[小説/コミックス]半身


※このテキストはサラ・ウォーターズの小説『半身』の感想(2004/07/142004/07/15から再構成しています。


サラ・ウォーターズの小説『半身』は「このミステリーがすごい!〈2004年版〉」海外部門で1位を受賞した作品です。ヴィクトリア朝が好きな方ならば一読の価値がありますし、ミステリが好きな方ならば楽しめると思います。とにかく、登場人物の感情とその主観に引き込まれます。

元々、私は現代作家が描くヴィクトリア朝小説はほとんど読んでいませんでした。当時の作家が書いた文学作品を読めるからです。かろうじて『ドラキュラ紀元』(作家が好きだったので)、著名な『五輪の薔薇』を読んだ程度です。しかし、映画化されたバイアットの『抱擁』、そしてサラ・ウォーターズによる『半身』といった現代作家による新しい「ヴィクトリア朝小説」は、英国にあってヴィクトリア朝ブームの一翼を担い、その刊行以降、大きな影響力を持ちました。

『半身』はミステリ作品としての完成度に加え、豊富な歴史知識によって緻密に構築されています。ヴィクトリア朝の重々しく沈鬱な描写で進むのかと思いきや、日記で進む形式で内面・事実・生活の描写であふれており、ヴィクトリア朝を知らなくてもさらっと読めます。

物語の核心として、19世紀に流行した「心霊」が関わる点で「事実? 『語り手』の錯覚?」(京極夏彦的アプローチ)という疑問を抱かせながら、読者を話に引き込みます。それだけではなく当時の結婚し損ねた中流階級の女性の家庭での立場(老嬢・いわゆるオールド・ミス)や、未亡人となった母との葛藤や心理が巧みに描かれています。

主人公の女性マーガレットはヴィクトリア朝期の裕福な中流階級の女性で、当時の女性に求められた役割、事前の一環としてミルバンク監獄へ慰問に訪れます。そこで彼女は「霊媒師」として名前が知られたものの、傷害事件を起こした女性シライナ・ドーズに出会います。物語は、マーガレットとシライナ・ドーズの手記を織り交ぜ、現在が進み、過去が追いかける形です。

『半身』は「時代背景の再現」と共に、現代人がそこに生きる人間に共感できるだけの、「情熱」が込められています。人間描写や物語の運び方では、『半身』はまだまだ読んでみたいと思えるだけの、「余韻」が残ります。

主人公であるマーガレットの繊細さは、「ヴィクトリア朝期のヴァージニア=ウルフ」みたいなテイストも感じます。突き抜けるような爽やかな読後感は無いですが、個人的には好きですし、納得できるレベル(騙されたぁ!と喜べる)でのエンディングでした。冒頭ではあまりそうでもなかったのですが、次第にマーガレットに感情移入していける構成をしていて、そこからは一気に読ませます。いろいろと考えさせる、リアルなラストシーンです。

使用人像もデフォルメされすぎず、主人の生活の風景に溶け込んで描かれています。彼ら無しになった主人たちは生きていけないのではないかと言う、まさしくオスカー・ワイルドやジョージ・オーウェルも語った、「支配する者が支配されている」、逆説的な関係性があり、使用人小説としても好きな話でした。

作品世界を深く楽しむならば、当時の中流階級の女性像を描いた『図説 英国レディの世界』、道具や価値観を簡単に知るために『図説 ヴィクトリア朝百科事典』が良いかと思います。

尚、原題の『Affinity』(2008年12月)として、英国ではDVDが出ています。サラ・ウォーターズのデビュー作『Tipping the Velvet』、3作目『荊の城』に続き、映像作品となりました。こちらもオススメです。