前段
私(久我真樹)の著書『日本のメイドカルチャー史』で言及できなかったエリアを、専門家の方による考察で視点を増やしていくプロジェクトの一環として、本テキストは知人である牧田翠さんに依頼し、書き下ろしていただきました。
牧田翠さんは「エロマンガ」を代表として様々な漫画表現を統計的に分析する同人誌を刊行し続けており、リアルの場でも発表したり、発表の場を作ったりと活躍されています。メイドブームの底流として1990年代の「エロマンガ」と、2000年代の「ジュブナイルポルノ」は大きなジャンルでしたが、『日本のメイドカルチャー史』では専門では無いために深く触れられなかったため(上巻p.99、下巻pp.449-452)、専門家である牧田翠さんにお越しいただきました。
以下、牧田翠さんによるテキストです。
1.はじめに
こんにちは、初めまして。牧田翠と申します。同人誌「エロマンガ統計」シリーズの著者で、「印象論で語られがちな『エロ』の世界を、データ化・可視化して語ろう」という理念のもと、根性でエロ表現を数え上げる活動をしています。
詳しくは牧田翠のTwitterなどをご参照ください。
・Twitter https://twitter.com/MiDrill
・6秒動画 https://twitter.com/MiDrill/status/1002380759141773312
・過去作のモーメント https://twitter.com/MiDrill/status/942720357277999105
今回、久我さんから「メイドさんのエロマンガについて調べて欲しい!」と頼まれ、この原稿を書いています。メイドというジャンルでは久我さんの足元にもおよびませんが、エロマンガなら任せろー!というわけで、色々と調べていきました。
「統計」の名は関していますが、統計用語はなるべく使わず、わかりやすい、統計エンターテイメントを提供していきますので、最後までよろしくお願いします。
2.成人向けマンガ
「成年コミックデータベース」というサイトがあります(https://adultcomic.dbsearch.net/)
こちらには、エロマンガの著者、発行日、またショップへのリンクなどもあり、さらには「属性」でも絞り込めるという、エロマンガ好きのためのデータベースサイトです。
こちらで「メイド」と検索して出てきた数を集めれば、今まで何点のメイド作品が出てきたのかなど、一発でわかります…と言いたいところですが、実は中にはメイド関係ない作品もヒットしてしまいます。例えば「マーメイド」や「カスタムメイド」なども引っかかり、しかも場合によっては「カスタムメイドされたメイド」という意味の場合もあり、厄介です。
というわけで、根性で調べました。
表紙を見て、メイドがいる場合(頭にホワイトブリムが載っていたり、エプロンドレスを着ているキャラ)と、作品詳細を調べて、メイド作品が載っている(だろう)ことを確認していくだけの簡単な作業です。
結果は合計1528作品で、年別の結果は表1の通りです。
■表1
ピークは2001年で、この頃は、日本で最初のメイド喫茶ができるなど、メイドブームが盛り上がりはじめる時期でした。主にエロゲなどで、メイドが多く登場しているころで、その文脈を継いで、エロマンガでの登場が増えたのでしょう。
その後、一般マンガなどにもメイドブームが来たため、エロマンガにおいては長くブームが続き、2000年代後半まで盛り上がりました。
エロマンガにおける、というかエロ作品におけるメイドブームには、「メイドについて共通理解が深まった」という事情があると考えています。
つまり、読者たちは「メイド服を着ている=このキャラクターはご主人様の言うことを聞く従順なキャラだ!」と一瞬で理解できるようになったためです。作成側としては、メイド服を着せるだけでキャラの性格や関係性(誰かに仕えている)なども描写できるため、ストーリーを描くのがある意味で「楽」になります。商売的な意味でも、メイド服を着ているというだけで買う層は一定以上存在したでしょうし、「とりあえずメイドキャラにしておけばいい」という作品もあったのではないかと考えられます。
そのブームも2000年代後半に落ち着きを見せ、一時期ほどの勢いはなくなったものの、今でも多くのメイド作品が生み出されていると言えます。
また、表紙にメイドが載った作品も集計しました。もちろん数の上では、メイドブームの2001~08くらいのころがピークなのですが、全体の作品数と表紙にメイドが載った作品の割合を見てみると面白いことに気が付きます。(表2)
■表2
実は、メイドブームだったころでも、メイド表紙の本というのは2~3割程度であり、大きな変化は見られません。これは、ブームに乗ってメイドさんが登場する作品は増えたものの、エロマンガ業界全体がメイドさんモノだらけになった、ということではないでしょう。
また、エロマンガのタイトルに使われている語を形態素解析(どんな単語が使われているかの分析)をすると、表3のような結果が出ます。
■表3
当たり前ですが、「メイド」の語が多く登場しています。メイドと関連しやすい「奉仕」や、従順になることから「奴隷」と関連している傾向が見えます。また「制服」フェチの一環としてもメイドが登場しているようです。
「少女」「娘」なども登場しますが、これらの語句は若い女性が登場する作品であることを示した語句と言えます。「メイド少女」「清純美少女」や、「萌えッ娘」「爆乳っ娘」などの用法が見られました。また、「ふたなりっ娘」「男の娘」など、ジャンル区分でもある語として使われていました。
興味深いのは、姉24件に対して、妹が15件であること。「お姉さん」としてのメイドが好まれているということでしょうか。年上の、働く女性として、メイドが好まれているのでしょう。年上(24歳)のメイドさんとかにお世話してもらいたい願望とか、よくわかりますよね?(※中の人が30歳を越えても「24歳のキャラ」を「年上」として見てしまう病気)
3.ジュブナイルポルノ
続いて、「ジュブナイルポルノ」や「ライトアダルトノベルス」など、呼び名は色々とありますが、「ライトノベルっぽい官能小説」群のメイドさんが登場する作品数を見ています。(今回は、ジュブナイルポルノで多くの作品を出している「美少女文庫」「二次元ドリーム文庫」「ぷちぱら文庫creative」の3レーベルのみを集計しています。)
■表4
■表5
表4ではメイドさん作品数を、表5では文庫の全作品におけるメイドさん作品の割合を見ています。
基本的に、タイトルに「メイド」が入っているものを集計しています。表紙も確認しましたが、メイドさん的な格好をしている作品にはタイトルに「メイド」が入っており、何点かあったウェイトレスものは、いわゆる「メイドさん的な記号」(プリムなど)がなく、除外しています。
見てみると、メイドさんブームがあった2006年ごろに一度目のピークがあり、そして2013年ごろにも山があります。
2006年ごろの山は、エロマンガなども含む「オタク文化全体でのメイドさんブーム」に依る所が大きいでしょう。この頃は、全作品に対してもメイドさん作品の割合が高くなっており、メイドブームの影響の強さが感じられます。
また、2013年ごろの山については、二つの理由が考えられます。
一つは、集計対象となった「ぷちぱら文庫creative」の創刊が2012年だということです。表6では各レーベルごとの作品数を集計した結果を載せています。ここを見ると、ぷちぱら文庫creativeは創刊時、メイドさん作品を推していたことがわかります。
■表6
もう一つの理由は、ラノベブーム、特に2009年の「ソードアートオンライン」や2010年の「まおゆう魔王勇者」などから再燃したファンタジーブームに依るものが大きいでしょう。エロラノベとも言われるこの業界では、ラノベのパロディ的な作品や明らかに影響を受けている作品も多く、ファンタジーブームでの「メイドさんの登場」が、ジュブナイルポルノでのメイドさんの採用につながっているのでしょう。
2016年、2017年のメイド率の低下の理由は、作品の刊行数が減ったという理由もありますが、「異世界チート」のブームによる影響が大きいでしょう。2018年現在のジュブナイルポルノでは、異世界転生モノが多く、特にぷちぱら文庫creativeでは、この2年間で4割程度の作品に「異世界」や「チート」などの用語がタイトルに入っています。ファンタジーブームは続いていますが、軸足が異世界転生チートハーレムに移ったことで、メイドでなくてもご奉仕してくれる、王女様やエルフなどの「高貴な」キャラもご奉仕してくれる状態になっているため、メイドさん単独での採用率が下がっているのでしょう。
ジュブナイルポルノでも、タイトル単語の分析を行いました。
■表7
表7を見ると、やはり「メイド」が多く、ジュブナイルポルノではほとんどの作品に使われていたことがわかります。ジュブナイルポルノでは、長文タイトルで内容を説明する傾向にありますので、タイトルでメイドを示しています。
特徴的なのは「お嬢様」「姫」「プリンセス」など高貴な身分を示す単語が見えることです。「ハーレム」展開で、お嬢様と、お嬢様が雇っているメイドをハーレム的に囲う、という場合ももちろんありますが、例えば「元・お嬢様が借金を返すためにメイドとなって働きに来た」という展開をする場合などの展開が見えます。
また、性格が「ツン」系で、最初は嫌々と「奉仕」していて、後半でデレるという快楽堕ち的な展開があることも予想できます。
4.まとめ
以上のように、エロマンガ・ジュブナイルポルノの作品数を調べても、メイドブームの影響が見られました。ブームの中、数多くのエロ作品が生み出されましたが、そこにはもちろん「流行っているから」という理由だけで、大してメイド属性もないのに描いているだろう作家さんもいたことでしょう。逆に、編集者を圧倒するメイド愛で、ひたすらメイドを描こうとする作家さんもいます。ここでは、そんなメイド愛の深い作家さんをマンガと小説で1名ずつ、紹介させていただきます。
まずは荒岸来歩(あれきしらいほ)先生。エロマンガでの単行本を4冊出していますが、その表紙も全てメイドさん、掲載作品も全てがメイド作品という、メイド(と自動車を)こよなく愛する作家さんです。他の作家さんですと、なんだかんだと他の属性のキャラも描いているのですが、荒岸先生はメイド率100%と、メイド愛の権化のような作家さんです。
ジュブナイルポルノでは、青橋由高(あおはしゆたか)先生がメイド作品率の高い作家さんです。著作の37%にメイドさんが登場しています。また、この作家さんはフランス書院文庫、通称「黒本」と呼ばれるラノベ表紙っぽくない官能小説も書かれているのですが、そこでもメイドさんを登場させる愛し方をしています。なお、「日本のメイドカルチャー史」にも名前を出されていた、わかつきひかる先生は13%、愛内なの先生は10%となっています。
また、さらに内容の調査や分析、また、メイド服の描かれ方なども追跡しておりますので、後日ご報告したいと思っております。