[映画/ドラマ/映像]ヒステリア

先日、『劇場版 STEINS;GATE 負荷領域のデジャヴ』を見に行った際、この映画の告知ポスターを見ました。ヴィクトリア朝を舞台としつつも、題材はこの時代に開発されたバイブレーター、という一見すると突拍子もない設定ですが、その誕生に至るまでの道筋が、ヴィクトリア朝という表向きは「道徳的」「性にうるさい」時代を照らし出す物語でした。

映画『ヒステリア』公式サイト

最初の所感は、「こういう切り口での映画が作れるようになったんだ」ということでした。ヴィクトリア朝というとある程度切り口が決まっているような個人的な印象もあり、文学作品か、階級的なものや上流階級や社交界、貧困、あるいはホームズや切り裂きジャックに代表されるような犯罪と結びついたイメージを持っていました。そうした雰囲気と異なる切り口として、『ラークライズ』『クランフォード』を取り上げましたが(田園や農村にフォーカスしている)、この『ヒステリア』も独自の切り口といえば、切り口です。

おおまかなあらすじを書くと、使命感あふれる中流階級の若き医師モーティマー・グランビルは、その最新の医療知識(細菌知識や治療法)を持つが故に、「万能薬」的な飲み薬・治療薬で済ませてしまう病院での勤務でトラブルを起こし、医師としての活躍の場所を制限されます。

そんな時に出会ったのが、「ヒステリー」治療を行う医師ロバート・ダリンプルでした。ダリンプル医師は「すぐに泣く」「異常性欲」「不感症」「うつ病」「心配性」などの症状(公式サイトより)に悩む女性たちへの解決策として、性的マッサージで満足を与える治療法を行っていました(ヒステリーの原因が子宮にあると歴史的にも考えられていたため)。さらに若く美男だったグランビルの登場で、評判が評判を呼び、マッサージは予約でいっぱい、ダリンプル医師も後継者として娘エミリーとの結婚を推奨するまでにいたりました。

こうした「不満の解消」に意義を見いだすダリンプルでしたが、ダリンプルの娘シャーロット(エミリーの姉)と出会い、いろいろと価値観を揺さぶられます。シャーロットは貧しい人々のための施設を作り、労働者が子供を預けて働けるようにしたり、共同の洗濯場を作ることで衛生的な暮らしをできるようにしたり、預かった子供たちにも教育をしたりと、活動をしていました。そうした彼女からすると、治療を受けにくる富裕な人々の「不満」の解消、あるいは性的満足に奉仕するダリンプルは、非難の対象となりました。医師として治療を必要とする人々に手を伸ばしたい理想と、階級的な差別意識でサポートしきれない環境もある中、ついにダリンプルの身に「事件」が生じます。

まじめに働き過ぎ、職業病と言える腱鞘炎になった彼は失業します。

と、ここからが先の話に繋がっていきますが、この物語はまず「ヒステリー」の解決策として出てきた「性的満足」(マッサージやバイブレーター)の存在を軸として、そこに取り組むダリンプル医師を主役としています。ヴィクトリア朝の特に中流階級では女性を「家庭の天使」としてイメージし、「家庭を円滑に運営する」ことを求めました。さらには女性には「性欲がない」との考え方もあり、女性が性に積極的な態度を示すことも抑圧されていました。その解決策としての医師であり、それがバイブレーターへと繋がりました。

そもそもなぜ女性たちが「ヒステリー」と分類される状況に追い込まれているのかは、社会活動家的なシャーロットの言葉を借りて「女性が社会的に抑圧されている」「家庭に閉じ込められている」などの点で指摘されますが、監督のインタビューを読む限りでは「バイブレーターという発明品の切り口からのロマンティックコメディ」を描きたかった、「女性の社会進出」の話は結果的にそうなったと述べています。

「病名をつけて、分類する」点ではその当時に理解できないことまでも分類して診断してしまうので、「誤診」の可能性も当然あります。怒りっぽいことや周囲の理解がないことでの反発による感情の発露、不満の爆発など、人間ならば誰もが遭遇し得る感情的な表現も、「ヒステリー」の分類をされることで、医学的な解決をされることも生じ得ます。映画の中では、「ヒステリー」として診断されそうなる女性は、「子宮切除」「精神病院への隔離」が言い渡される危機に直面します。

作品中に登場する骨相学という考え方も、人間の性格は骨格で決まる=先天的に性格が決まってしまうとするもので、後の人種差別・民族浄化にも繋がります。こうした「その時点でわかっている(あるいは正しいと思い込んでいる)分類」に基づく診断は、なかなかに人の歴史から消えないものに思えます。こうした「ヒステリー」への物理的な対処(子宮が原因とされるので、子宮を切除する)が治療法となってしまうのは現代人から見ると野蛮に見えるかもしれませんが、様々な民間療法や病を治す奇跡的な治療方法への願望は、今の社会にもあふれているでしょう。

作品全体としては「コメディー」的に描いていますが、その底流に流れる19世紀末の医療水準、そして女性を見るまなざし・偏見・抑圧の強さが垣間見える作品としても貴重に感じられましたし、そうした過去を照らすことで、現代も照射する強さを持った作品に感じられました。

最後のオチは驚きでしたが(笑)

ちなみに、「売春婦出身」のメイドが出てきます。シャーロットが活動する中で出会った女性モリーで、彼女は父であるダリンプル医師の家で働いています。

ところで、冒頭で登場した入院中のおばあさんは、その後、どうなったのかが気になる派です。入院できる立場なのでそれほど貧しい訳ではなさそうですが、あのまま細菌を無視した治療を受け続けることで敗血症にかかり、足を切断する羽目になったらひどい話です。しかし、当時の医療水準を鑑みるに、あのような事例はいくらでもあるのでしょうね。


関連資料

『倒錯の偶像―世紀末幻想としての女性悪-ブラム・ダイクストラ』

知への意志 (性の歴史)

著者/訳者:ミシェル・フーコー 渡辺 守章

出版社:新潮社( 1986-09-01 )

単行本 ( 217 ページ )



もう一つのヴィクトリア時代―性と享楽の英国裏面史 (中公文庫)

著者/訳者:スティーヴン・マーカス

出版社:中央公論社( 1992-10 )

文庫 ( 492 ページ )



エロティックな大英帝国 紳士アシュビーの秘密の生涯 (平凡社新書)

著者/訳者:小林 章夫

出版社:平凡社( 2010-06-16 )

新書 ( 216 ページ )