより大きい傾向があります)。2010年に「なろう」の投稿数に大幅な拡大があり,この頃からファンタジーが拡大。ファンタジーものは2017年は比率で2009年の倍となり,現在では「なろう」の投稿の半数以上がファンタジーとなっています。
2004年から2009年ではジャンルで言うと「恋愛」や「コメディー」,「学園」が多く,ファンタジーものも投稿されていますが主流ではありませんでした。
この頃よく使われた語には,「学校」「ドア」「友達」「高校」「教室」「玄関」「涙」「笑顔」など,現代の学校を舞台にした作品に特徴的な語が多いです。2010年頃からファンタジー寄りの語が増えてきます。
分かりやすい語の例としては「学校」と「魔法」があります(図6)。2009年頃まで目立って多かった「学校」は2010年から急に減少,逆に「魔法」は2010年から急に増加し,2009年から2010年を境に両語の使用が入れ替わっています。
(ちなみに「なろう」初期の代表的な作品である「魔法科高校の劣等生」は「学校」の使用が多かった2008年から開始,「魔法」の使用が増える2010年をはさんで連載されました。影響関係等は不明ですが,両語に関わるタイトルとして特徴的です。)
■図6. 「小説家になろう」投稿年別の「学校」「魔法」の出現文書頻度推移
なろうジャンルの変化は今回の主題ではないので掘り下げませんが,関連する要因としては,この時期はケータイ小説や「電車男」などに「実話」の体裁を取った作品が流行していたこと,ライトノベルでも『灼眼のシャナ』『涼宮ハルヒの憂鬱』『とらドラ!』など現代を舞台にした作品が目立っていたことなどが挙げられます。若者向けの小説作品全体としてファンタジーから現代寄りになっており,初期の「なろう」の傾向はその反映と思われます。
また2010年頃に「なろう」の投稿が増加した背景としては,2009年の「なろう」リニューアルとともに,ネット小説と関連深い川原礫と橙乃ままれのデビューと台頭が挙げられます。
それぞれネット小説の投稿を背景に注目され,2009年と2010年に商業デビューし非常に人気となり,2012年から2013年には作品がテレビアニメ化しました。両名はネット小説投稿からの小説家デビューのロールモデルとなり,橙乃ままれの「ログ・ホライズン」が「なろう」投稿作品であったことなどからも「なろう」拡大の大きな要因となったと思われます。
両作者は作品で共通して「ゲーム的な異世界ファンタジー世界」を描いていました。また「まおゆう」で描写された近代的な知識によるファンタジー世界の改革,「ソード・アート・オンライン」「ログ・ホライズン」のゲーム的なスキル要素などはその後の「なろう」作品でもよく見られる表現です。また今回の主題に関連すれば,「まおゆう」は農奴からメイドとなったキャラクターが作品で重要な役割を果たすなど,「なろう」でのメイド普及に関しても特筆すべき作品です。
その他の要因もあると思いますし,ここで詳しく検証はしませんが,こうした背景の上で2010年以降「なろう」では異世界ファンタジー作品の投稿が増加したと考えられます。
このように2010年を境に「なろう」の作品傾向が変わったにも関わらず,「メイド」はその前も後も継続的に拡大しています。これは非常に特殊な性格と言えるでしょう。
たとえば「奴隷」は2010年以降のファンタジー拡大に関連して増加した語です。「ドラゴン」「エルフ」等は言うまでもありません。「学校」のように比較的ニュートラルな語も2010年以降は大きく減少しています。
2010年の前と後でともに「なろう」で増加していた語は非常にまれです。他ではメイドと関連の深い「屋敷」「執事」のほか,「ゲーム」「魔王」「美少女」がありました(ちなみに「魔王」はファンタジーブームに先んじて2007年頃から増加しています)。
この背景としてはジャンルの分析で紹介したように,メイドがファンタジーでもファンタジー以外でもよく描かれている点が挙げられます。
『日本のメイドカルチャー史』によれば「メイド」は2000年前半には漫画等のキャラクターの定番の一つとして定着していました。「なろう」開始の2004年頃にはメイド喫茶も定着。2005〜2006年にはメイド喫茶ブームがあり,現代を舞台とした恋愛物やコメディでも「メイド」の登場はそこまで意外では無くなっています。
ラノベでもこの時期は『まぶらほ』や『乃木坂春香の秘密』などメイドを主要モチーフに持つ現代的な舞台のタイトルが刊行されており,キャラ立ちする属性のひとつとして「メイド」が選ばれていました。
この頃のなろう作品の「メイド」の関連語をみると「萌える」「喫茶」「色っぽい」「ツンデレ」などの語が見られます。萌えるキャラクター像の一つとして「メイド」がいたことが分かります。
この頃のメイドが出てくる代表的な「なろう」作品としては田山歴史の「僕の家族のコッコさん つヴぁいッ!」(https://ncode.syosetu.com/n2646a)が挙げられます。主人公の「お坊ちゃん」とメイドの「コッコさん」の物語で,2005年から2007年にかけて「なろう」で連載。当時のなろう作品としては人気が高く,「戦うメイド」をヒロインとしてメイドのいる日常を描くなど,2000年代のメイドキャラクターの文脈に沿った作品です。
一方で2010年より「なろう」で異世界ファンタジーが拡大すると,前述のとおり貴族・王族を描くうえでメイド(侍女)は必須のモチーフとなりました。このため「なろう」でファンタジーが拡大していく中でも継続して「メイド」の拡大が進んだと思われます。
関連語をみてもこの時期では前述のように「貴族」等の語が多くなり,侍女的な表現が主流となりました。
これに関連して興味深い傾向として,「メイド」と類似した職業語である「侍女」「執事」「使用人」の年別の頻度の推移が挙げられます(図7)。
「執事」「使用人」は比較的「メイド」と類似した推移をしており,2010年以降もゆるやかに増えています。一方で「侍女」は,2010年から2012年に大きく拡大して「メイド」と並ぶほど使用されていましたが,2013年から使用頻度を落としています。この傾向はファンタジー作品での「侍女」の必要性と,「なろう」で「メイド=侍女」という文脈が定着してその役割が「メイド」に置き換わっていった動きを示唆していると思われます。
■図7. 「小説家になろう」投稿年別のメイド関連職業の出現文書頻度推移
2000年代にメイドはメイド喫茶として現代に定着し,2010年代には侍女としてファンタジーに定着しました。「メイド」は「なろう」のジャンルが大きく変わったさいも新たな居場所を見つけることでさらなる拡大を果たしたとみられます。
まとめ
最後に全体をまとめ,これをふまえて「なろう」における「メイド」の現在の位置と変化の要因を考えたいと思います。なお以下については数字の裏付けのない仮説も含まれる点をご容赦ください。
「なろう」において「メイド」は顕著に多く使われている語であり,なろう小説に頻出する職業の一つです。異世界ファンタジー的世界観でよく登場しますが,一方で現代を舞台とした作品での登場も多く,この性格から「なろう」の初期から現在まで継続して拡大を続けています。この要因としては複数ジャンルにまたがる相性の良さを挙げましたが,その背景には久我氏の調査にあるメイド文化があると思われます。
『日本のメイドカルチャー史』では,現在の日本におけるメイド文化は90年代のギャルゲーでのメイドブームおよび同時代の制服・コスプレブームでのメイド人気(第1期・第2期メイドブーム)から興り,ついで2000年代に入ってからのマンガ等のメイドキャラの登場とメイド喫茶ブーム(第3期・第4期メイドブーム)で拡大し,2006年以降の第5期メイドブームを経て多様化し,やがて日本の日常として浸透していったと考察されています。
メイドがまだ比較的マニアックな領域でブームだった1990年代当時は,ライトノベルで異世界ファンタジーがブームとなった時期でもあります。ただ当時はメイドが作品内で大きく取り上げられることは少なかったと思います。もちろん1970年代のアニメのように,メイドが登場していても意識することが無かっただけかもしれません。ただ少なくとも主要なキャラクターとしてメイドが登場する作品は当時のラノベでは稀でした。
90年代のメイドブームを経て,2000年代に入るとメイドはキャラ属性の選択肢の一つとなりました。メイド喫茶の登場もあり,「現代に実在するメイド」が急速に日常化していきます。秋葉原などで会えるメイドが話題となり,現代を舞台とした作品でもメイド服のキャラクターがよく登場するようになっていきます。
2000年代の日本では,メイドは現代という日常の中に存在する非日常の風景の一つとなりました。
一方で2000年代末から2010年代に入るとメイドの日常化はさらに進展していきます。学校の文化祭でのメイド喫茶のシチュエーションなどはリアリティのある学校生活の描写の中でも導入できるフックとなり,アキバやイベント事などハレの場であればメイド服はありふれた存在になり,もはやメイドは非日常でなくなりました。
その頃に「なろう」で復活したのが異世界ファンタジーであり,またそこで相性の良さが発見されたのがメイドでした。異世界ファンタジーで付き物の高貴な存在を描写するのに侍女は必須であり,メイドブームを経て,侍女はメイドに読み替えられました。メイドはエルフやドラゴンと並ぶ異世界ファンタジーの登場人物となったのです。
「なろう」で異世界ファンタジーが描かれる中で採用された手法のひとつがSAOのようなゲーム世界であり,また異世界転移・異世界転生でした。いずれにしろ現代の知識を持った人物が主人公として選ばれることが定着します。このことは異世界ファンタジーの住人となった「メイド」が,アキバのメイドを知っている現代的な感覚の主人公と出会うことを意味します。
「なろう」でファンタジーブームが起こった頃,「メイド」はすでに日常化し,アキバやイベントなら見ることも珍しくない「日常の中の非日常」,つまりある意味「日常」のモチーフとなりました。
一方,異世界に転移・転生した主人公にとって周囲の異世界は(ゲームで見慣れた世界とはいえ)まぎれもなく「非日常」です。そうした「非日常」の世界の中で,その世界ではありふれた存在である「メイド」は,主人公にとって現代を思い起こす「日常」でもあります。
つまり現実のメイドが「日常の中の非日常」であるのに対して,異世界転生・転移においてのメイドは「非日常の中の日常」の象徴とも言えるでしょう。
「日常の中の非日常」として2000年代に定着した「メイド」は,2010年代に入り「非日常の中の日常」として再発見された。このことが「なろう」でメイドが描かれ続けてきた理由ではないか。今回のデータから,このような仮説が立てられるのではないかと思います。
今後の課題としては,以上に仮説として挙げた事柄の検証があります。傍証としてはたとえば下記のような「なろう」の異世界転生・転移作品でのメイドとの初遭遇描写が考えられます。異世界ではじめてメイドと出会った主人公がどのような反応をしているかの例を収集し,比較してみるのは有効かもしれません。
だが、そんな違いは些細なことでしかない。この瞬間、それらの特徴を踏まえた上でスバルの心をもっともかき乱したのは、
「馬鹿な……この世界には、メイド服が存在するっていうのか!」
黒を基調としたエプロンドレスに、頭の上に乗せたホワイトプリム。メイド服としてオーソドックスなクラシックスタイルに身を包む、双子の美少女。
——これぞ、メイド理想の体現といえる。
Re:ゼロから始める異世界生活 第二章2 『禁書庫の番人と双子のメイド』より https://ncode.syosetu.com/n2267be/26
今回の調査でも異世界でメイドと初めて出会ったさい,秋葉原のメイド喫茶を想起したり,リゼロのスバルのようにメイドに対する思い入れを語る例はいくつか見られました。同様の作業を進めていくと事例が集められるかもしれません。
(なお今回の調査をふまえると,第26部分ではじめて「メイド」が登場するリゼロは「メイド」の登場が比較的遅い長編小説であるようです。)
もう一点の課題としては,2010年以降に「なろう」作品が拡大していく中でメイド描写に関してどのような変化が見られたか,また今後どのように変化していくと見られるかの検討が必要と思われます。具体的な作業としては,今回同様のテキスト調査を特に近年の例を中心に行うことなどが考えられるでしょう。
以上は課題とし,今後機会があれば調査・発表したいと思います。
また今回の調査は依頼調査のため,メイドに焦点を当てましたが,手法・データは特定の主題に縛られるものではありません。同様の調査を希望など,興味のある向きはご相談ください。
執筆:myrmecoleon
おもにTwitterで活動。ご感想ご質問等はお気軽に。
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