[参考資料]従僕ウィリアム・テイラーの日記―一八三七年

※この感想は、『従僕ウィリアム・テイラーの日記―一八三七年』(2009/08/03)と『従僕ウィリアム・テイラーの日記―一八三七年』読了(2009/09/12)の過去に書いた感想から再構成しています。


『従僕ウィリアム・テイラーの日記―一八三七年』はヴィクトリア朝を生きたフットマンが、その1年間の生活を綴った貴重な日記です。作者は、使用人資料本決定版の『ヴィクトリアン・サーヴァント』で度々登場したフットマン、ウィリアム・テイラーで、彼が見た世界が、ダイレクトに伝わってきます。

結構、このウィリアムはフランクな人柄で、女主人に愚痴言ったり、態度でかかったりした記述を残しています。自由、というのでしょうか。フットマンとして雇用されていたので「従僕」となっていますが、実際は屋敷には男性使用人の彼と、メイド3人だったので、雑用をした男性使用人という立場になるでしょう。執事喫茶でイメージする「フットマン」とも、大きな屋敷に仕えるフットマンとも、かなり違った世界を彼は生きています。

私は使用人の手記を何冊も読んできましたが、本の形で出た日記を読むのは初めてです。何が貴重かといえば、日記は手記よりもリアルに近いことです。手記は使用人としての人生が終わった後、「何かを残そう」と思って回想するので、伝えたいことしかなかったり、「何をいつ食べた」「お金幾ら使った」というような、生活に近いレベルの話はありません。

内容としては手記の方が起伏があって面白いですが、生活を伝える資料の価値としては日記の方が上です。語り手のテイラー自身の個性がなんとも言えず、魅力的です。ある意味、人のブログ見る感じですね。

日記の冒頭、「いつも同じ仕事だから日記に書くのは面倒。だから最初に仕事すべてを書いておく」といった趣旨の文章から始まっており、意外と言っては失礼ですが、無駄を嫌う明快な合理性が伝わってきます。

使用人の資料本で知識として知っていたものが彼の目を通じて血肉を持ってきますし、本には出てこない小さなエピソードも豊富です。支払いに行く度に手数料を貰ったり、主人が親戚の家に滞在した時は向こうの使用人からのもてなしも良かったり(当然といえば当然ですが、想像したことがありませんでした)、馬車を所有しない中流階級において主人のために貸し馬車を手配する様子など、これは使用人マニアにはたまらない書籍です。

ひとつ意外に思ったのが、「使用人になるには知識・ノウハウ的なものが必要」との記述です。それがなかったので彼は苦労し、そのノウハウを親戚に教えたのでその男性は楽をできたと話しています。確かに上級使用人を親に持つと、使用人の世界のルールが見えて、上級使用人になりやすい(サンプルは少ないのですが)印象があります。

あと、これは使用人の研究をしていて驚いたことのひとつですが、彼らは意外と深夜まで働いています。主人たちのパーティが終わらないので、下手をすると徹夜もしました。翌日も当然仕事があります。100年以上前の人間が深夜労働、徹夜、眠い頭で仕事に従事です。

主人たちの用事だけではなく、主人の許可を得たダンス・パーティーでも同じことをしてもいます。ある種、お酒飲めるようになってからの合宿見たいな感じですね、ノリとして。みんなでお金を出し合ってお酒を調達したり、音楽の演奏者を雇ったり、一緒にダンスした後、屋敷周辺の森の中を歩いたりということもありました。当時の言葉として、執事Charles Copperは「ダンスの後に結婚相手を選ぶな」なんてことをいっていますが。

そういえば、鹿島茂さんでしょうか、以前、どこかで社交界におけるダンスパーティーは異性同士が触れ合う機会だったというような話をしていましたが、娯楽が少ない時代において、ダンスと音楽の与えた影響の大きさは、現代人の想像を遥かに超えているんだろうなぁと思います。使用人たちが聴いていた音楽にも、興味があります。

こんな描写を知っているので、『切り裂きジャック』や社会問題、劣悪な労働環境に代表されて伝わる「陰惨」「ゴシック」なヴィクトリア朝が「この時代のメイン」として伝わることへのカウンターとして、「それもあったけど、それだけではなく、意外と楽しんでいた使用人もいたよ」という生活を、同人誌として伝えているつもりです。(最近、カウンターだということが伝わっていない、むしろそれがメインだと誤解されているのでは、との指摘も受けたのでそこはおいおい補足します)

話は戻ってテイラーの場合、日記に二日酔い?っぽいことも書いてます。日記なので、自由な生活が見えてきます。そして日記を読んだ後にも、面白い裏話もあります。概して、こうした本が誕生すること自体がストーリーのあることで、それも紹介されています。こういう出会いを味わってみたいとも思います。

大きな屋敷のいわゆるフットマンの仕事とは少し違っていますが、使用人に対するいろいろな幻想が吹き飛ぶぐらい、楽しく、生活の温度にあふれた書籍です。

注意点としては、リアルな「資料本」なので、厚さ(中身192ページ/改行空白が多い・日記なので)と値段が少し障害になるかもしれません。イギリス庶民の暮らし(使用人サイド)の世界を知りたくて、今までにこの辺の資料を買っている方には、一読をオススメできます。