[参考資料]『わたしはこうして執事になった』

執事資料の最高峰〜アスター家の男性使用人たちの記録〜

「英国執事の自伝」では決定版と言える本で、アスター家の執事・フットマンといった男性使用人たちによるものです。

本書は、『おだまり、ローズ: 子爵夫人付きメイドの回想』の著者ロジーナ・ハリソンが、彼女が勤めたアスター家の同僚たちにそれぞれの人生を書いてもらったという構成になります。

登場するのは、以下の男性使用人たちです。

ゴードン・グリメット
エドウィン・リー
チャールズ・ディーン
ジョージ・ワシントン
ピーター・ホワイトリー

※本書の原書は『GENTLEMEN’S GENTLMEN』、直訳すれば「紳士付きの紳士」で、男性の上級使用人で主人のそばで世話を行うvalet(ヴァレット)のことを指します。講談社版『英国メイドの世界』(2010年)で紹介した本で、2016年に日本でも翻訳されました。

執事の転職経験・転職理由が語られている

なぜ「最高峰」と言えるかといえば、それぞれの男性使用人達が「なぜ使用人になったか」「どのようにして使用人になったのか」「それぞれの職場はどうだったのか」「どのように転職をしたのか」を語っているため、家事使用人が「執事」になっていくためのプロセスを、実在のキャリアから知ることができるためです。

リアルなのは、全員が全員、執事になれるわけではないことです。最初のゴードン・グリメットはフットマンとしてアスター家に仕えたものの、家事使用人としては好まれなかった恋愛に夢中になり、退職を余儀なくされました。その後、彼は家事使用人と執事になる道を歩むことはありませんでした。

この中でメインとなってくるのが、エドウィン・リーとチャールズ・ディーンです。リーは順調にキャリアを重ねて、また前任者の執事が去ったこともあって、アスター家の執事となります。ただ、部下となるディーンも含めて、このふたりは第一次世界大戦に従軍しており、戦争を生き残っている点でもユニークです。

以下、エドウィン・リーの経歴です。

執事として「交錯する人生」

アスター家の執事たちは、全員が同時代に執事になっていたわけではありません。この中でグリメットは途中で去り、リーは執事となり、チャールズは途中で転職して執事となってまた戻ってきます。ジョージはアスター家を後継する若き当主の執事となります。

このため、彼ら全員が同じ職場に一緒にいたわけではありません。しかし、たとえばリーの部下だったゴードンは、恋人との付き合いが発覚して解雇されたのちもリーと繋がりを持ち、時々、屋敷のパーティなどの際に手伝いをしていたと言います。また、「リーから学んだ」というチャールズ・ディーンは、パーティなどの前にリハーサルを行うなどのリーの合理的な手法を受け継ぎ、執事として成功していきます。

屋敷のある一時代に執事は一人ですが、その執事が人を育て、またその執事から学んで執事になることが描かれている点でも、本書のユニークさは際立っています。

家族化していく使用人たち

もうひとつ、この執事たちの遍歴を通じて見えてくることが、「家族との距離感」です。下級使用人のままだったゴードンはあまり主人達であるアスター家の内側に入り込むことができず、過ごした時間も短いものです。

一方、エドウィン・リーは執事としてアスター家の社交を長く取り仕切り、女主人ナンシー・アスターの人生の節目(英国で女性初の国会議員に当選)に立ち会い、その決断についての話をしたりしています。社交界で話題を呼ぶ存在であった彼女に振り回されて苦労する様子や、主人となるアスター卿との深い絆についても語られています。

同じ執事であるチャールズ・ディーンは、アスター家に在籍してナンシー・アスターにも目をかけられていましたが、途中でアスター家の別の女性アリスから声がかかって転職し、小さな騒ぎになります。そして様々な屋敷に仕えたのち、晩年のナンシー・アスターや、彼女が亡くなった後は駐米英国大使を主人としました。

アスター家の本流の執事はエドウィン・リーが長く勤め、その後任としてジョージ・ワシントンが抜擢されました。彼は戦後に執事となっており、時代が変わって(戦争もあって)贅沢なパーティーを運営する機会こそ少なかったものの、様々な屋敷に手伝いに行ったりすることで経験を補いつつ、晩年のリーから多くを学びました。

そして、彼は自分自身をアスター家の一員と考え、若きアスター家の後継者の執事となる道を選びました。彼のエピソードの最後は美しいものなので、是非ご一読を(多くのユニークなエピソードは『英国メイドの世界』で取り上げています)。

全員が一つの家に長く仕える機会を持つわけではなく、また転職をするにも様々な理由がある。そうした「家事使用人としての人生・主に執事」を知る上では、最高の一冊です。